- ナノ -

士の本分
乱世の時代というのはなんというか、転職のように主君を変えていくよなぁ。
そして私は現代社会で主君を変えていったように会社を転々としております。三国時代で曹操殿の元へ降り、そうして樊城の戦いで果てた。今までは主君に従い共に逃げたり、主君を変えたりしていたから初めての体験で申請だった。まぁ死ぬのなんて普通は一度しか出来ないから新鮮なのは当然なのだが。
劉備の元に馬超殿たちがいたため、軍神関羽から降るかどうかを問われたがキッパリと断らせていただいた。何せ、士の本分を曹操殿の元で全うすると誓っていたし、何より于禁殿があちらにはいらっしゃらないので。
当然その場で斬首されたのだが――最後まで誰かの元で果てるのもいいものだと思った。志しに死ぬ事は、以外と悪いことでは無かった。一度目の人生のように、事故で死ぬよりは何倍も幸福だと思う。

まぁそんな輝かしい前世は置いておいて、今生で私はまるで前世の主君のように会社を変えていっている。一応それなりの成果を出したり、前世と変わらぬ肉体なので身体を使う労働では活躍しているはずなのだが、運が悪いのかなんなのか、入社した会社が倒産したり吸収されたりして悉く転職せざるを得ない状況になっているのだ。もしかして私が貧乏神……?
そうだったら入社した会社に申し訳ないのだが、私も生きていくために職に着かなくてはいけない。そんなわけで今日も今日とて面接の日々である。

そういえば、前世のことであるが、やはり前世とはいえど詳細が気になり三国時代について物心ついた時に調べてみた。改めて見てみると、話として面白くなかなか楽しいものだった。そして、その中で気になったのが――于禁殿のことだ。樊城で曹仁殿とともに戦っていたのだが、どうやら洪水の前に敗北し――投降したのだそうだ。
え、えーーーー嘘だーーーー于禁殿がそんなことするわけないじゃん。
と思うが、どの資料を見てもそう書いてある。というか三国志演義という三国志を大衆向けの物語にしたものは于禁殿が必死で命乞いしたとまで書かれていて、はてこれは誰だ……という有様だった。
いや、命乞いをする于禁殿はそれはそれで味があるかもしれないが、そういうことではない。于禁殿の性格からしても、最後の一人になるまで降伏などしなさそうだが……。
曹仁殿もまだ奮戦していたようであるし……ならば、可能性は一つ、策あっての投降だったのだろう。
その後、関羽は討ち取られているようであるし、そのための策だったと思われる。――だが、于禁殿はその後、あまり……芳しくない余生を過ごしたように受け取れる。
私は死んだため本懐はどうだったかは知りようもないが――歴史として書かれる中では、それまでの貢献を鑑みられていないように思われるほど、悲しいものだ。
そうはいっても、あの場で死んだ私が言えることはない。ただ、もう少し、あと少し奮戦し――于禁殿にあのような策をとらせずにすむように出来ればと少しだけ悔いた。
それこそ、口にしても意味が無いことだが。

などと考えていたら面接会場の会社に到着した。
なんだかんだで着る機会の多いスーツ姿で会社ビルへ入っていく。
会社についてだが、ぶっちゃけあまり調べていない。申込期限がギリギリだったのと、そろそろ家賃が払えなくなってしまうためどこでもいいから入りたかったのだ。そのためにはまず面接をせねばなるまい。
どんなブラック会社でも不惜身命、尽くすことを誓うので勘弁して欲しい。身体は当然頑丈であるし、メンタルも三国時代を経験していると人が死なない限りはどうとでもなるので多少の無理無茶はお手の物です。
かなりの大会社らしいビルの中で、受付に話をすれば場所を案内される。礼を言ってついていけば、一つの部屋の前までやってきた。

「面接官の方は既にいらっしゃいますので、お好きなタイミングでどうぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言うと、その社員の方は背を向けて去って行った。しかし――おかしいな、約束の面接の時間まであと三十分ほどあるのだが。待っている間に会社のことを調べようと思っていたので、困ったことになってしまった。
やってきているのに待たせるのも悪い。どうせ私がやってきたことは内線で伝わっているだろうし。
うだうだと考えることは性に合わない。ということで、熱意だけでいざ参らん!

