- ナノ -

笑うC
精霊となった始祖の隷長たちが、まるで星のように降り注ぐ。
それをみて、ああ、全て、本当に全てが終わったのだと理解した。
理屈ではない、魂が、心臓魔導器が熱くそう訴えかけている。手が、息が震えた。
わからない、何もわからないのに。私の全てがこの結末を望んでいたのだと叫んでいる。どうしようもないほどの歓喜が体を包み、そうして同じぐらい強烈な想いが脳でトグロを巻く。

──なぜ、私はこの結末を見ることができている?

ずっと、不思議だった。私がここにいることが、息をしていることが、動いていることが。
私はなぜ、ここに存在しているんだ。なぜアレクセイ・ディノイアは、生きている。
頭が割れるようだ。何もわからないのに、ただここに『存在していてはいけなかった』ことだけは強烈に理解してしまう。
圧巻の空から視線を移せば、凛々の明星の面々が希望を映した表情をしているのが視界に映った。
ああ、なぜ私はここでその表情を見ることができている?
なぜ、私は。

「アレクセイ」
「……デューク、さん」

白髪の美しい男性に声をかけられる。
先ほどまで凛々の明星のメンバーと戦っていた人物。そしてその戦いには、私も加わっていた。彼は敗北し、しかし後一歩、足りなかった力を貸してくれた。
彼はどこか重荷の降りた表情で、こちらを見ていた。

「お前は、この結末をどう見る」

私が、この結末を?
どう、などと、わからない。そんなこと。何もわからない。
私はアレクセイではない、記憶もない。別の世界の人間で、当事者でもない。
そんな人間に、何が答えられようか。答えられるはずもない。はずもない、のに。
どうして私は、こんなにも胸がはち切れそうで、今にも、涙が溢れそうなんだ。

「私には、分かり、ません」

喉が詰まる、うまく声が紡げない。
しかし彼はただ静かにその場で待っていた。続きを待っていると言わんばかりに。
だから、必死で息を吐き出した。理解していない脳で、それでも何か紡がないとと思って。

「けど、おそらく、は──これが、望んだ、結末だったの、だと、思います」

だってそう全身が訴えている。叫んでいる。張り裂けそうに、金切り声を上げている。
ああ、これが。私(アレクセイ・ディノイア)の望んだ結末なのか。

ねぇ、きっと、そうなんでしょう。

「アリューシャ」

彼の声が聞こえる。目を向けると、安堵のような色が見えていた瞳が消えていた。
なぜ、全てが正しく収まったというのに。どうしてそんな目をしているのだろう。

「私と共に来い」
「……それは」

どういうことなのか。それは、多分、聞かずとも分かる。
だってデュークさんはレレウィーゼで出会った時も同じように言ってくれたじゃないか。デュークさんは、アレクセイに情があった。友情か、親愛かは知らないが、確かに命の心配をしてくれた。気遣ってくれた。そもそも、この体を助けたのは彼だ。
そう、思うならば彼に預けるのもある意味では、正しいのかもしれない。
彼が、全て収まったこの世界でも、デュークさんがこの身体を欲しがるならば、返すのは当然なのかもしれない。
ああ、けれど。けれど、本当に申し訳ない。
この体は今、私の体なんだ。

「すみません」
「……答えは変わらない、か」
「はい」

彼が黙ってこちらを見つめる。変わらぬ表情に、しかしどこまでも深い感情が窺えてしまって、どうしていいか分からなくなる。

私はきっと、罰を下されるだろう。
猶予期間も終わり。世界が一変し、そして罪の清算が行われる。ようやく。
多くの人が犠牲になった。多くの人が苦しめられた。多くの人が、涙をこぼした。
ようやく人々の怒りが、悲しみが、僅かばかりも洗われる。
『私』はどうなるのだろう。元の身体に戻るのだろうか。それとも、この身体ごと死にゆくのだろうか。それでもいい、いやーーもう、それでいい。
私はなんだか、彼に成り過ぎてしまったようだった。
全てを受け入れることに抵抗がない。それでいいと思ってしまう。
それがこの身体にいるがゆえの思考だとしても、今がそうであるなら、その考えを抵抗する理由は考え付かなかった。
なぜだろう。帰りたい家も、会いたい人たちもいるはずなのに。
その全てが──虚像に見える。

「私は──」

彼の美しい顔が歪められる。何かに耐えている、いや──耐えきれないように。
そうしてその薄い唇が震えながら動こうとした時、声が聞こえた。

「大将」
「レイヴンさん」
「なに、話してるんだい」

凛々の明星の面々がいつのまにやら近くにいた。世界を救った救世主たち。
どうやら長く話し込み過ぎてしまったようだ。といっても、交わした言葉など数個しかないのだが。
なんの話。か。救われた世界についての世間話と、今後の身の振り方、だろうか。

「なんでもありません」

といっても、語るまでもないだろう。世間話はそれまでで、身の振り方は断らせてもらってしまったのだから。薄く笑いながらそう返して、デュークさんに視線を向ける。

「では、私はこれで」
「……」
「さようなら、デュークさん」

胸が張り裂けそうなほど鼓動を刻んでいる。どく、どく、と。美しい光景を目にして高揚するように、輝かしい未来に期待で胸を膨らませるように。
ああ、終着はすぐそこなのに。ああ、可笑しい。
デュークさんは目蓋を閉じた。まつ毛が小さく震えていた。
そういえば、これが最後なのだなと理解して、口が勝手に動いていた。

「御元気で」

こんな美しい世界なのだ。きっと彼にも溢れている、幸福が。
辛い思いばかりしてきたのだろうというのは、事情を知らない私でも戦闘に参加していれば分かった。様々な葛藤があり、そして人間に失望し、しかし最後は委ねることができた。
素晴らしい人だと思う。捨て去った選択を、もう一度選び取ることができる。信じることができる。
そんな状況になったことはないけれど、私には、きっと──無理だろうから。
帰ってこない返事をそのままに、踵を返す。
彼らの元へ一歩進んだところで、背後から声がした。

「ブレイブヴェスペリア」

それは、彼らのギルドの名前だった。

「アレクセイを、頼む」

どういうことだろうと後ろを振り向けば、既に彼は姿を消していた。
うーん……瞬間移動?
しかし、頼むとは一体どういうことなのか。最期まで、という意味なのか。それとも。
いいや、それとも、はない。あってはならない。有り得ない。
そうでしょう、ブレイブヴェスペリア。

戻した視線の先──彼らは世界を救ったというのにどこか鎮痛な顔をしていた。
ああ、そんな顔をしないでください。
どうか、笑って。

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