- ナノ -

小さな中華料理店
于禁成り代わり、8本編後に「現代ではゆっくりしてぇ」とのんびりする話
中華店とか小さな店を切り盛りして、そこに偶然やってきたホウ徳とかの話。



前世なるモノを信じるだろうか。私は信じる。なぜなら他ならぬ私が前世を覚えているからだ。
前世では随分と昔の時代に生きていて、所謂中華の三国時代だった。
そこで私は「于文則」として生きた。あの時代は今では書物となって世界でも有名な部類の物語になっている。三国志演義というものもあるが、私はそこにはあまり登場しない。いや、するはするのだが、改変が凄まじいというか。まぁあれは今は神格化された関羽のための物語というところがあるから、別にどうだっていいのだが。
史実によれば、私は曹魏の将として功績を挙げ、名将と呼ばれた時期もあった。そう、あった。過去形である。所謂「晩年を汚した」というやつだ。樊城での戦いで相対した関羽に投降したのだ。仲間であったホウ徳は戦い――士の本分とやらを全うしたのに。
勿論考えなしであったわけではない。主君――曹操殿にも申し入れはしていた。次善の策ではあったが、結局それを実行することになってしまったのは己の実力不足だったのだろう。
幾ら主君に申し入れをしてあったといっても、投降は投降である。その結果は現代の于禁の評価を見れば一目瞭然だ。それでもいい、それでも。例え他国にいる中で主君の訃報を耳にしたとしても、帰ってきた先で居場所がなかったとしても、曹操殿と、跡を継いだ曹丕殿には理解して貰えていた。それだけで十分だ。
しかし――そういった生を経験し、二度目となった時――正直私は疲労していた。
いや、だって二度目である。この世は輪廻転生という仕組みであったか。などと思ったが、それはそれとして、前世で濃い人生を歩んだため、なんというかお腹いっぱいなのだ。
けれど見た目は前世と同じであるし、生きて行くには金が必要。ということで、三十代までに必死であくせく働き、金が貯まったら即退職した。引き留められたものの、そんなん知らん。もう私はのんびり新聞を読みふけるだけの日々が過ごしたいのだ。
そうして貯まった金で開いたのがこじんまりとした中華料理店だった。
初期費用をできるだけ抑えたので、店内はボロボロで立地も悪かったが、とりあえず「何かしらの職についている」ということが必須であり「自分だけの空間がある」ことが重要だったため綺麗かどうかや立地は関係ないのだ。
そんなわけで、早期退職、第二の人生が始まったのだった。いや、前世含めると第三の人生か?

平日・土日も基本的に営業しているが、やってくる客は少なく一日に三組、多くて十組である。余裕過ぎる。メニューは個人的な趣味で三国時代のモノを再現した料理と、後はさっと作れる原価の安い麺料理だ。その人時々の気分で気まぐれメニューもある。
客がいないときは基本的にカウンターで新聞を読んでいるし、ぼーっとドラマを眺めている時もある。
ああ、何もしない日々最高。

――チリンチリン
店の扉に付けた呼び鈴が鳴る。誰か客が来たようだ。この時間帯に来る常連客はいなかったような気がするが、と新聞から目線を上げてみれば、ある種見知った顔があった思わず固まった。
店内を見回していたらしい相手も、新聞から顔を上げた私の顔を見た瞬間にカチリと停止してしまった。
――ホウ徳、字は令明。あの樊城の戦いで死んだ、嘗ての仲間がそこにいた。

う、うわ……お前転生してたんかい。しかも記憶ありそうだなその様子だと。
この世に私の他に転生者が居ることは知っていた。何せ嘗ての主君、曹操殿が大企業の社長なのだ。夏候惇殿の名前も聞いたことがある。記憶があるかまでは分からなかったが……。ホウ徳の反応はやはり記憶があるということなのだろう。
まぁ……それはそれとして客である。

