- ナノ -

(当事者の)勘違い憑依B
意識が覚醒する。
ほんのりとした光りが身体を包む。
ここはどこなのだろう。私は何をしていたのだろう。私はどうして目を瞑っているのだろう。

――私の大切な人たちはどうなったのだろう。

「――ッ!」

今、凄く酷い思い出を脳裏に再現しそうになった気がする。
飛び起きて、どうにもうまくいかない呼吸を繰り返す。
頭痛が身体を苦しめて、チカチカと黒と白を繰り返す視界が吐き気をもよおす。
全身から汗が噴き出して、頭が正常に働かない。

なんだここは、どうなっているんだ。分からない。怖い。怖い。嫌だ、なんで、なんで――。
なんで生きている?

「落ち着けアレクセイ」

目の前に白い何かが映り、肩に冷たい感触が伝わる。
肩に触れた冷たさが鎮静剤のように、全身の暴走を取り払っていく。冷たさを感じるたびに頭が冷静になっていくのを感じた。

「あれ、くせい?」

そうして、冷静になって違和感を感じた。
呼ばれた名前は私に対してだろう。しかし、私の名前はそんな外人めいた、カタカナ表記の名前ではない。
いや、もしかしたら亜礼区聖とかそんなかもしれないが、どちらにせよそんな仰々しい名前を賜った覚えはない。というか漢字表記は中二病っぽいので勘弁してほしい。

はっきりした視界で目の前の、どうやら冷静にしてくれたらしい人物を見てみると――凄く、綺麗です。
綺麗すぎて輝いているのではないかと思われるほど輝かしい人がいた。
中性的だ。中性的過ぎて女性か男性か分からない。
どっちか分からずにうろたえていると、目の前の男が少しだけ眉を寄せて言った。

「覚えていないのか……?」

――私は驚愕した。
いや、さっきも聞いていたのだ。確かにアレクセイと呼ばれた。
しかし、どうやら彼の美しすぎる容貌を見て、私の脳内からその声は吹き飛んでいたらしい。

……凄く、渋い声でした。

泣いていいだろうか。いや、悪くないんだ。凄くいい声で、顔と声合わせて本当にゲームキャラのような人なんだ。
でも、こう……期待を全力で裏切られたような……できれば声も中性的がよかったな。なんて。

「あ、貴方は、誰ですか」

とりあえず返答をする。
しかし、覚えていないのか。という問いに関してはスルーだ。
覚えるも何も何のことか思い当たる節はないし、彼に関してもまったく前知識がない。
どこかで見たことがあるような気もしないでもないが、きっとどこかのアニメかゲーム、漫画に似たようなキャラがいたのだろう。
というか、しかし本当に何か二次元のような人だな。これで魔法がどうたらとか出てきたら、本当に二次元ではないか。

二次元といえば。
先ほどから出している自分の声が、二次元のキャラクターのようないい声なのはどうしてだろうな。
しかも、目の前の渋い声に負けず劣らずなのも何故だろうか。
それと、凄く胸の辺りが痛いのは、何故。

目の前の男性の瞳がこちらを見つめている。
それは何かを確かめているようで、そうして哀れんでいるような――そんな瞳だった。
その瞳にどうすることも出来ずに見つめ返していれば、そこに映る隻眼の男の姿を見ることが出来た。

「――きっと。私は貴方が欲しいものは、何も持っていないと思いますよ」

ポロリと零れ落ちた本音は眼前の男性を驚かせたが、私はそれどころではなかった。
ああ、なるほど。これは――所謂憑依というか。


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bkm