ノックをし、扉越しにくぐもった面接官の声を聞く。
それに失礼します、と声をかけて中へと入った。
会議用のスペースらしいそこが、面接用に机が片付けられている。広々としていて、分かってはいたがビルも機能的で綺麗だ。椅子の前まで進み出ていき、そうして面接官へ目を向ける。
そこには二名椅子に座っており、二人とも三十代ほどの男性。一人目を向け、そうしてもう一人にしっかりと眼を向けたとき、思わず手にしていた鞄を落とした。

「――于禁殿」
「……久しいな、ホウ徳殿」
うッ――――――――――于禁殿がいる。
そ、存在していたのか。しかも私の事を分かっている。
うわ、そうか。あーーーーーそうか。そうなのか。そうか、なるほど。これが

「これが定めでござったか」
「ホウ徳――」
「于禁殿。此度も出会え、光栄です。どうか、貴方の元で士の本分を全うさせていただけないか」
「……突然何を」
「申し訳ない。だが、某はそう有りたい」
だってそうだろう。乱世で生まれ、生きて死んで、そして現代でもう一度出会えたのだ。貴方の元で本分を全うして果てた。だが貴方を置いて逝ってしまった。今度こそは、貴方をしかと支えたい。私の終わりを輝かせてくださった貴方の元で!

椅子に座りもせずに好き勝手口にする私に、もう一つの面接官は面食らっているようだ。それもそうだろうな、前世について知らなければ意味不明なやり取りだ。というか私の口調も、古めかしくておかしいだろうし。
それでもいいのだ。彼に伝われば。
于禁殿は暫く黙っていたが、その鋭い目で私を見つめてきた。けれど、睨んではいない。
「私は、降将だぞ。お前はそれでも良いと言うのか」
「その事実は、貴方の晩年に泥を塗ったかもしれませぬが、某にとっては于禁殿は確固としている。貴方は、名将、于文則殿であろう」
それがなんだというのです。貴方は降る人ではない、そうであったなら何かの策か、それでもないのなら私が想像出来ぬような事情があったのでしょう。ならば私が何かいうこともありますまい。
例え本人からであろうと弁明は受け取れない。瞳を見つめ返せば、数秒後、深いため息が聞こえた。
「こんなものは面接ではない。本来ならば厳正に処するところだが」
それはまぁ、確かに。これは面接ではないな。処されると困ってしまうが――。
于禁殿がそこまで言ったとき、ガラリと扉が開いた。思わず動いた目線の先、そこには見知った姿があり、咄嗟に膝をつき、拱手を行う。
「曹操殿」
「ふっ、そう硬くなるな、ホウ徳」

と、と、と、殿ーーーーーー! 殿がいる! 殿存在していたのか!
動揺しながらも近寄ってきた曹操殿に頭を下げる。もう一人の面接官が「社長!?」と驚いている声が聞こえて、この混乱の中にたたき落とされてしまった面接官に少々憐憫を感じる。
「健在であったか」
「ハッ。曹操殿も息災であられるようで、何より」
「応募にお前の名前があると聞いてのぉ。最初から取るつもりだったが、于禁が通常通りにするべきだとな」
「そうなのですか」
スーツ姿だが、威厳に溢れる姿である。オーダーメイドの特注品がとても似合っている。流石曹操殿。
しかし、通常通りとは流石于禁殿だ。前世で関わりがあっても厳正なる評価を行う。解釈一致です。
「さて于禁。お主はどう思う?」
曹操殿のその言葉に、立ち上がり于禁殿を見やる。そこには曇った顔をした于禁殿が。いやぁ、まぁ、確かにこの面接ではそうなるだろうな。しかしどうしてもここで働きたい。曹操殿が社長であるし、何より于禁殿がいる。最初からやり直させてもらえないだろうか。
于禁殿は厳しい顔をしながらも、私を見て口を開く。
「私が上司になる可能性もある。所属の希望があるなら、今聞こう」
――それはつまり、合格。ということでよろしいか。
歓喜に胸を震わせつつ、希望を告げた。
「なら、于禁殿の元で尽力させていただきたい」
ああ、此度の人生も輝かしいものになるであろう!

prev next
bkm