- ナノ -

来世の彼氏
まさか死んだ後もこの姿になるとは。
鏡を見るたびに思うのは前世のことだ。前世ではエンデヴァーというヒーローとして活動しており、原作での諸々を回避したため、恐ろしい事態も起きず老衰で死んだ。
その姿とうり二つ。むしろそのままの自分にある意味で感嘆する。前々世の粒子の欠片もないではないか。
まぁ今生も男で生まれたのだからそれはそれでいいのだが。しかし、そろそろ40歳という歳にもなると本当にそのままでなんだか落ち着かない。この世界では妻も子供たちも、見知ったヒーロー達も見なかった。自分だけが前世と同じような姿でいるのだろうか。
気にもなるが無理をして探すこともないのは理解していた。見つけたとて前世の記憶を持っているとも限らないのだし。

身支度を調えて車に乗り仕事場へと向かう。老衰までの人生経験と前々世での記憶があるため、職については十分悩む時間はあった。前世のように決められたルートでもなく、前々世のように初めてのことで訳も分からないこともなく。最終的に歩んだのは教職としての道だった。
ヒーローであったころもインターンに来ていた子供たちを見ていたり、時折だが雄英高校で臨時教師をやったこともあり、子供たちを教え導くことに対しての尊敬と羨望があった。
だから今度は自分が前線を張るのでは無く、前に進もうとする子供たちの背中を押すような人間になりたいと思ったのだ。そうは言っても子供たちは他人であり、十人十色。日々対応に悩む日々だ。

そうして今の季節は春。新たな学生達が入学してくる記念すべき季節だ。
俺は高校三年生を担当しているため、直接関係ある立場ではないがそれでも喜ばしいことには変わりない。
本来ならば俺も古典を担当する教師として入学式等に参加すべきところだったが、顧問をしている柔道部の大会が近いためそちらの練習に顔を出すこととなった。新入生との対面はお預けと言うことだ。

そして数日が過ぎ、挨拶もかねて一年生達のクラスへと足を運ぶこととなった。
チャイムの鳴る数秒前に扉を開ける。賑やかなクラス内に内心で笑みを浮かべつつ、そのまま教壇へと歩み寄る。すると面白いほどに教室内が静まりかえり、数人は慌てたように自分の席へと戻っていく。
まぁそれはそうだろう。教師になってから何年も経っているため、こういう反応には慣れていた。『私』だってこんな強面の先生が入っていたら思わず口を閉じてしまうから、気持ちは分かる。
教材を机に置くと同時にチャイムが鳴り、鳴り終わるまで待ってから生徒達を見据える。

「古典担当の轟炎司という。柔道部の部活の顧問をしている。顔は恐ろしいだろうが、よっぽどのことがなければ怒鳴ったりもしないから安心してほしい。これから一年間よろしく頼む」

簡単な自己紹介をすれば、僅かに聞こえる安堵の声。
まぁ、これで最初から威厳たっぷり高圧的な態度で来られたらこの一年間の古典の授業が最悪なことになるだろうから、それもそうだろう。少なくとも話せば分かるタイプの教師だと思われているといいのだが。
さて、では早速座席表を見ながら生徒達の名前と顔を一致させるために点呼を取るか――と教壇に置いてある座席表を見ようとしたとき、ガタンッと何か大きな音がなった。

「轟先生!」

若く、張りのある声が教室内を突き抜ける。だが、それよりも、いくらか若々しいものの聞いたことのある声に勢いよく顔を上げた。
先ほどまでは、背の高い生徒の後ろで見えなかった男子生徒が立ち上がっていた。勢いがよすぎたのか、椅子が後ろにひっくり返っている。
だが、それよりも目を引くのは特徴的な緩いウェーブのかかった茶色の短髪に、整った顔立ち。特徴的な眉。
そこにいたのはまさしく、若かりし頃のホークスだった。
まさか俺以外にも転生したものがいたのか、ホークスなのか、記憶はあるのか――そういった疑問が駆け巡り声が出ないでいれば、先に男子生徒が口を開く。

「質問いいですか!」

質問。
質問したいのは、正直こちらだ。だが、目を尖らせて高校生らしからぬ迫力を持って問いかけてくるその姿に、こちらの問いが喉の奥へと収まる。
いいだろう。おそらくあいつの問いで俺の疑問も解消されるはず。一つ頷けば、勢い収まらぬ声色で質問が飛んできた。

「先生は既婚者ですか!」
「……既婚者?」
「結婚されてますか!」

……なんだその質問は。
教室内が僅かにざわめく。明確に、何言ってんだこいつ。という意味合いで。
俺もそれを言いたいのだが、しかし相手の目線は真剣だ。これは、何か深い意味があるのではないか。と思わせるほどに。
……正直、深い意味があるのかは分からないが、頷いた手前答えないのもおかしいだろう。

「未婚だが」
「じゃあ、彼女はいますか!」
「……」
「あ、彼氏もですけど!」

いや、何が『彼氏も』なんだ?
つまり恋人がいるかいないかということなのか。
なんださっきからこの質問は。ふざけているのか? もしや記憶があって俺をからかっているのか?
脳内のストレスゲージが上がっていくのを感じながらも、それを収めるように息をはく。
意味が分からなすぎて苛立つのは分かる。だがしっかりせねばなるまい。相手は一応高校生だ。事実を述べればそれでいい。

「どちらもいない」
「!!!!!」

すごい。傍から見ても感嘆符が見えるほどに衝撃を受けた顔をしている。そして次にキラキラという効果音――顔が輝いているのがよく分かる。
なんだ、一体なんなんだ?
訳の分からなすぎる行動に苛立ちを通り越して困惑が深くなりはじめる。記憶があるのかないのかも分からず、注視していれば、驚くべき軽い身のこなしで自身の机を飛び越え――飛び越える意味あったか――そのまま教壇へ、俺の元へと走り出した。
え、なんだこれ逃げた方がいいのか?
しかし迫る来る相手に逃げるなどできない。若干身構えながら迎え撃てば、キラッキラした瞳で教壇越しに俺を見る生徒。

「俺、鷹見啓悟っていいます! 結婚を前提に付き合ってください!!」

――と、ここで、その真っ直ぐ過ぎる瞳と、真っ赤な顔で、ホークスもとい鷹見啓悟が前世の記憶を持っていないことがはっきりと分かった。
それと同時に内心感嘆してしまった。前世によく言っていたホークスの言葉――来世の彼氏――が頭の中に駆け巡ったからだ。こいつは、生まれ変わっても、記憶が無くとも変わりが無いのか。
だが、どうして俺なんだ。ホークス。いや、鷹見。
そう思いはするものの、今の俺の立場でできることはただ一つしか無い。

輝く瞳を向けてくる顔を、己が手のひらでむんずと掴む。
頭蓋骨にヒビが入らない程度に加減しながらも、そのままガッと持ち上げた。

「ふざけたことを言うな! さっさと席に戻れ鷹見!」
「いだだだだだだ!!! って俺の名前! 嬉しっ、いだだッ、下の名前で呼んでください!!」
「呼ばん!!」
「ひどかー! というか先生の手あったか!」

うわ鼻息当たるの気持ち悪い。
思わず手を離せばべちゃりと教壇へ倒れ込む鷹見。やり過ぎたかと様子を伺おうとすれば、瞬時に回復したらしい鷹見が顔を上げて至近距離で覗いてきた。

「俺、絶対諦めんので!」

若者特有の希望に満ちた瞳でそう宣言してくる生徒に有効な言葉が見当たらず、思わず口を尖らせた。

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bkm