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やっぱり推しには貢ぎたいよね2
パトロールをしながら、青い空を見上げ思う。――推しに貢ぎてぇ。
ここで言う推しというのは所謂芸能人とかアイドルとかそういうものなのだが、残念ながら今生においてそういう対象はいない。
なぜならこの四十数年、推しを推せる時間や余裕などなかったからだ。オールフォーワンが強すぎて笑えないんだよなぁ。
しかし数年前ならいざ知らず、今ではちょっとテレビやドラマ、雑誌を楽しめる時間をとることはできている。
だが、こう――なんかびびっと来るものがないのだ。私は生前――前世のだ――はイケメンアイドルの追っかけをしていた。うちわとか自分で作っていたのが懐かしい。載っている雑誌とかも買って大事に保管していたなぁ。

そんなことを思いつつ、女性の悲鳴を追ってひったくり犯を捕まえてサイドキックへ受け渡す。
大丈夫ですかお嬢さん。

「む、それは」
「え、あ、はい。ヒーロー雑誌です」

手提げ鞄のバックの隙間から見知った雑誌が見えて思わず反応してしまった。
女性の言うとおりそれはヒーロー雑誌で、巷のヒーローやヒーロー○○ランキング。ヒーローへの取材などの記事が書いてあったはずだ。以前私もその取材を受けたことがあったので覚えていた。
で、気になったのが表紙に見知った顔がいたためだった。

「ホークスが表紙にいたので買ってみたんですけど…」

そこには嫌にかっこつけたホークスが。いつもの表情とは別人である。活動中の顔とも違い、まさに『外用』の顔という感じだ。
しかし、まぁ……わ、悪くないんじゃないかな?
この自分の魅力を分かってますよ、というすまし顔。首元の若干の反れぐあい。色気のある流し目――ふ、ふーん。
見慣れているが見慣れない顔になんとなく目が離せずいたら、女性が雑誌をバックから取り出してきた。

「あの、良かったら要りますか?」
「なぜだ?」
「私、もう読み終わりましたし。持って帰ってもたぶん捨てるだけになっちゃうので…」

す、捨てるのか。それはちょっと、勿体ないかもしれないね。うん。
そうはいっても受け取れずにいれば、女性が更に雑誌を近づけてきた。

「ホークスの記事でエンデヴァーのことを喋っていたのもあるので、お礼と言うのはあれなんですが」
「仕事だから礼は要らんが……」

要らんが。――結局受け取った。
ちょっと頬を緩ませた女性に礼を言うと、彼女はそのまま頭を下げてその場を去って行った。
私のことを喋っていたという言葉に、正直興味の方が勝った。貰って大丈夫だったかな、でも後は捨てるだけって言ってたしいいよね……?


今日のパトロールも終わり、雑誌をバックにつめて家へ帰る。
私が持っていたら燃やしてしまうのでキドウに持っていて欲しいと渡したら普通に驚かれた。事情を説明すると、へぇーとそれでも意外そうな顔をしていた。まぁ、そりゃあそうかもしれないけれど。
一人きりの家へたどり着いて中に入り、玄関を閉める。元妻の冷さんとは数年前に離婚した。元々子供が皆職についたら別れるという契約の元結婚していたので、特に問題もなくスムーズに離婚は進んだ。今でも冷さんとはお茶を楽しむ仲である。
服を着替え、夕飯を食べ、風呂へ入る。そして居間へと戻ってきたとき、鞄の中にある雑誌が思い出された。

「……貰ったからには、見るか」

誰に聞かせるでもなく言い訳を吐いて、バックから雑誌を取り出す。うん、嫌にかっこつけたホークスが表紙にいる。
意味もなく深呼吸をして雑誌を開く。一ページ目から丁重に読んでいき、目次からホークスの取材記事があるのだと知る。なるほど、これが噂の……。
黙々と読み進めていって、ホークスの取材ページにたどり着いた。
そこには仕事への姿勢やらモテる秘訣はなんですかやら、そういったそこまで重くない話題と重くない返しが載せられていた。
その中で、他のヒーローの話が出てくる。

