- ナノ -

羽に包まれる夜
エンデヴァー成り代わり。前世の記憶ありの元腐女子主。



事件当日、ヴィランは日本でも有数の展示場を襲い、通報を受けたエンデヴァー事務所とチームアップの関係でやってきていたホークスと共に対処することとなった。
到着直後、ホークスの援助やSK達の補助もあり即座のヴィランの鎮圧に成功。被害についても人的なものは軽度で、軽傷患者のみ。物品的な損害は多少あったがそこまで大規模なものとはならずにすんだ。

「……にしても人が多いな」

警察へのヴィランの引き渡しを済ませ、展示場内を眺める。ヴィランの襲撃によりまばらになってしまってはいるものの俺が突入したときは寧ろひとの数での混乱を鎮めるほうが急務になるほどの人の数だった。ホークスとSKたちはそちらに奔走しており、そのおかげでこちらはヴィランを倒すことに専念できた。
大量の机と椅子が規則正しく置かれており、会場内でそれらによって大通りと細い道が作られ、そこを肩がぶつかりそうなほどの大人数が闊歩している。机に置いてあるのは本が多いのだろうか。その他のものを置いている人々もいるが、小物だろうか。
金銭の受け取りがあるのを見るに、どうやら販売会場らしい。
ヴィランの襲撃によって騒然としていた雰囲気もだんだんと元に戻ってきており、今では襲撃を受けてしまい散乱してしまった本などを周囲の助けなどをかりつつ直している最中のようだった。
会場内は広く、SKたちがいる箇所まで戻るのにも意外と時間がかかる。
その途中、散乱してしまっていた箇所の一つで地面に落ちてしまっていた表紙の一つが目にとまった。

「これは……俺か?」

近づき拾い上げれば、そこには炎を纏った俺のヒーロー服を着た男が描かれていた。漫画調にデフォルメされているが、俺のように見える。そしてその男と視線を交わしているのは、明るい茶色髪の赤い羽根を持つ男――ホークスだろうか。
タイトルは「羽に包まれる夜」……なんだこれは。
なんだろうな……この、喉まで出かかっているんだが思い出せない感覚。
この本の薄さ、男が二人表紙にいる感じ、このタイトルの印象――何かが出かかっているんだがその言葉が魚の小骨のように喉に引っかかって現れない。
その感覚に焦れ、何か情報はないかと表紙をめくってみれば何かの注意書きがあった。だが内容をみるのが早いだろうと読み飛ばし、すぐに次のページをめくる。

「ヒーロー活動の様子か……?」

俺らしき男とホークスらしき男が街中で会話をしている。どうやらヒーロー活動中の一幕といった様子で、確かにこのような会話をした覚えもある気がする。
妙に距離の近いホークスに、俺が炎を吹き上がらせている。腹立たしいが、確かによくある光景だ。
にしてもコマによってデフォルメされ具合なども異なるが、両者とも両者と分かるようにしっかり描かれているのを見ると、観察眼の鋭いものが描いたのだろう。漫画家が描いたのだろうか、こうも上手く俺とホークスを描くとは。
と、やはり何か引っかかる――というより懐かしい感情が漂う。
なんだ、この……財布を取り出したくなる感覚は。
その違和感を知るために更に読み進める。テンポ良く流れていく話は、どうやらホークスが俺の家に泊まりにくるという話になっていた。
これも実際よくある話だ。まるで見てきたかのように描かれているな。
漫画の中の俺たちは夕飯も食べ終え、風呂にも入ってそろそろ寝るのみ、となっていた。だが、なにかおかしい。なぜ俺はこんな気まずそうな顔をして顔を赤くしている? 耳まで赤いな。湯あたりでもしているのか?
それにホークスもなにやら意味深な笑みを浮かべているし……この後はどういう展開になるのだろうか。
なんとなしに急く思いでページをめくろうと指を伸ばしたとき――何かが顔に張り付く感触と共に目の前が真っ暗になった。

