- ナノ -

最初からやり直し
長い割にオチがあまりちゃんとしていない。
続きを書きたい気がしないでもない。


番轟三、というキャラクターを知っているだろうか。
逆転裁判5という名作ゲームに出てくるキャラクターなのだが、真っ白な服を来た熱血漢で刑事をしている。特徴的なサングラスもしていて、昔の刑事ドラマに出てきそうな雰囲気もあるのだが、刑事としては爪が甘く、正義に拘る性格でオツムも弱いため作中ではよく対立しているはずの主人公の弁護士たちに情報を漏らしてしまう、憎めないキャラクターになっていた。
――のだが、最終章。実は番轟三という人物は一年以上前に死んでおり、主人公たちと関わってきた番刑事は『亡霊』という世界的なスパイであり、一連の事件の真犯人だったのだ。というとてつもない裏のあるキャラクターなのだ。
正直、私もゲームをしたときは度肝を抜かれたし、深く記憶に残っている。とまぁ、それはいいのだ。そこまでは名作ゲームの内容というだけだ。
しかし――死んだと思ったらそのキャラクターになっていたとなれば、話は全く別だ。
そう、私は死んだ。はずなのだが、どうしたことが生まれ変わった。そこまではまぁ、所謂前世を覚えている子供と言うことでなんとか自分を納得させられたのだが――。どうしたことか、私の名前は番轟三という珍しいにもほどがある名前だった。最初は両親が逆転裁判ファンか? と思ったのだが、どうやらこの世界には逆転裁判というゲームがそもそも存在していないようで。
そして何より――あのゲーム独特に『三日間で裁判が決する』というとんでもルールの裁判がこの世界では行われていた。裁判中、木槌の音が幾度も響き、弁護士や検事たちは特徴的で、まるでサーカスのような裁判風景。
それで悟った。ここは逆転裁判の世界だと。
悟って、滅茶苦茶焦った。だって私はその中で亡霊と呼ばれるキャラクター……ではなく、その亡霊に成り代われる対象、つまり殺される側の人間と言うことなのだ!
もう焦りに焦った。生まれてから数年でそんな事実に直面したら、もう冷静でいられるわけがない。
しかし、悩んで数日。解決策は意外とすっきりと出てきた。そうだ、刑事にならなければいい。亡霊がどうして番轟三を選んだかは分からないが、想像する限り『夕神検事に一番近づける立場』を欲していたのだろう。それが作中では夕神検事の担当刑事だった番轟三だったわけだ。
つまり! そもそも刑事にならなければいい!
そう分かってからはもう楽だった。重荷が下りたようで、すっきりとした。
ただ、この世界の法曹はもうなんか……魑魅魍魎の住まうところという印象しか無かったので、とりあえず厄介事に巻き込まれないように、ただただ生きていた。
そうして三十も過ぎた頃――見知らぬ誰かに殺された。

……いや、嘘でしょう。嘘でしょう、と思うでしょう。私もそう思いたかった。
でも殺された。普通に、仕事帰りだった。何かしていたわけでもない。だが路地裏に引っ張り込まれて、首をかっさばかれた。本当に何が起こったか分からなかった。ただ首が猛烈に熱く、そして吹き出した大量の赤い液体に目を奪われて。コンクリートに倒れて犯人の顔も見れぬまま、苦しい中で意識を失った。
……酷い結末だ。こんなのって無いよ……。
と思う間も当然なかった。なら、いつ思ったかと言えば――その後に生まれて少し経った後だ。
そう、私はまた生まれ変わった。いや、この表現だと少し可笑しいかも知れない。
タイムリープ、という方が正しい。私は赤子として生まれる瞬間にまた立ち戻ってきたのだ。
なぜなら、私を産んだ両親は番轟三として私を産んでくれた二人だったし、私は再び轟三と名付けられたし、姿形も前の人生とすっかり同じだったのだ。
正直、血の気が引いた。なんだこの現象は、と。
だが、訪れてしまった生は否定できない。私は二度目の同じ人生を歩むことになったのだ。
あの三十年間は幻だったのか。そう思いながらも、私は全く同じ人生を歩むことは出来なかった。まぁ、当然だ。最終的に死んだ人生と同じレールを歩く勇気なんて私には無い。