「好きな所に座ると良い」
「ぬ……そ、そなたがこの店の店主、なのか?」
「そうだ。冷やを持ってくる。メニューを見て待っていろ」
どうやら一人で来たようで、店の玄関で立ち止まっていた大男を中へと促す。別に帰るなら帰るでもいいが……。厨房に引っ込んでお冷やを持ってきたら、変に緊張した姿のホウ徳がカウンター席に座っていた。カウンターでいいんか。狭くないかお前。
しかし、ラフな私服を見るに休みだろうか。仕事は何かしらしているだろうし。もしかすると、夏候惇殿のような嘗て縁のあった人々と仕事をしていたりするのだろうか。少し好奇心が擽られるが、聞くほどでもない。
お冷やを置けば、メニューを見つめていた目線がこちらを向いた。相変わらず意志の強そうな眼である。私も人のことは言えないが、どちらかというとただただ鋭い方だ。
「注文は決まったか」
「……ではこの餃子定食を」
「分かった」
やっぱり餃子は美味しいよな。分かる。
それはそうと厨房へ戻り、餃子の準備である。鉄のフライパンに油を敷き、作り置きしていた餃子を取り出す。いつもしている作業だ、特に時間もかからないが――。

十分ほどあと、出来上がった料理を盆に載せる。
今の私も前世と変わらずでかいが、ホウ徳はそれを超える大きさだ。当然飯も多く食うだろう。ということで特に確認も取らずに茶碗をどんぶりに変える。いっぱい食べろ。
ついでに注文になかった肉まんも付けておいた。いっぱい食べろ。
「む、これは」
「残すなよ」
「あ、あいわかった」
良い返事だ。
でかいどんぶりや量の多い餃子。頼んでいなかった肉まんがやってきて、怪訝そうな顔をしたホウ徳だったが大人しく食べ始めてくれた。いいぞ食べろ食べろ。
ホウ徳は最初、神妙な顔をして食事に手を付けたが、少しすると気持ちの良い速さで箸を進めだした。良い食いっぷりだ。こういう光景は気分が良い。一応、私も料理を提供する側ということなのだろう。自分が作った料理を美味しそうに食べているのを見ると、愉快になる。
私はそのまま、自分用の冷やを用意してカウンターの向かい側、といってもホウ徳と距離を取って再び新聞を読み始めた。わー、曹操殿の会社の利益が国内で一番になったのか。ブイブイ言わせている。流石です曹操殿。

「馳走になった」
「……ああ」
曹操殿の会社の記事や特に気にならない社会情勢などの記事を読んでいれば、そう声がかかる。
まだ三十分も経っていないような気がするが、食べるの早いな。三十分でも食べ終わる量じゃなかったぞ。
しかし皿を見てみると、からりと綺麗に完食してあり悪い気分ではなくなる。返事通り綺麗に食べたなぁーいいぞ。洗うのも楽である。
席をたったホウ徳に合わせるように、自分も席を立ってレジまで移動する。餃子定食代を入力すれば、困惑したようなホウ徳の表情が見えた。
「肉まんなどの代金は」
「要らん」
こっちの勝手なサービスなので。一蹴すると、厳めしい顔ながらも明確に困った顔をするホウ徳に器用だな、と眺めながら思う。それはそうとして代金を払って欲しい。
何も言わないこちらに観念したのか、定食代を払うホウ徳に会計をする。
レシートを渡すが、なぜかその場からホウ徳が動かない。
「どうかしたか」
おつりを間違えたか? いや普通にピッタリ払ってくれたからそんなはずないんだが。
問えば、相変わらず意志の強い眼がこちらを見た。こう見ると酷く懐かしい。埃と血、歓声と悲鳴が溢れる戦場、自他共に厳しくあった己。己を貫いた目の前の男。こいつは以前と変わりないのだろうか、私は随分と変わったが。
「また、訪れても良いだろうか」
神妙な様子でそう尋ねてくるホウ徳にポカンとする。
なんというか、ここは普通の店であるし、客が来るのには何も問題は無いし、そんな顔で問うことでもないとは思うのだが――。
「ああ、また来てくれ」
そう言われて、嬉しくない店主もいないだろう。
思わず口の筋肉が緩んだが、まぁいい。以前の私ではないのだし。
ホウ徳は暫く何も言わず、眼を見張っていたかと思うと「感謝いたす」と口にしてさっさと店を出て行ってしまった。
さて、次に来るのはいつになるだろうか。気長に、新聞でも読んで楽しみに待っていよう。


「御免、開いているだろうか」
「ああ、好きな席に――」
「ぬっ……!?」
アッ、曹仁殿……。というかその反応、連れてきたホウ徳何も事情を話していないな。というか、普通曹仁殿を連れてくるか……? いや、まぁ、いいか。

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bkm