- ナノ -

あなたの息子
この世に生を受けてから五年経った。
二十一世紀で人生を歩んでいたはずが、何故か死んて生まれ変わったらずっと過去に飛ばされていた。
所謂、中華の三国時代というやつである。清や明より全然前だよねこれ。
どうして三国時代だと分かったのかというと、自分の父の名前に強烈に聞き覚えがあったからだ。

「とーさん!」
「おお、なんだ息子よ」

思い切り甘えた声を出し、満面の笑みを浮かべて声をかければ、にこ、というよりデレっという顔をする髭の生えた筋肉とほどよい脂肪のマシュマロボディを持っている男性――そう。私は彼を生前知っていた。
――夏候淵。字は妙才。我が父ながら、名前まで可愛い。
まだまだ短い手足を忙しなく動かして父に突撃する。といってもまだまだ身長が足りないので、腰当たりにアタックするのみなのだが。
父はまるで微動だにせず、私を受け止めてくれる。平服なので生地の下のボディの感覚がちょっとだけ伝わってくる。ああ、至福。
夏候淵。私はそれをよくソシャゲやゲームの中で聞いていた。三国志演義という物語、そして三国志という史書の中で出てくる魏の将軍。それが夏候淵将軍だった。
魏の君主は曹操という人で、彼はその従兄弟だったはず。曹操が挙兵した時から一緒にいて、曹操が成り上がると共に多くの戦勝を上げ、将軍にまでなった人物。
そうして、そんな彼に「息子」などと言われている私は当然、その呼び名の通り、彼の子供として生まれ変わったわけである。
「今日は一緒に居られるの?」
「おう、今日は休みだ。また明日から城だけどな」
「ええーっ、もっと父さんと一緒にいたいよぉ」
「そーかそーか! 可愛いこというじゃねぇか!」
だって本心なんですもん。
ギュウと抱きしめる力を強めれば、脇に手を入れられてひょいと持ち上げられる。
目の前にやってきた父の顔に、目を丸くする。軍人なだけあって、子供一人の力など赤子同然なのだろう。あっという間に引き剥がされてしまった。眼を瞬かせていると、父がそのまま私を抱きしめる。大きな身体に包まれて、肌を近くで感じて相手が生きていると実感する。
「あはは! たかーい!」
「だろ〜。よしっ、今日は目一杯遊んでやるぞ!」
「やったー! 父さん大好き!」
固く抱きしめられていることを良いことに諸手を挙げて喜べば、父も大きく笑ってくれた。
あーもうホント大好き。こんな最高な人が父親でいいのだろうか。
「ねーとーさん、城に帰っちゃうなら、おれも連れて行ってよ!」
「お前をかぁ? あーでもなぁ」
「いいでしょいいでしょ! お願い!! とうさんと離れたくないよ!」
「くーっ、可愛いことばっかり言ってなぁ……しょーがねぇ、殿に書簡飛ばしてみるかぁ」
「やったー!」
「まだ行けるって決まったわけじゃないからなー」
釘を刺してくる父をスルーして、そのまま首元に抱きつく。
精神年齢は五歳じゃないけれど、それでもこんな最高な父がいたら少しでもいいから一緒に居たいと思うでしょう。それに、この戦乱の世、いつどこでいなくなるか分からないのだから。
「とのも、とんにいもいるんでしょ? 楽しみだ!」
「ちょ、惇兄じゃなくて、叔父さんな!」
「とんにい!」
「おいおい……」
困ったように眉を下げる父を見て、ケラケラと笑い声を上げる。
どうして過去へ生まれ変わってしまったかは分からないが、せっかくなのだ精一杯楽しんで生きていこう。いつ死ぬか分からぬ親族達と関わりながら――夏候淵の息子、夏候覇として。

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bkm