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羽に包まれる夜2
調べた。
仕事も一通り片付け、離婚した後に一人になった家でパソコンでタイトルと作者名、会場の名前を入力して調べたら「ホー炎」なる単語が出てきた。その後に色々とパスワードなどを要求されつつたどり着いた通販サイトで、一人納得のため息を出していた。

「悪いことをしたな……」

あの女性の冷や汗具合を思い出し、心が痛む。
通販サイトに描かれた説明文を読み、漸く理解した。これ、薄い本だ。もっと言えば、エンデヴァーとホークスの同人誌。しかもエンデヴァーが受け側――つまり受け入れる側、といえばいいか……。
全てに合点がいった。会場のあの雰囲気にも、表紙に俺とホークスが描かれていてなーにか意味深な目つきをしていたのも、日常パートの最終あたりで描かれていた赤ら顔の俺となにやら雰囲気のあるホークスも……。つまり受け入れ体制万全な俺とやる気まんまんなホークスということだろう。
にしても、以前の人生――前世ではなじみ深かった文化だというのに今生になってすっかり離れてしまっていたためにとことん忘れてしまっていたらしい。所謂前世での『私』は女性で、腐女子だった。あのような同人誌も当然持っていたし、会場――即売会にも参加したことがあったというのに。
前世やらなんやらは置いておいて、思い出してみると懐かしいものだ。
そして会場で思わず読んでしまったあの本――今パソコン画面で通販サイトに表示されている『羽に包まれる夜』はなかなか『私』の感性に刺さるものがあった。
受け側が自分であるのがもの凄く違和感ではあるが、それもまぁ、今生になってからの『俺』であるし、前世ではエンデヴァーはエンデヴァーであったわけであるし……。

「買うか」

会員登録をして代引きで購入。
ふむ、到着は二週間後か。楽しみだな。


「いや〜〜晩酌まで付き合わせてもらえるなんて有り難いです」
「お前が勝手についてきただけだろうが」

もはやチームアップ後は恒例となっているホークスとの夕食。
仕事が早めに終わったため、夕食後も時間ができ、ホテルをとっていないなどとほざくホークスに晩酌しましょうとコンビニに引きずられ酒を買った後の会話だった。
全く、この若造はいささか図々しすぎる。
ため息を吐きつつ、しかし無理矢理追い払うほどには嫌とも思えない。むしろ、この感覚が常習化してしまい今更なくなったとしても何か物足りない気分になるのも分かっていた。それが更に腹立たしいのだが。
そのまま自宅につき、勝って知ったるなんとやらでホークスが台所の冷蔵庫へと酒を入れていく。
上着を脱いで仕方ないと晩酌の準備をしようとすれば、チャイムの音。
何か頼んでいたかと玄関へ足を運べば配達サービスの配達員がおり、代引きでの荷物を渡してくる。金を取りに一旦戻り、配達物を受け取れば長方形の薄い段ボールだった。
例の本はもう少し後のはず。なら冬美が誤ってこちらに配達させてしまったのか? だが宛先は俺のようだ。
すでに居間で寛いでいたホークスが持っている段ボールを見て首を傾げる。

「なにか頼んだんですか?」
「分からん。とりあえず開けようかと思うが」
「分からんて」

はは、とホークスが笑っているが気にせず段ボールに張られているガムテープを剥ぎ取る。
開けて中を見ると何かの本らしきものがエアクッションに包まれていた。所謂プチプチだ。
一旦机において、包装を剥がす。ホークスが僅かに眉を歪めながらこちらを見ているが、少しぐらいは待て。
巻かれたエアクッションをすべて取り外す――と、出てきたのは俺とホークスが表紙に描かれている「羽に包まれる夜」というタイトルの同人誌だった。
……そうか、到着が早まったのか。
さすがにホークスの目の前でこれをずっと持っているのも良くない、と表紙が見えないように段ボールの中に戻そうとして――本が赤い羽根に奪われたのを見た。

「おい!!貴様何をする!」
「何をするってこっちの台詞ですが!!?? な、なんでこの本がここにあるんです!? 誰ですかこの本を貴方に送りつけたのは!!」

奪った俺が購入した本を抱きしめながら、いつの間にか立ち上がりじりじりと後退していくホークス。羽が広がり今にも飛び立ちそうな様子に、飛び立たれてしまっては事だと同じように立ち上がる。
動揺を隠せないらしいホークスは、どうやら本を誰かが俺の元に送りつけたと思っているらしい。絶対に渡さないという強い意志を感じる目に思わず歯ぎしりしそうになった。俺の同人誌なんだが!?

「俺が買ったんだ!いいから返せ!」
「はぁ!!?? あんたが買ったんですか!!?? なんで買ってんですか!?」

買いたいから買った以外の何があるんだ!
折れ曲がりそうなほどに本を両手で抱きしめるホークスに苛立ちが募る。丁重に扱え!!
ホークスは未だに動揺しているのか目を若干血走らせながら問いかけてくる。

「あ、あなたねぇ! これがどんな本か分かってるんですか!」

分かった上で買ってるんだいい加減返せ。
にしてもこの様子だとホークスもこの本がどんな本か分かっているのか? ならなぜここまで動揺している?
同じ作品を知っている。それだけだろうに。もしこの本が好きならば内容について語り合えるだろうに。

「俺とお前について描かれた本だろう」
「そッ、ですけど! いや、これ、成人向けですよ!」
「俺は成人している」
「そッ、いうことじゃなく!!!」

ならどういうことだ!! 未成年どころか四十過ぎだぞこっちは!!
何が不満なのだとイライラしながら睨み付ける。そろそろ実力行使をしたいが、本は当然紙製品だ。俺の炎で燃えてしまうのは許容できない。
威嚇のつもりで目元に火花を散らせば、顔をこわばらせたホークスが深刻そうな顔で口を開いた。

「エンデヴァーさん……あなたはこの本の内容知ってるんですか……!」

なんだその知らないでしょう……!みたいな顔は。

「エンデヴァーとホークスが恋人という設定で、性行為が描かれている本だろう」

ヒーロー活動の様子も描かれてはいるが数ページであるし、説明ページに書かれていた作者の説明でも「性行為メインです!」と元気に書かれていたからな。
どうだ、とホークスを見てみれば唖然とした表情でこちらを見つめていた。
……なんだその顔は。
ふと、現状のホークスを見て今の状態が振り返られた。
四十過ぎで同人誌の存在をいままで忘れていた私ことエンデヴァー。その同僚のホークス。ホークスはどうやら同人誌の存在を知っているらしい。そして突然現れた成人向け性行為メインの同人誌。内容はホークス×エンデヴァー……。

「え、エンデヴァーは」
「お、おいホークス」
「エンデヴァーは、ホークス×エンデヴァーの発禁物なんて読まん!!!!」

ごうっ、と部屋に強い風が吹き荒れると、大きく開いた羽が風を含み広がる。
そのまま開いていた戸から縁側へと驚くべき速度で移動したかと思うと、そのまま空高く飛び立っていった。
色々なものが散乱した室内と、置いていかれた現状にしばし呆然とし、慌てて縁側へと走って空を見上げる。

「おい!! 本は置いていけ!!!」

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bkm