- ナノ -

「どうして私は生きている?」B
私が何も覚えていない。と説明したところで、彼は少しだけ気落ちしたようにこの空間から去って行った。
小ぢんまりとした部屋で、ベットの上にただ一人。
心細くないといえば嘘になるが、この外見でそんなことを言っても見苦しいだけだろう。

「見る限り、四十代ほどのおっさんか……」

自分の身体を確認しつつ、大体の予想を立てる。
どうやらこの部屋には鏡はないようで、かなり適当な仮想になってしまうが致し方ない。
己の顔を見たのはデュークと名乗った男の瞳の中ででしかないのだが、身体年齢と比べてみても、このぐらいが妥当だろう。
先ほどの美麗男性の中で、私はどうやら記憶喪失者となってしまったらしい。といっても、本当のことを言うこともないので、(というか信じてもらえないだろうから)黙ってそれを受け入れたが、さてどうするか。

顔には隻眼になっている以外何か不自由はないようだった。その隻眼になった理由の痕も最近付いたものらしく、ここからも痛みが襲ってくる。
調べた身体には、二つの大きな傷が付いていた。
小さな傷や傷跡などを含めればかなり多くの傷があったが、まだ癒えていない傷は胸の二つの刀傷だけだった。
かなり深く切られているらしく、常に痛みを発してくる。これでは碌に寝られない気がするのは杞憂だろうか。
肩から心臓に、右の横腹から左に。殺そうとして斬ったのだろう。彼の適切な処置がなければ、死んでいたに違いない。

どうして生きているのだろう。と思う。
きっとデュークという人がこの人を殺したくなかったからなのだろうが、残念ながらこの人が持っていた記憶は私は持ちえていない。
……これが、認知しているゲームの内容だったら、話せたのだが。
デュークという人を見ていると、やはりこの世界は二次元なのだと確信できる。
何しろ人のような雰囲気を感じない。現実世界にそんな只ならぬ空気を発することが出来る人はいないし、そもそもあんな綺麗な長髪の白髪は絶対にない。

そう考えると――やはりどうして生きているのか更に疑問になる。
憑依してしまった、のだろうと思う。
この人が生きている可能性を奪い。この人が、帰ってくることはあるのだろうか。
これといった理由はないが、帰ってこないだろうという確信があった。

「……なんなのだろうな、これは」

憑依。という言葉しか、今の私にはあわないはずだ。
だが、それだけでない気がするのは、何故なのか。

そして、この疑問はなんなのだろう。
自分のことが分からぬ不安や恐怖よりも、強く私を襲う問い。

「どうして私は生きている?」


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bkm