- ナノ -

ありがとうC
八万リクエスト品(さぁ、絶望を見よ)後の話
(そちらを見ていないと理解できない記憶取り戻し後の話)


許さない。
許せない。
このまま、死ねないなんて。
このまま、死なないなんて。
この男を、『殺さない』なんて。

私は許せない。だから、私は足掻く。
あと、一歩。

『死ぬ、おつもりですか!』

そんなこと、当たり前だろう。
殺さぬならば、死なぬならば。死ぬしかないだろう。
そうでなくてはいけない。そうであるために、ここまで生きてきたんだ。
心臓魔導器の制御装置はもう遠く、ならば他の手段しかない。

「レイヴン、アレクセイ……?」
「……」

私たちのやりとりに、比較的近くにいた姫様が反応した。
それはまぁ、気づくか。こんな殺伐としたやりとりをしていたら。
しかし、ここで直ぐに悟られてお縄にかかってもよろしくない。それで処刑されるのなら良いが、そう保証されていないなら都合がわるい。

「アレクセイ、様」

様て。もう部下でもなんでもないでしょう。レイヴン。
けど、嬉しいなぁ。あんなに色鮮やな顔をして、本心で大声を張り上げて。
しかし、それはそれ。これはこれ。
あってはならぬ通りにYESとは言いませんよ私は。
絶対に。

「感謝するよ、シュヴァーン」
「ッ!」
「まさか!」
「どうしたのじゃ」
「なになに?」

私の言葉に、レイヴンが確信したようだ。そして姫様も気づいたか。
パティやカロルも異変に気づいたようで、駆け寄ってきていた。
さて、下手な演技はこれまでにして術式に集中しようか。
今この場に死を運ぶスイッチはなくなってしまったが、術がないわけじゃない。
武器も取り上げられてしまったが、あるじゃないか。私たちには。

心の臓が熱を持つ。身体が熱い、脳が茹だる。ああ、こういう感覚なのか。

「誰も私を止めることはできない」
「まさか、やめ──!」

やめろと言ってやめるやつはいない。
心臓魔導器が唸りを上げる。ああ、私の全てを使い切り、そして終わりを告げてくれ。

「ブラストハート!!」

その瞬間、バキリと硬い音が胸から響いた。
術式によって団長室の隅々までに氷が広がる。私の周囲にはさらに密集し、氷山のようにいいくつもの氷がひしめいた。足元から現れた大きな氷の槍は、足や腹を突き刺した。
ああ、足りない。全く、足りない。
本当なら、頭まで貫いているはずなのに。どうして私はまだ生きている?
胸元をみれば、赤い光が弱々しく点滅している。胸をたぐれば、中核のコアの触感に違和感があった。ああ、ヒビが入ってる。
後少しなのに、後少しだからこそ技の威力も弱まったか。
ああ、なんともまぁ、悪運の強いやつ。
ならば、最後にとどめを刺してやればいい。

「はぁッ、ぐぅっ、動け──」
「アレクセイ! やめて!!」

何を? 何をやめろというんです。姫様。
大丈夫、あなたの仲間は殺しませんよ。ここまできて殺すとかありえませんからね。
だから、そんな悲痛な声を出さない。喉を痛めますからね。
再び強い鼓動が聞こえる。そうだ、一度でダメなら、何度だって。
何度だって、やってやるさ。なぁ。

「ブラスト、ハートッ!」
「ッ! 死なせんのじゃ!」

次いで出た氷結は真っ直ぐに、いくつも私の頭へと向かっていっていた。
しかしそれは銃弾によって打ち砕かれる。それは、金髪の少女、パティが撃ったものだった。ああ、どうして。やめてくださいよパティさん。
こっちは死にそうになりながらやってるんですから、さっさと死なせてくださいって。
パティはこちらを親の仇のように睨みつける。そんな目をして、やっていることがちぐはぐだ。

「言ったじゃろうッ、わしは守ると。例えそれが、お前自身だとしても変わらんのじゃ!」
「はッ、馬鹿な、ことを」

いやほんと、馬鹿なこと言わんでくれ。
守るて。私から守るってそれどういうことですか。意味わかりませんよ。
ああもう、こうなったら氷結は次善策。最善策は──生命力の枯渇か。
よーーし! 正直もう意識が朦朧としていると、足の踏ん張りがつかんけどいっちょやったりますか! 大丈夫! 朦朧としていても意識はあるし、踏ん張りはつかなくても氷結が串刺しにして縫いとめてくれているからね! あははそのまま致命傷になれば良かったんだけども!
さて、次は彼らとの戦闘だ。ふはは、絶対に負けんぞ! 勝利条件は自決。以上!

