- ナノ -

思うC
魔導器を失った世界は、しかしそれでも未来を紡いでいく。
凛々の明星の面々が先に事情を話し、国を動かす人々が働きかけたため暴動に発展するような大きな混乱は見られないようだった。
戦いの場から戻った後も、慌ただしく動乱の雰囲気はあるものの、それでも人々は正しく働き、動き、生きていた。
魔導器は動かなくなり、全ては精霊となった。残っている魔導器は──心臓魔導器ぐらいだろうか。レイヴンさんの胸にあるものと、私の胸にあるもの。
といっても私のものはそろそろ寿命が来そうですけどねあはは。
その前に処刑されるのが先かなー。

短いが、とても長い旅だった。
本当に、長い旅だった。長編映画を見終わったような、可笑しな達成感。
素晴らしい人々、素晴らしい世界。最高の結末。もう満足する以外にないでしょう。
こんな体験ができたのなら、この身体に憑依して良かったとさえ思う。いや、やっぱり憑依はしないほうがいいけれども。

しかしこの身体ともお別れか〜。ちょっと寂しい気もしないでもない。
けど、この生存への違和感とか達成感とかで全て帳消し! むしろちょっとワクワクしているまである。人間、死が近づくとハイになるのかもしれない。

結界魔導器もなくなり、戦えるギルドは皆駆り出されてた。もちろんそれは凛々の明星も同じことで。人手不足ゆえか、私もそれに参加していた。全て終わったのに、罪人が変わらずこうしているのっていいのかなぁ。などと首を捻りつついれば、街を襲った魔物を倒したある日の夜、同室だったレイヴンさんがそのことについて話題を出してくれた。

「明日、殿下がいる帝都に向かうってさ。それで、あんたの身柄を引き渡す」

正直突然で、驚いて飲んでいた水を吹き出すところだったけれど、どうにか飲み込んだ。
そう、そうか。ようやく、なのか。
確かにこの街も落ち着いてきた。重要人物盛り沢山の凛々の明星たちも、そろそろ一番偉い人に合わないといけないだろう。そしてこの国をこんなにしてしまった元凶であるアレクセイ・ディノイアもようやくお縄につく。

「まだ、記憶は戻らないのね」
「そうですね……けれど、私はアレクセイですから」

咎人で、罪人。それはもう否定しようもないことだ。
この運命は変えられず、変えてはならないものだ。
まぁ、お上としては大罪人が何をしでかしていたかとか知りたいだろうから、記憶は戻って欲しいだろうけれど……それはもう諦めて欲しい。どうにもならん。
なので、体はアレクセイという人物のものなのでそう返せば、レイヴンさんはベッドに腰掛けながら続けた。

「納得、しているんですね」

おや、これは……。たまにレイヴンさんがなる真面目モード。
この時の対処法が未だによくわかっていない。私も堅苦しく喋った方がいいんだろうか。いや、さらに混乱するからやめておこう。この旅の中で、結局このレイヴンさんの癖は治らなかったなぁ。

「ええ」
「……その心臓の理由も分かっていないのに?」
「それは……」

それは、少し痛いところを突かれた。
ちょっとしたことで、私の心臓がレイヴンさんと同じような魔導器であることが知られてしまった。しまった、というとアレなのだが……。なんだか、ユーリさんと彼が深刻そうな顔をしていたから、知られては良くなかったことなんだと思った。
いや、違うか。なんとなく、直感だ。知られてはならなかったと、なぜか思った。理由は残念ながら分からなかったが。
しかし、今まで大きな話題とはされていなかった──それよりも星喰みの方が重要だ──それを、今になって口に出すのか。
レイヴンさんは、じっとどこか暗い目で私を見つめる。なんだか、詰られているようで居心地が悪い。

「私には、これが、アレクセイ・ディノイアという人の罪に大きく関係するものとは、思えないので……」
「気にならない、と?」
「ええ……」

堅い言葉になんだか答えづらい。
うう、レイヴンさん、何が言いたいんだろう。この身体の人は国家に反逆し、世界を危機に晒し、そのために人々を苦しめた大犯罪者。それでいいんじゃないのか。
レイヴンさんは口を噤んで、しかし再び問いを投げかけてきた。