『尊敬するヒーローですか? まぁ、そりゃあ自分より順位が上の人なんじゃないですかね』
『エンデヴァーですか? なるほど、エンデヴァーのどんなところを尊敬していますか?』
『そりゃあ色々ありますけど。迅速な判断力、経験からくる知識と事件への察知能力。いつまで経っても目が離せませんよねぇ』
『なるほど。しかしNo.2のホークスからすると、いつか超えなくてはならない対象なんですかね』
『どーでしょ。No.2の居心地が思ったよりいいんですよねぇ。本当はもっと下でのんびりしてたいんですけど、あの人の隣に違う人が立つって思うと、なんかしっくり来ないんで』
『本当に尊敬しているんですね! ちょっと驚いてしまいました。エンデヴァーも喜んでいるのでは?』
『まさか! 全然気づいてないでしょ(笑)』
『でもここでお話ししてますし』
『いやいやいや! エンデヴァーさんは読まないでしょ!(笑)』
『うーん、確かにそうかもしれないですね(笑)』

(笑)じゃないんだよなぁ! 読んでるんだよなぁエンデヴァー!
気づいたときには雑誌を閉じて身悶えしていた。なんだそれそんなこと語るタイプだったのかホークス……! なに、何をそんな、可愛いこと言ってんだ……!?
え、待って待って待って、なにこの若造可愛すぎでは? 居心地良いの? 他の人だとなんかしっくり来ないの? うわ〜〜〜〜〜可愛い〜〜〜〜〜!
必死で息を整えて、再び雑誌を開く。ぬか喜びするなエンデヴァーよ。これは所謂、No.1とNo.2の仲が良いことをアピールしているだけ、つまりリップサービスである可能性も十分にあり得る。なんせプロデューサーだものな。
そう思いながら次のページを見開いたときに吹き出すかと思った。
『いつもの大人びた表情とは別の顔を見せるホークス氏』
そんな解説付きで見開きででかでかと載っているホークスのどこか解けた表情。え、なにこれ照れてるのか……? やば、カメラマンさんグッジョブ過ぎん……? 今直ぐにカメラマンさんに一億円現金で手渡ししたい……。
そこには僅かに頬を赤らめて、口角は上げているけれど困ったように眉を下げた解析度の滅茶苦茶いいイケメンがいた。
いや……これは……ダメでしょ……。

「推しが自分の話してるしそのときの推しの表情が神過ぎて言葉が出ない」

やべ、思わず声が。
いや、っていうか違う。ホークスは推しじゃなくて可愛い後輩であって、そんなアイドルみたいなそういうわけではなく。
いつの間にか抑えていた目元の手をゆっくりと外す。視界にはまたあのホークスが。
いや――いや、これは可愛すぎるやろ!!!!
分かった、分かった認めますわ! 気づいたときには沼にいたってやつですね! 知ってる! 前世で散々味わったんで!!!
もうダメ。ホークス可愛すぎないか? そんな表情してて大丈夫? 襲われない? いや襲われても撃退するの分かってるけど可愛すぎて困るって言うか、この写真のポスターが欲しいって言うか。ホークス、歌って踊ったりとか活動でしてないかな? 滅茶苦茶買うんですけど。

「待て、落ち着け」

暴走しかかった思考回路にどうにか眉間に皺を寄せてブレーキをかける。
そう、いくら推し認定してしまったとしても、ホークスは同僚。そして後輩なのだ。前世のノリで推していたらあの可愛い推しの表情が見れなくなる可能性が高い。
そうすると私はどうすればいい? 答えは簡単だ。

「ばれないように、貢ぐ……」

No.2ヒーロー、すでに金は余るほどあるかもしれないが、いくら余っても邪魔にはなるまい。
そうと決まればとばれずに貢ぐ方法を探す――前に、雑誌の続きを読み始めるのだった。

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bkm