- ナノ -

約束C
帝都へ移動する間、なんだかレイヴンさんの近くにいたくなくてパティさんの隣にいた。
昨夜の問答は、私の答えで終わった。それ以上、レイヴンさんは何も言わなかった。本当に何も。いつもの調子にも戻らなくて、そのまま一言も発さずに眠ってしまった。
いやまじで怖い。どういう心境なんだほんと。いつものレイヴンさんに戻って欲しいよ〜朝になっても静かで本当に怖いんだよ〜も〜何考えてるの〜知りたいような全く知りたくないような〜〜。
というわけで、調子の戻らないレイヴンさんが怖くて逃げました。私は弱いやつですすみません。

「アレクセイはレイヴンと喧嘩でもしたのかのー?」
「いや、そんなことはない、と思うんですが」
「歯切れが悪いのぉ」

ほんとにね。
喧嘩、ではないと思う。意見の相違ってやつですかね。レイヴンさんが常識ひっくり返すようなことを言うから、混乱しかありませんでしたよ昨夜。
けど、口に出したい話題でもなかったので苦笑いで流す。あの話題はもう一切出したくなかった。誰の前でも。

遠くから眺める分には、レイヴンさんはいつもの調子に思えた。いや、でもちょっと口数少ない気もする。顔も固い気がする。気がするってだけなんですけどね。あはは気のせいかな〜〜う〜〜〜〜〜〜ん。深く考えたくないぞ。

「しばらく、パティの近くにいてもいいですか?」
「そんなことないって言ったのはなんだったのじゃ。じゃが、いいぞ。ずっと近くにいるといい。レイヴンばっかり占領しておったからの」
「ははは、確かによく彼に世話を焼いてもらってましたね」

優しい言い方をするパティさんに肩の荷が降りるようだ。気遣いまでできるなんて出来た子。実際パティさんってお幾つなんだろう。いや、失礼だから詳しくは考えないけども。

「星喰みが解決するまで、お主とはちゃんと話せる時間がなかったからの」
「色々、やることがありましたもんね」

星喰みの原因、理由、解決法、実行に移すための準備、根回し、やることなど大いにあったろう。パティさんとは幽霊船の件で話させてもらったが、それ以降はしっかりと話せる機会はあまりなかったように思う。
そして、もう話す機会は訪れないだろう。もしかしたらこれが最後かもしれない。
だってもう、お別れだから。帝都に到着したら、私は彼らと離れる。その前に捕まるかも。いずれにしろ、今日までだ。

「……ありがとうございました」
「なんのことかの」
「いや……パティにも、お世話になったなと思いまして」

感謝なんてしてほしくないかもしれない。私の面倒を見たのはただ殿下からそう依頼されたからだ。そしてアレクセイは彼女のギルドを、壊滅へを追いやった。パティさんはそうじゃないかもしれないと言ってくれただけど、きっとそうなのだろう。
けれど、それでも、彼女と話すのは楽しかったから。
丸々とした大きな瞳がこちらを見やる。

「わしが言ったことを、覚えておるか」

──覚えている。
守ると言ってくれた。罪人の私(アレクセイ)を。
守るに値する人間だと、そう。
けれど、この旅で分かってくれなかったのだろうか。アレクセイという人物が、命さえ捧げても拭えない罪を背負っていると。

「わしは、その言葉を撤回するつもりはない」

強い瞳。透き通った、なんの負い目もない色。
どうしてそんな純粋な目ができるのだろうか。私は、誰もが認める罪人だというのに。
だから、私はこういうしかなかった。

「……私の、約束も忘れてはいませんよね」
「……分かってるのじゃ」

凛々の明星の彼らが対立するのを、見たくなかった。
想像だってしたくない。私のせいで、誰かが傷つくなど、そんな馬鹿げた話があってはならない。あってはならない、絶対に。馬鹿らしい、アホらしい。
争いなど、本来なら起こるはずもないのに。
だから、私はパティさんにお願いをした。皆とは対立しないと。彼女も彼らに銃口は向けられないと言っていた。取り越し苦労でも、約束をしたのだ。
パティさんは頷いて、そうして言った。

「けど、諦めてもいないのじゃ」

やだな。
どうしてパティさんも怖いこと、言うんですか。

prev next
bkm