「なら、ドン・ホワイトホースは?」
「え……」
「死んだと思われていたのに生きていた。確かに、腹を切ったはずなのに、誰かが治療して、さらに体を入れ替えていた。そしてドンは『誰か』に説得されて、ずっと息を潜めていた」
「それは、私にはどうにも分かりません。彼を慕う誰かが助けたのでは」
「慕う誰かは、ベリウスが転生することも知っていたと?」
「それは……嘘か、でまかせなのでは……でないと、説明がつきません」

星喰みがアレクセイの手で封印が解け訪れる前に、ドン・ホワイトホースという人物がギルド間の争いの決着をつけるために腹を切ったそうだ。
しかし裏で手を引いているものがいることを察知していた凛々の明星は自害を止めるように諭したが聞き入れられず、ドン・ホワイトホースは腹を切った。だが一命を取り留めていた彼は混乱の中で誰かに助け出されていた。そして情報の入らない場所で押し留められ、事を見守るように説得されていた。
助けられてなおケジメをつけようとする彼に『誰か』は言ったらしい。死んだベリウスは生き返る。それを見届けず死ぬのはケジメではない。と。

本当に意味のわからない話だ。しかしハッキリしていることは、ホワイトホースさんの孫であるハリーさんに偽情報を掴ませたのはアレクセイが手引きした者だったということ。
アレクセイさん、どんだけ手広くやってんですか。という話だが、黒幕だけはハッキリしている。アレクセイは悪者。それ以上でもそれ以下でもない。いや、まぁ大罪人とか極悪人とかはそうかもしれないが。

レイヴンさんは静かだった。それがとても不気味で怖い。
いつもの騒がしさはどこへ消えてしまったのか。いや、私と二人きりだと結構静かな時も多いですけど……。それとは別種の、何を言い出すかわからない怖さがあった。
だって、なんでそんな事を聞くのか、分からない。
記憶もない、覚えもない。それに、もし記憶があったとして、それを聞いて一体どうなるのか。
──どう、答えて欲しいのか。

「その『誰か』は、貴方ではないのですか」

そうだったとして。
そうだったとして、どうなる?
そうしたら、貴方は何を思う、何をしたがる、何を求めている?
なんだ、もう、なんなんだ。
気持ち悪い、怖い、恐ろしい、何が言いたい、何がしたいんだこの人は。
今までの中で、これ以上もないほどに恐怖を感じる。目の前の人に。
分からない、理解できない。

「違う、でしょう。アレクセイ・ディノイアはドン・ホワイトホースを殺そうと仕組んでいたんですよね」

そうでしょう。そうだろう。それで納得していたじゃないか。
どうして今になって、そんなことを掘り返す。
心臓の機械が軋む、鼓動が揺らぐ、震える。背筋に汗が流れる。
怖い。

「……貴方は、そう思っているのですか」
「当然じゃ、ないですか」

どうして、そう。
彼は自身が『そう思っていない』ような物言いをする。

「なぜです」
「は、はい?」
「貴方は、このままでは身に覚えのない罪で捕らえられ、死ぬかもしれない。なのに、どうして当然と言い切るのですか」

身に覚えがなくとも、罪は目の前にあった。空は星喰みに蝕まれ、人々は世界の異変に翻弄され傷を負っていた。アレクセイへの恨み辛みを幾度も味わった。凛々の明星の彼らもアレクセイを憎んでいた。
確かに存在する罪の証拠。それから目を逸らすことなんてできない。するつもりも、もうなかった。

「──覚えていなくても」

そう、覚えておらずとも。

「罰せられるべき人間だと、分かっているからです」

ねぇ、レイヴンさん。
貴方だって、そう思うでしょう。
聞きました。貴方だって捨て駒として神殿に生き埋めにされたんでしょう。殺されかけたんでしょう。ねぇ、

だから、怖いことを、言わないでください。
お願いだから。

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bkm