「ぐ、ぅう、おぉおおッ!!」
「ちょ、それ以上使わせたら、そいつ死ぬわよ!!」

大丈夫、本望です!
的確なモルディオの説明に、ある種の希望を持つ。あとちょっとだぞアレクセイ・ディノイア!
しかし、どうもそうは問屋が卸さないらしい。
左右に築かれていた氷壁の片方が打ち砕かれる。鋭い槍が視界にかすめた。ナギーク器官が宙を舞う。ああ、なんだか酷く懐かしい気分だ。
ヘルメス。ようやく君の元へ行けそうだよ。
魔導器へ力をためる。動け動け動け動け、生きている限りは、使えるだろう。
私の元に残った唯一の手段、薄汚い塊、友人が残した奇跡のかけら。
すぐに、壊すから。
左右のうち、残った壁が弾け飛ぶ。見るまでもない、凛々しい姿。フレン騎士団長。
私の後任というクソめんどくさいかわいそうな役割になってしまった青年。
というか彼、まだ二十一だったよね。はぁ、そんな若者に騎士団長をさせてしまうとは。本当に帝国は全く最低だな! 一番最低なのはその状況に導いた私なんですけどねがはは。
それはそうと。
ちょうど両者に標的がやってきたので、いっちょやりますか。

「ぐぅッ、ぁあああッ!!」

技名を叫ぶ気力も残らない。全て魔導器に叩き込む。
三連目は流石にきつい。死にそうだ。早く死んでくれ。
魔導器が生命力を吸い上げ、発動する。私の周囲には再び巨大な氷の柱が出現する。彼らを払い落とし、遠ざける。怪我してないといいんだけど……。

バキリ、と音がする。胸元から、自身から。
自らが氷になったような心地だった。胸元のコアが割れるたび、凍った身体が砕けていくような。ああ、終わりが近い。
けれどまだ、終わりではない。

「アレクセイ!!」

ほら、だってまだいるもの。
君はかならず突っ込んでくると思っていたよ。いつも突っ込んでくるからね。猪突猛進とは君のことか。いや、他のメンツも結構そうかも。
まぁ、どうだっていいのだ。重要なのは彼がやっぱりやってきたということ。
よーし、今度こそ邪魔されないぞ。まぁ厳密には全て計画だったから、邪魔されたことなんて一度もないけれども。

さて、どうするか。剣を構える彼に斬ってもらうのでもいいのだが、そうすると姫様がついうっかり治癒してしまうかもしれない。それは流石に困るのだ。
失敗は許されない。敗北は生だ。ああ、なら気張らなければな。

コアの砕ける音がする。何度も何度も、大きな音が。

「うッ、ぐぁああッ! ユーリ、ユーリ・ローウェルッ!!」

世界の救世主。私になしえなかった未来をなしえる若き星。
君には感謝してもしきれない。君がいたからこそ私はあそこまでできた、歩めた、生きれた、生きなければならなかった、実行できた!
君に切られたザウデで、私は死ぬはずだった! 君が私の死神となるはずだった!
もう一度とは言わない、ああ、言わないとも。

だから、今度こそ。私の死を看取ってくれ。

私は、生きすぎた。
デュークに助けられたところから歯車が狂ってしまった。彼には困ったものだ。どうして私などを助けたりしたのか。ただ、もっと狂っていたのは私の頭だ。
何もかも、都合の悪いところだけを全て忘れ去っていた。あるのは焦燥感や違和感だけで、そんなものなんの役にも立ちやしない。そうして私はのうのうと彼らについていった。
戦って、話して、笑って。ああ、馬鹿馬鹿しい。何も知らずに享受する愚かな男。
必要以上に彼らを惑わすな、悲しませるな、情を抱かせるな。
いい加減に、死んでくれ。
あの、蒼天の空も見ただろう。
もう、十分だろう。

「ブラスト──」

息がつまる、空気が吐けない、飲み込めもしない。
白黒の目の前が、どんどんと暗くなる。ああ、まだだ。まだ、勝負は決してない。
ローウェルが切っ先を向ける。真っ直ぐに、それは心臓魔導器を狙っていた。
ああ、そうだな。殺すならそこだ。そこしかない。
核を打ち砕き、全てを停止させる。
なぁ、そうだろう。主人公。
それが、正解なんだ。

──誰かの悲鳴が聴こえる。
うるさい、うるさい、やめろ、叫ぶな。
そんな声をださないで。そんな風によばないで。
お願い、お願い。

すまない。
無知で、無力で、害のないような人間として、そばにいてしまって。
君たちの決意を、鈍らせた。
どこまでも、不要な男だ。

魔力が集まったコアが強く輝きを放つ。
それが全てだった。私の頭を突き抜ける氷を作るほどの力がなくとも、コアを破壊するぐらいの力はある。
魔導器が、大きく脈打つ。
ああ、最後ぐらいは──これも綺麗に思えたよ。ヘルメス。

術式を解放する──直前に、それは間に合った。
鋭い切っ先、殺意の証。剣の穂先が赤い光を捉える。
明確に何かがずれる音、崩れる音。魔力が爆発せずに霧散していく。
ああ、これは──。

(死、か)

あの、戦争で。
あの、不落宮で。
あの、何もかも失った赤い部屋で。
果たせなかった、終わりが。

ようやく、訪れる。
ありがとう、ローウェル君。

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bkm