だから、私は海外へ飛んだ。番轟三が死んだのは日本だった。だから、日本にいたくなかった。海外でのんびり生きて、老衰で死のう。そう考えたのだ。両親には悪いが生存報告は手紙で行って、海外で知人友人を作って平穏に生きた。――生きた、はずだったのだが。
三十を過ぎたとある日の、カフェでの出来事だった。カフェテラスで、いつものように店員からコーヒーを受け取って、口に含んだ瞬間、なんとなく違和感を感じた。ただそれは本当に僅かなもので、コーヒーを入れたのがいつもの店員ではなかったのかな、程度のものだった。だから私はそのまま飲み込んで――数分後に猛烈な苦しさに咳き込み、血反吐を吐いた。意味が分からなかった、だが咳は止まらず、苦しさは増し、身体は煮え立つ熱湯に押し込まれたかのように熱くなった。分からなかった、何もかも。ただ――死ぬこと以外は。
意識を失う前、私は泣いた。泣いて、しかし何も出来ずに――再び生まれた。
リピートだ。三度目。やはり、何もかも同じで私は番轟三として生まれた。
なんだこれは、という感じであった。こんな酷いことあるか? いやーないだろう。
もう、死んだら何もかも終わりにして欲しいぐらいだった。天国へ行かせてほしかった。何も悪いことしてないだろう。何? 親より先に死んだから? 死にたくて死んだんじゃ無い!
次は、もうとりあえず身体を鍛えた。返り討ちにしてやろう、殺すのだったら殺してやろうと思った。とても物騒だが、正直病んでいたと思う。二度も人生を途中で打ち切られて、頭にきていたのだ。死んでも終わりでは無いこの地獄に、相手を殺してでも終止符を打ってやろうと思っていた。
いたのだが――私は三度目の番轟三の人生で、スポーツ選手になっていた。身体を鍛えたいと言っても、生きるために金は必要である。なので、誰よりも強くなるという目標を持ちスポーツ選手を仮の姿として生きていた。原作に近い体型になったりしていたが、それはそれとして。
で、何が起こったかというと――二十代の頃に、殺人の罪で有罪にされた。
……どういうことだ、と思うでしょう。私も思った。相手の選手が殺される事件が起きたのだ。世界的な選手で、とても大きな注目が集まった。そして何故か私が疑われた。対戦相手で、勝ち目がないと思って殺したのだと検事側から主張されたが、いや意味が分からない。私は誰よりも強くなりたいだけだった。勝てないと思っても勝つために全力を尽くすだけだ。だけなのに、私は有罪となった。所謂、冤罪であった。
その事件では、見知らぬ証拠が多く出てきた。正直、茫然自失だった。どうしてこんなことになったのかと。最後まで無罪を主張したが、聞き入れられることはなかった。
裁判は、嵐のように過ぎ去った。私は殺人犯として投獄され――死刑宣告を受けた。驚きだ、なんという世界だろう。しかしそれよりも驚いたのは、信頼していたマネージャーが私に不利な証言をしたことだった。
彼とは長い付き合いで、私が勝ち負けの為に殺しなどしないことは分かっていたはずだった。けれど、彼は私を信じてはくれなかった。何故だ、と思ったけれど――ふと、彼の手が手袋で覆われていたことを思い出した。
そしてふとしたときに、彼が手袋を脱いでいるのを見た。そのときは気にもしなかったが――その手には深い切り傷の、傷跡があったような。
――私は長い服役期間の中で、過去を思い出していた。何度も辿った番轟三の人生を。その人生の終わりを。
その記憶には、私を殺した人物たちは皆――手に手袋をしていたような気がした。
勘違い、死の間際の見間違い、そう思った。だが、顔は見えていないのに、その手だけは妙に焼き付いていた。証拠を残さないための、ただの道具の一つだ。そう、思うのに。
拭いきれない。本当の、ゲームの中の番轟三を殺した人物――亡霊のことを。
思えば、マネージャーが私を裏切ったのもおかしいかった。
まさか、まさかと思った。嘘だと思った。ただの勘違い、ということにもできる。だが――否定できる材料は当然、ない。
私はメンタルに異常をきたした。疑心暗鬼、何もかも信じられなくなって。けれど、しっかりと刑は執行される。私は三十を少し過ぎた頃、死を迎えた。
――当然、終わりでは無かった。四度目だ。
