- ナノ -

やっぱり推しには貢ぎたいよね
青い空を見つめながら思う。――そろそろヒーロー引退したいなぁ。

「エンデヴァー、○○ビル方面にパトロールに行っているSKから連絡だ」
「なんだ」
「銀行強盗。五人組グループ犯だ」
「『この』エンデヴァーがいる街で馬鹿なまねを」

萎む気持ちを鼓舞するように語気を強くする。キドウに目配せをして、そのまま足に炎を集中させて弾けるように走り出す。
折角息抜きしてたところだったのに――許すまじヴィラン!

駆けつけた先で、SKたちが取りこぼしていた分のヴィランを捕まえて警察に引き渡す。
そこら辺は長年やっていたし、SKたちも有能なので途中まで行ってからお任せして再びパトロールに戻る。
歳も五十近くなって、世間はまだまだ平和にはほど遠い。といっても、数年前と比べれば犯罪率は下がってた。
理由はオールフォーワンに関するゴタゴタが落ち着いたからだろう。元No.1ヒーローのオールマイトと協力し、オールフォーワン率いる犯罪組織を捕まえた。そして、どうしたことか現No.1ヒーローは私こと、エンデヴァーとなっていた。
私は所謂前世の記憶というものがある。そしてヒロアカというこの世界の話が書かれた漫画を読んでいたため、ありたいていに言うと未来が分かっていたのだ。それを信頼できる相手に共有して水面下で動いていった。その結果がこの『ちょっとだけ平和になった』現状だった。
そうは言ってもオールマイトの引退は阻止できなかった。オールフォーワン、原作でいうところの六年前の戦いで捕まえていたはずなのに残していた組織が手強すぎるんだもんな。ああなると原作知識も形無しである。とは言っても今のところあれ以上のやばい組織や人は出てきていない。
志村さんの孫の転弧くんも志村さんのところでサイドキックやっているというし……いやはや、これも原作知っていると信じられないことだが、良いことだ。
そんなわけでなんやかんやでNo.1をやらせてもらっているわけだが、そろそろ後進も育ってきているし引退の準備をしてもいいんじゃないかと思っていたりする。
うちの事務所も燈矢や焦凍という滅茶苦茶将来有望というかすでにヒーローランキング上位勢がいるわけだし。
今度オールマイトにでも相談してみようか。
空を個性で飛び回りながら、そんな悩みを抱えつつヴィランに鉄拳をぶちかました。

悩みと言えば、もう一つ悩んでいることがある。

「エンデヴァーさーん」
「……ホークスか」
「なんですかぁ、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですか」
「いつもと変わらん」

事務所へ戻れば、事務員からいつもの人が来てますよと言われ、所長室への扉を開けてみれば案の定ホークスがソファに座って茶を啜っていた。
ここはお前の家じゃないんだぞ。とは思うものの、色々な理由もありそれは口にせずに自分の机まで歩いていく。

「用事は何か聞かないんですか?」
「LINEで言っていただろう。早く資料を寄越せ」
「せっかちですね」

はいどうぞ。と手渡された書類。郵送でいいだろうそれをわざわざ手渡しにくるこのヒーローは、現No.2ヒーローだ。
二十位から三十位ぐらいをうろうろしていたい。という話を聞いたのは数年前。それからなんだかんだと今までNo.2なのだから、やる気はあるのだろう。

「パトロールもう終わったんですか?」
「ああ。後の時間はトーヤたちに任せてある」
「息子さんたちですか」
「そうだ。トーヤはお前と変わりないぞ」

というか、トーヤの方が年上だろう。
前世の記憶のホークスよりは年をとってはいるが、まだ二十代半ば。まだまだ若い。
そうですかねぇ〜と片眉をあげて肩をくすめるホークスは、しかし若く見られるのは気に食わないらしい。

「そうだ。今日夜どうですか?」

パッと顔を変えて、ジェスチャーでコップを口に傾ける動作をしたホークスに飲みに誘われていると理解し、少し考える。
ここ最近、ホークスに誘われると予定がないと全て承諾してしまっている。いい加減、断った方がいいのではないだろうか。こちらの事務所に来ていることだし、若い者同士、焦凍や燈矢と飲み食いした方がホークスにとって有益なのでは。
書類を眺めるふりをして少し考え、今回は断ろうと目を向ける。

「――分かった。俺のチョイスで文句を言わんならいいだろう」
「え! エンデヴァーさんのおすすめですか! 文句なんていうわけないじゃないですか」

バサ、と動いた羽と笑みに内心やってしまったと頭を抱える。
断るつもりだった。だが、どうにも――どうにも、この我が子ほども歳が離れている男が可愛くて仕方がないのだ。
ヘラヘラしているイケメンのくせに、周りをピヨピヨと飛び回って、勘違いでなければ懐いてくる一回りも二回りも年下の後輩――可愛くないわけなくないか?
正直笑った顔とか見ると目が潰れそうなほど眩しい。若いイケメン凄い。支持率私より高いの全然納得だよ。寧ろ私も投票とかするんだったらホークスに入れるよ。トーヤとショートに入れた後になっちゃうけども。
しかしそんな気持ちを微塵でも出したら即パワハラセクハラである。私は理性の働く大人なんだ……。断れなかったけれども。
私の鉄の意志を即座に反転させるホークスに恐れおののきつつ、読み終えた書類を机に置く。

「こちらに来たからには仕事を手伝えよ」
「もっちろんですよ。手伝わなかったことなんてありますー?」

仕事してなさそうな顔して、剛翼で誰よりも仕事してるのは知ってるので黙っておく。
そのまま口にしても、ほら、プライドとかあるだろうからさ。
にしても、今日の夕飯はどこにしようか。最近行っていなかった予約制の料理店にしようか。目の前でステーキ焼いてくれる系の奴。
そうだ。そこで一番高いお肉を焼いて貰うようにしよう。そうしよう。

「エンデヴァーさん? なんか良いことあったんですか?」
「む、なぜだ?」
「あー、なんか雰囲気がそんな感じがしたんで」

鋭すぎるホークスにドキリとしつつ、何もないと誤魔化す。
可愛い後輩に貢げ――労れると考えて知らず知らずのうちにそれが表に出ていたらしい。気をつけなければ。
言ってしまうと、今はヒーローという立派な職業をしていて仕事人間になっているが、元々の私という人間は立派なオタクだ。しかも、アイドルを追いかけていた系の。で、今は金だけが大量にある状態だ。つまり――可愛い推し、ではなく、後輩にはお金を使いたいわけで。

「そういうお前こそ、機嫌が良さそうだが?」
「えッ!? いや、そんなことないですけどね」

ぶわっと広がった羽に微笑ましくなりつつ、仕事の話を再開する。
今日の仕事終わり、楽しみだなぁ。

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bkm