- ナノ -

生きて笑って名前を呼んで
本物番救済

ついに、ついにこの日がやってきた。
私は一人生唾を飲み込んだ。今日が運命の日。
私は、夕神迅、検事をしている。戦国武将のような白黒の陣羽織を来て、相棒のギンという鷹と共に裁判所で悪事を働いた被告人を有罪にすべく、弁護士たちと戦ったり共闘したりしているわけだ。
長髪の黒髪は、一部白くなってしまっているが、これには理由がある。私は実は、前世の記憶というモノがあるのだ。そしてその記憶の中では――私はゲームのキャラクターだった。法曹界のユガミ、そして名字からユガミ検事と呼ばれ、囚人でありながら検事をしている特異なキャラクターであった。
色々と理由はあるのだが、囚人となった理由は本編の七年前に起きた殺人事件の犯人として捕まえられていたためだった。痛ましい事件で、夕神検事の師匠であり、若い女性弁護士の希月心音というキャラクターの母親である希月真理という女性が殺されてしまった事件である。現場の状況が、まだ幼かった希月心音が母親を殺したように見えてしまったため、夕神検事が彼女を庇い、自身が犯人であると自白する。そういった流れで囚人となっていた。しかし、この事件の真相は『亡霊』と呼ばれるスパイによる犯行であり、それが七年越しにゲーム本編の中で明かされ、真犯人が捕まり、夕神検事も釈放されてハッピーエンド。というが筋書きだった。
が――ちょっと待てと。そのゲームの世界に夕神検事として生まれ変わってしまったと気付いた私は考えた。いや、そもそも師匠を殺させたりさせねぇぞと。そもそも亡霊を七年前の時点で捕まえてやるぞと。
それは勿論、師匠や心音ちゃんの為でもあった。だが何より――私には滅茶苦茶推しているキャラクターがいたのだ。その名は番轟三。ゲーム中に出てくる刑事で、夕神検事の担当刑事として活躍する。主人公たちと和やかな会話を繰り広げたり、一応対立する相手として捜査に協力してくれなかったりと、まぁ色々あるのだが、とてもチャーミングで愛らしいキャラクターなのだ。三十代のガタイのいい熱血系のちょっと暑苦しいキャラクターではあるのだが。
それはそうと。実はこの番刑事。亡霊が成り代わった偽りの刑事なのだ。そして思うだろう。なら、元の番刑事はどこにいったんだ、と。
……本編に出てくる前に死んでるんだよなぁ。これが。本編中にさらっと『番轟三と同じ指紋の遺体が発見された』と出てくるわけなのだが――いや、死んでるんですけど……。私の推し、死んでたよ……。
これが逆転裁判。これが推しが出来たら犯人か死ぬかを覚悟しろと呼ばれるゲーム。
推しは犯人でもあり、偽りでもあり、死んでもいたというなんだこの地獄は? という事実。勿論、亡霊は正体を暴かれ捕まるのだが、正直ショックだった。まぁ、推しがね。そういうことだったからね。
だから――私は夕神検事になったと分かって、直ぐに思いついた。
――これ、私が亡霊を捕まえれば、番刑事生き残るんじゃね? と――。
だが、相手は世界的なスパイ。工作、人殺し、なんでもござれ。生半可の覚悟では捕まえることなど出来ない!
私は血が滲むような努力と裏工作、様々な手を使って今より六年前――ゲーム内で師匠が殺される事件で、亡霊を捕まえることができた。ここで捕まえられないと、次に捕まえられるのがゲーム本編になってしまうので正直滅茶苦茶苦しかった。そのせいでまだ若いのに白髪が大量に出来るし。勘弁して欲しい。
だが、努力の甲斐もあって亡霊を捕まえることができた。
そして私はその後、検事として仕事を進めていき――六年後の今日、私に新しい担当刑事が就くことになった。
名前は――

「うむ! 君が夕神検事かい! ジブンは番轟三という。宜しくお願いするよ!」
名前は、番轟三。
扉を勢いよく開けて、やってきた真っ白な男をじっと見つめる。番刑事だ。番轟三だ。
私はスタスタと近寄って、ガッとその顔を掴んだ。うぬぁ! という悲鳴が聞こえた気がしたが関係ない。
もちをこねるように、ぐにゃぐにゃと思い切り顔をひっぱりまくり、潰しまくる。
「なぁ、なぁぬぃをするぅんだい!」
非難の声を上げて、こちらを上目遣いに見つめる男の顔が剥がれないことをしっかりと確認して、ようやく手を離した。
ああ、番轟三がいる。本物が、生きてここに居る。
「夕神検事、一体――む!? ど、どうしたのかね!?」
「なンでも、ねェ」
「いや、何でもなかったら、涙なんて零さないだろう!」
汗を流して慌てふためいている番刑事。その姿に、ますます涙が止まらなくなる。
うう、生きてる。番刑事が。目の前に居る。
感動で涙が止められなくなって、直立不動でただただ涙を流していると、番刑事がポケットから真っ白なハンカチを取り出して、目元の当ててくれた。う、うわ、推しが涙を拭いてくれている。
「よく分からないが、ジブンが来たからにはもう大丈夫だぞ! 夕神検事!」
「迅……」
「む?」
「ジンって呼んでくんなァ」
「わ、分かった。ジン検事だな!」
頷く番刑事に、また涙が出てきてしまう。それに困惑して慌てる相手を見つめつつ、ああ、生きていて良かったと心底思った。

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