四度目の生を迎えてしまった。私は正直、自殺でもしてやろうかと思っていた。四度目などというものが訪れたなら、私はもう生きていたくないと。このリープかと抜けられるなら、自ら死を選んでやろうと。
が、幼少期に気付いた。これ自殺してもおそらくだが、五度目が訪れるよな。と。
そう気付いたら、もう自殺なんて出来なかった。もう、私にはせいぜい生きるしか手は残っていなかったのだ。死にたくない、生きるしか無い、終わらせたい、生きるしか無い。地獄である。
地獄であるが、それでも生きなきゃいけないのが人間なのだ。
生きる、と決めたら次はどうするか。死なないための策を考えなければいけない。どうにか生き延びなければいけない。
私は、これはただの想像であり、仮説だが。番轟三は『亡霊』によって殺されている。と思う。ただの予想だ。だがそう考えれると、どうすればいいかの想定が立てやすい。
仮に亡霊に毎度殺されているとすると、どうすれば亡霊の手から逃げ抜き、生き延びられるのか。
普通に生きるだけではダメだ。海外へ逃げても意味が無い。身体だけ鍛えても別の手で殺される。
なら、それならば――私は『亡霊』を捕まえてやろう。警察となって、刑事となってやられる前に『亡霊』を捕まえてやるのだ。逃げてはならない、後手に回ってはならない。なら、先手を打つしか無い。
それが原作での番轟三と同じというのが皮肉にも程がある。程があるが、それでも私はやらねばならなかった。だって死にたくないから、生きていたいから、絶対に、繰り返したくなかったから。
そして私は刑事となった――だが、普通の刑事では無い。所謂、潜入捜査官である。普通の刑事としての身分も持ちながら、様々な所に身を置いた。並のスキルでは相手を追いつめられない。ゲーム内のような特殊な状況ならまだ分かるが、相手は完璧な変装術を会得している感情の起伏が極端に少ないスパイだ。
自らの手腕を磨きながら、絶対に捕まえてやると機会を待った。
そして、運命の日は訪れた。ゲーム本編では七年前に当たる希月真理殺人、およびHAT-1の打ち上げ妨害工作。その日が訪れたのだ。ずっと亡霊を追ってきたが、その日だけは確実に亡霊が現れると確信できる場所・日時だった。厳重な警備と入念な手荷物検査。それでも亡霊が現れ、そして消えることは知っていた。
さて――では結果はどうなったかというと。逃げられた。臆病が生んだ結果だった、つまり自業自得だった。三度目の死の際、私は殺人犯として死刑を受けた。だからこそ、免罪をかけられることだけは回避したかった。『亡霊』は何にでもなれる。逆に言えば、誰にでも亡霊であるという選択肢を与えてしまう。だから、亡霊を殺してでも捕らえるという選択肢をとらなかった。それの結果が原作と同様の結果だ。
希月真理は死亡し、夕神検事は殺人犯として自首した。おそらく原作と異なり、この件で僅かながらでも面識があったので正直、どうしようもなく申し訳なかった。と同時に、彼を無罪に出来る材料も探せば出てくることは分かっていた。しかし――私はそれを知らせなかった。
『亡霊』が実体化して現れるのは、このHAT-1の打ち上げ事件と、あとはどこだろうか。それは――HAT-2の打ち上げ事件と、何より番轟三の殺害の場だ。
後者はしっかりと描写されたわけではないが――自身の立場、つまり夕神検事の担当刑事になれる立場を考えると、おそらくは。だからこそ、そちらを優先させた。流れを逸らし、亡霊を取り逃がすぐらいならと。
そうしてその賭けは――当然と言えば当然かもしれないが、負けた。
負けた。敗北した。そもそも勝利など一度も無いけど。
誰も信頼していないつもりだった。原作に出てきたキャラクター以外は。相手は後輩刑事だった。私は番轟三としてあつっ苦しい仮面を付けて仕事をしていた。そんな私を慕う熱血の後輩刑事だった。
……信頼はしていなかった。だから、何が敗因だったかというと準備不足・相手とのスキル差。つまり『スパイ』としてのアイツに負けたのだ。……これでも、死ぬ気で訓練とかしていたつもりだったんだけど。
