- ナノ -

私の名前は番轟三というらしいB
記憶が無いことが広まると、元同僚という人たちが協力すると申し出てくれた。
なかなかどうして、番さんは慕われていたらしい。あと、入れ替わっていたのに気づけなかった申し訳なさもあるとかで、初対面な訳なので私がどうにも遠慮しても無理矢理連れ出してくれた。有り難いやらなにやら。
しかし記憶喪失ではないんじゃないか。とも思う。しっかりと『私』としての記憶はあるのだ。つまり私は犯人と同じく番さんに成り代わっているだけの悪霊である可能性が高いんじゃないか。そうは言っても、それを直接口に出せるかといえばそんなこともなく。私だって祓われるのは嫌だ。折角今こうして生きているのに。
でも、ずっと取り憑いてもいられないとは思う。でも誰に言えるわけでもなくずるずると番さんとして生きている。
今日は番さんの同僚に連れられて、裁判所にやってきていた。ここ最近は色々と番さんが過ごしていた場所を一緒に見て回っていた。初めの時は思い出話、担当した事件、そして警察署内と話を聞いたり足を運んだりしてみたが、一向に思い出す気配がない。同僚の人々は諦めず、今度は裁判所に連れてきてくれた。
警察が裁判所に、というのはあまり馴染みがなかったが、事件の裁判などで証人として呼び出されたり、一緒に仕事をしている検事がいる場合よく訪れるそうだ。番さんにも担当検事がいたようだが、それは行方不明になったあとらしいので、番さん自体はその担当検事にあったことがないだろうとのことだった。
着慣れない白いスーツを着て、裁判所の廊下を歩く。見慣れない風景にちょっと緊張してしまう。一応番さんの警察手帳とかも持ってきているけど、場違い感がすごい。そういえば、番さんは短髪でオールバックだった。私は未だに髪を切っていないから、長髪で後ろで縛っているのだけど同じ髪型とかにした方がいいのだろうか。
「何度か来てると思うが、見覚えないか?」
「いや……思い出せそうなことはないかな」
「そうかー、なかなか上手くいかねぇなぁ」
立ち止まった同僚さんがため息をつく。その姿に罪悪感が募る。番さんじゃないからなぁ私。
元々敬語で話していたが、敬語はらしくないと言われてため口で話すことを約束させられてしまった。数日たったため少し慣れたが、当初は何度も言い間違えた。
話を聞けば聞くほど、資料を見れば見るほど、番轟三という人物がどんな人だったか分かるようになった。仕事熱心で明るくて、笑顔が似合うタイプの人物。暑苦しいとも言えるかもしれない。残念ながら私とはかなり異なる。どちらかというと、私はインドア派だしなぁ。
似せようとすれば、たぶん似せられるとは思う。思うが、それは番さんではないし、私は番さんではない。
やっぱり、もっとこう――番さんを取り戻す方向で動いた方がいいのかもしれない。
「そうだなぁ、控え室とか行ってみるか」
「じゃあ、頼むよ」
行っても思い出せないだろうけど、好意を無碍にするのも申し訳ない。
歩き出した同僚さんについて歩き出すと、目の前に特徴的な人をみた。白と黒の服で、それだけでも特徴的なのに、あれはなんだろう。陣羽織か? 髪色もブラックジャックみたいな黒髪と白髪で、思わず目が奪われる。この世界には結構特徴的な人々がいるが、実際目にしてみるとビックリする。いや、番さんの白スーツもあまり人のことは言えないんだけど。
前髪が長く、隠れた目つきはまるで鷹のようだ。あとなんだろうあれ、隈か? 更にすごみが追加されていて、堅気なのかと疑ってしまいそうだ。いや、きっと堅気なんだろうけど。っていうか、裁判のニュースで見たことがあるかもしれない。なんだったっけなぁ。
ずっと見続けるのも失礼なので目線を外して頭を捻っていると、その人が徐々に近づいて横を通り過ぎる。ああ、そうだ。確か――囚人で検事という異例の――。
「てめェ」
「へ?」
ガッと手首に衝撃。次いで歩こうとしていた足が手首に引っ張られて動かない。肩に反動が伝わって、驚いて振り返った。
「……えっと」
「お前……」
そこには、ついさっきすれ違った検事――夕神検事がいた。そうだ、確か刑事として過ごしていた番轟三が犯罪者が入れ替わった別人であると判明した裁判にも、関わりがあったと軽く耳にした気がする。
しかし呼び止められたが、どうすればいいんだろう。相手も私の顔を見て目を見開いて止まってしまっている。な、なんだ。どうすればいいんだこれ。
「あ、あの――」
「夕神検事! すみません、こいつちょっとあの、記憶が無くてですね」
「記憶が、ねェだァ?」
うわ怖。声が地を這ってるよ……。
しかし異変に気付いた同僚さんが合間に入ってくれた。ありがてぇ〜〜でも手を話して貰えないどうして……。
正直、結構な力で握り締められているのかギチギチと音が鳴っているし、それなりに痛みも感じる。が、離してくださいと言える状況でもなさそうだ。
「おめェさん……誰だ」
だ、誰と言われましても……。けど、そう言われたらまぁ、今はこう返すしかないだろう。
「番、轟三と言います。その、初めまして」

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bkm