「なッ、なん――!」

声を出そうとすれば、口も何かに塞がれる。そのまま耳や鼻まで塞がされ、完全に顔部分を覆われてしまった。咄嗟に顔面から炎を吹き出しそれらを燃やす。晴れた視界の中で、チリとなっていく赤い羽の残骸を見つけ、これをしたのがホークスだと察した。
同時にこみ上げてきた『また意味の分からんことを』という怒りにまかせて口を開こうとすれば、先にホークスの怒声が響いた。

「なにやってるんですか!!」
「なんだその言い草は!!」

意図の分からない怒声に同じように叫び返す。ほぼ反射だったが、いつの間にか目の前までやってきていたホークスは、怒鳴り返されて正気を取り戻したように狼狽していた。一体なんなんだ。

「な、なんだって、あ、あれですよ!お金も払ってないのに勝手に人の作った本読んだらダメでしょう!」

人の作った本……つまり、同人――と、ふとそんな単語が浮かび何かが閃きかけるが、それよりもホークスの言葉に一抹の罪悪感を覚える。確かに金も払っていないのに内容を全て読もうとするのは制作者に対しての愚弄にもなる行いかもしれない。

「む……それはそうだが」
「でしょう!!!」

納得しかけていたところで、手に持っていた本をホークスに奪われる。
素早い動きに思考していた頭では反応できず、ホークスの手に渡った俺とホークスのことが描かれているらしい薄い漫画本の続きを見ることは叶わなくなってしまった。
金を払わず見るのがダメなら金を払えばいい。おい、とホークスに声をかけようとしたところでホークスへ近寄る一般人らしい女性が見えた。憔悴したようすで、大量の汗を浮かばせながらホークスに話しかけている。

「あ、あのそれ……!」
「あっ……! はいこれ。災難でしたね……」

いつもは人をおちょくる態度した示さないホークスが、心底気の毒そうな顔をして本をその女性に渡している。なんだ? 知り合いだったのか?
二人の関係が気になるが、それよりも今は本だ。二人に近づき、本を大事そうに抱えた女性に話しかける。

「君のだったか、勝手に読んですまない」
「ひっ!」

まずはと謝罪をすれば、金属を擦り合わせたような甲高い悲鳴のような声が聞こえ、冷や汗が流れる。強面である自覚はあるが、ここまで恐れられるのは久しい。ホークスが言うようなファンサービスも最近は意識しているつもりだが、やはり若い女性にはエンデヴァーというのは怖いものか。
と、顔を青くしている女性にホークスがフォローを入れいている。「日常パートまででしたから!!」……なんだそのフォローは。日常パート……? 日常でない箇所がある……? そういえばタイトルと俺とホークスの絵しか見ておらず、なにか表紙に書いてあった他の記載を見逃していた気が……。
ふむ、だがそれもこれも本の続きをみれば解決することだろう。なにやら俺の直感がそう告げている。

「その本だが、買い取りはできるのか?」
「は」
「へ」
「続きに興味がある。いくらだろうか」

今は小銭の類いしか持っていないが、この会場の雰囲気からみるにカードよりも小銭のほうがよさそうだ。俺の勘もそう言っている。
気の抜けた声を出した女性とホークスに、小銭をだそうとすればその腕を捕まれる感触。

「エンデヴァーさん!!じ、事故処理!事後処理行きましょ!!」
「む、ヴィランはすでに警察に」
「あッッ!SKさんたちが呼んでましたよ!!道草食ってる場合じゃないですよ!!」
「なに?それを先に」
「すみませんね!!じゃあほら行きますよ!!!」

なぜか無駄に声のでかいホークスに引っ張られる形でその場を後にする。
しかしあの本――どうにも気にかかる。
その場を去る直前、呆然としている女性の腕の中にある薄い本のタイトルと作者名を横目で見る。ふむ――後で調べてみるか。

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bkm