気付いたときにはねじ伏せられ、気付いたときには意識を失い。ああ、死んだなと思った。けれど、目が覚めた。
目の前には後輩刑事のマスクを被った『亡霊』。名も無いスパイ。初めてちゃんと『亡霊』として相手を認識したときだった。
「……なぜ直ぐ殺さないんだい」
純粋な疑問だった。直接手を下された時は、本当に直ぐ死んでいたから。
表情という表情を失った相手が、能面のような表情のままに言う。
「貴方は『亡霊』を追っていた。貴方には迷惑をかけられましたからね」
淡々と告げられるそれに、少しでも相手を追いつめられていたのかと知って、僅かに嬉しくなった。今まではずっとずっと、ただただ無抵抗に殺されるだけだったから。
「なぜ笑っているんです?」
「……ああ、少しでも君に迷惑をかけられたのだと思って。嬉しくなってしまった!」
これなら、次は追いつめて捕らえられるかもしれない。そう思うと、嬉しくて嬉しくて仕方が無い。いつものようにニカッと笑えば、色のない瞳で見つめられる。
「貴方が生かされているのは、情報を吐き出すためだけですよ」
「ハッハッハ! なんだい、よく笑っていられるなという話かい? 嬉しいのだから、仕方が無い。それに、ジブンは情報は絶対に喋らない」
それはもう、死んでも。どんなに苦しくたって、どんなに苦痛を感じたって言うものか。喜びの中で死んでやる。来世に期待し続けながら息を止めてやる。
死にたくなんて、絶対にない。ないけれど、もうここまで来たら詰みだ。私はもう死ぬ。いつものように。だからここで悲しんでなんかやらない。負けて、悔しがるのは前の生まででいい。
今は、ただその背に届きかけた事実だけを胸に逝く。それでいい。
ああ、ただ一つ言いたいことがあるとしたら。
「君は絶対に、捕まえられる」
「負け惜しみですか?」
「いいや、これは予言だよ! 君は、近いうちに自身を見失い、恐怖に怯えながら、自らを暴かれて牢屋にぶち込まれるんだ。ハッハッハ! その姿が見れないのがとても悲しいよ!」
心から笑い声を上げれば、相手はその手にナイフを持った。ああ、長いようで短い生。もっと長く生きていたい。けれどいい。次回にかけよう。そして今生では、真実を追い求めてくれる検事と弁護士たちにこの件は託そう。あーあ、私も、彼らに会いたかったなぁ。
そう思いながら、亡霊が手に取った輝くナイフを眺めていた。

――捜査員という役職柄、色々な技術を身につけたが、拷問術もその中にあった。
だが、なんというか、やはり世界的なスパイはずば抜けていた。正直、三度の死よりに辛いことなど無いと思っていたのだが、これはなかなか心が折れかけた。といっても、かけただけだ。私の意地の方が勝利した。
だから、私は血まみれになりながらも、片腕を失いながらも口を割らなかった。
来世での、そしてこの数年後の亡霊の惨めな終わりを想像しながら、笑って逝ったのだ。

と、思っていたのだが。
「おっさん、なのか」
「……ゆうがみ、けんじ?」
仰々しい治療室の中、枯れ果てた喉で随分と成長した彼を見た。
生まれ変わった、わけではないようだった。ならば結果は一つだけ。
私は――生きていた。
死の間際の夢だろうかと何度も思った。けれど、存在しない片腕やはっきりしない思考、私を見る夕神検事は確かに存在していて、徐々に生きているのだと理解していった。
私は、生きている。なぜか、生きていた。
散々拷問されて、身体はボロボロらしいがそれでも二の腕部分から切り落とされた右腕以外は回復できるレベルらしい。いや、もう何がどうしてこうなったのか、全く分からない。
番轟三が、生きている。ゲーム通りになった世界であろう世界で、なぜか。
話していても意識を失わない程度に回復してから、色々話を聞いた。私は拷問のショックと外傷の酷さ故か昏睡状態にあったらしい。で、数年が経過した今、目が覚めたというのだ。
――いや、それは、なんというか。
勿論、勿論嬉しい。生きているのだ。私は死にたくなかった。拷問で口を割らなかったし、それで死んでもいいと思っていたが、死にたくは無かった。死んでいないのは僥倖だ。
なのだが――どうして生きている? なぜ亡霊は、私を殺さなかった?
謎だらけだ。どうして私を生かしておいたのか。
だがひとまずは――亡霊の結末を聞くのが先決だろう。
一般病棟に移されて、私は彼と対面した。
「夕神検事、だね。すっかり大人になったな」
「……そりゃあ、七年もありゃあ変わるさ」
彼と『本当の私』が出会ったのは七年前の、あの事件の日以来だ。私は彼の無罪を主張するはしたが――それだけだ。無罪の証拠は出さずに、彼は有罪判決を受けた。
しかし今、彼の手に手錠はない。
「『亡霊』は、捕まったのかい」
「ああ。……亡霊はあんたに化けて、警察に潜入していた。俺が持っていた心理分析の結果が目的のようだったが……ついに尻尾を出してなァ。あんたのお陰だ」
夕神検事が簡単に説明してくる。が、最後のはどういう意味だろうか。
顔に出ていたらしく、夕神検事が続けてくれた。
「あんた、亡霊を追っていたンだろ。もしもの為の情報をばらまいていた。そしてそれが役にたったってわけさァ」
確かに、亡霊を捕まえるために色々と手は打っていた。だがそれも自分が死んで無に帰したと思っていたが。まさか死んだと思った後に有効活用されるとは。しかし役だったとは何に役に経ったのか。
話を聞いてみれば、正直記憶している展開とあまり大差はないように思えた。私が残したヒントも、彼らが原作で見つけられる程度のものだ。だが、一つ異なったのは葵大地の行方か。
「……生きているのか」
「ああ。植物状態だったか、少し前に目を覚ましたぜ」
想像しない変化があって、正直驚き以外の感情が見当たらない。
しかし、そうか。生きているのか。七年前とは違って、被害者が生きている。
なら、私がしたことも意味があったのかもしれないな。自分のためだけに生きてきたこの三十数年間。他人のためになることが、あったのかもしれない。全てが全て、死のための薪ではなかったのかもしれない。
「しかし、よくここに来てくれたね」
「どういう意味でェ」
「だって、亡霊はジブンとして君の側にいたんだろう? なら、顔を見るのも嫌なんじゃ無いかと思ってね」
「確かに亡霊そんまンまだが……あんたは亡霊を捕まえる為に奔走した同志だろうが」
同志。同志か。
まさかそんな風に言って貰えるとは。一応、私は君を見放したんだけどな。
けれど、そう言ってもらえるのは有り難い。死んだと思っていたが生き延びた。なら、することは一つだろう。
「夕神検事」
「なンでェ、おっさん」
「もしジブンが刑事に戻れた時は……君の担当刑事になりたいのだが、どうだろうか!」
七年前に君を助けなかった。なら、どうしてか生き延びた今の人生で、君に償うしかないだろう。
うるさい飼い犬のように、君やあの愛らしい弁護士のために奮闘しようじゃないか。
なんていったって、私はもう、生きているだけで満足なのだから。
夕神検事は暫くの沈黙後、ヘッと特徴的な笑いを零した。
「それを決めるのは俺じゃねェな」
「む、そうか……」
「だから、なりたてェんなら、自分で頑張りなァ」
その言葉に、拒否されていないと悟り思わず笑みが浮かんだ。
七年前から随分と性格が変わったようだけど、心根の良さは変わらないようだ。
彼にとって、私がそばにいるのはもしかしたら亡霊を思い出してしまうかもしれないが――まぁ、本人も同志と言ってくれたことだし、気にしないことにしよう。私はこれでようやく、本当にただ普通に生きることができるのだから。

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