- ナノ -

7
なぁおい俺、本気か? 本気で彼女に惚れてるのか?
起きたときに鏡を見ながら、残りわずかになった中学校生活の中、帰りに夕日を見上げながら、風呂に入りながら――何度も自問自答した。寝癖そのままで学校に行くことが増え、授業中にぼうっとすることが増え、帰りの際に電柱にぶつかることが増え、英次に心配されたり怒られたりしながら答えが返ってこない日々を過ごした。
自身で業火の鬼とさえ形容した彼女に、恋をしているのか。分からない、ただ気になっていることは確かだった。オールマイトらしき人物が体育祭の映像で流れたときも、根津校長を生で見たときもここまで意識が向くことはなかったし、継続することもなかった。けれど彼女は違った。が、恋と決めつけるのには早すぎないか。確かに恋だと思ったさ、だが、本当にそうとは限らないじゃないか。
それに彼女に関しては色々と想定外のことが多すぎる。第一に性別、第二に性別。第三もそれだが。
そう、原作と異なるからここまで気にしているのだ。そう、最初は思っていたじゃないか。つまり、そういうことだ。――が、別に俺も恋をしたことがないわけじゃない。号声氷雅となってからはまだだが、前世ではそれなりに酸いも甘いも嗜んで来たつもり、だ。つもりなだけかもしれないが。だからこそ、この胸に蟠る感情がただの好奇心だけではないことは知っている。
だが、だからといって素直に認められるものじゃない。なぜ? そんなの決まっている。轟炎司といえば原作では男性! 子だくさん! 結婚している! 男性!!!!
そんなのは未来のことだろう? 何を言っているんだ号声氷雅――などと言ってはいられない。そうではなければ生まれてこない命があるのだ。なにかこう、ご都合主義でいい感じになるのかもしれないが、そこら辺はよく分からないし、やはり平行世界だから原作の時間軸になったら全く別の人間関係になっているのかもしれない。けれど、気になるものは気になる。
だからこれは――恋であり、調査だ。
轟炎司(仮)を知る。そうすればこの恋もなんかこう、整理がつくかもしれないし、そもそも恋愛感情ではないという結論になるかもしれない。そして彼女が本当に轟炎司なのか。男性としての轟は存在しないのか。ということが分かる。そう、これこそが利害の一致。なにとなにの利害が一致したのかは知らないが、俺の中で納得がいったのだからそれでいいだ。
そうした結論が出たときにはすでに中学を卒業し、過ごしやすい冬が終わりを告げ、春が訪れていた――。新学期の始まりだった。
いや、悩みすぎだろ俺。

英次と待ち合わせをして二人で雄英へと向かう。受験日と同じだが、全く違う。二人が身に包んでいるのは雄英の制服であり、俺たちは今日から雄英生なのだから。
うちの学校から二人も雄英進学者が出たと言うことで、地元だとちょっとした騒ぎになったりした。正直俺は轟のことでそれどころではなかったが、英次はうまく学校内の取材やらインタビューを受けたりしていた。英次なりに苦悩している俺を気遣ってくれたのかそういったものはあまり俺の方にはこなかった。本当にいい友人を持ったと思う。
電車の窓から遠くにある川沿いの桜の木々を眺めつつ、想定外のことは起きたものの雄英へ通える僥倖を噛みしめる。
ヒーローになる夢、それはどんな想定外があっても変わらない。轟という謎の少女がいたとしても、将来の夢だって変わらない。ヒーローになって女の子にもてて、理想の彼女をゲットする。――なぜか彼女に惚れてしまっているようだが、惚れたなら惚れたで全力でぶち当たるのみだ。何せ、恋であり調査なのだから。玉砕覚悟でいってやる。

「いい加減調子は戻った?」
「おう。どちゃくそ元気だ。迷惑かけたな英次」
「なにそれ、まぁ元気ならいいよ」

電車から降りて雄英までの道のりを二人で辿っていく。ちらほらと同じ駅で降りた年上らしき学生を見て、あれが先輩かと二人で目で追ってしまったりしつつ、英次からのごもっともな問いに意気揚々と返した。
呆れた風に――英次と話すとよくこういう顔をされる。お前一応つい先日まで中学生だったよな――返されて、気を遣ってもらった自覚はあるので軽く礼も言っておく。なんのことやらと肩をくすめる英次に、何をやっても様になるなと思いつつ角を曲がったところで見えてきた雄英高校へ目を向ける。
小学校、中学校、そして高校。二度目の勉学の時期に、しっかりしないとな。という謎の意気込みが入る。何せ一度すでに通ってきた道なのだ、一応経験者として無様なところは見せないようにしたいよな。精神年齢が上の人間としては。といっても元々の精神が成熟していたわけでもなし、ただのちっぽけなプライドなのでおそらく周囲に必死に追いつこうとしている内に忘れるのだろうけど。小学校、中学校のときみたいに。いやはや、こちらが気を遣っていると思っていたら使われているし、フォローしようと思ったら一人でどうにかしている。子供って恐ろしい。俺も今は子供だけど。
英次と雄英のカリキュラムがどんなものかとか、ゲーセンの新しいゲームがとか、英次の恋路はどうなんだとか色々話していたらいつの間にか校門へ到着していた。ちょっとドキドキしながら足を踏み入れる。同じ学生服を来た生徒や、スーツを着た教師らしき人物も玄関へ吸い込まれていって期待に胸が躍るのが自分でも分かった。

「やっぱなんでもかんでもでかいな!」
「受験の時に見てるだろうに」
「自分がこれから使う側になるって思うと、やっぱちげぇじゃんか!」

玄関前に張られた新入生用の案内に沿いながら、靴を履き替えて学校内の地図を確認しながら自分たちの教室へと足を運ぶ。英次とは同じ1-Aで同じだと知ったときは素直に嬉しかった。英次とあっちだこっちだといいながら――十割英次があっている――教室までたどり着く。
大きな扉に手をかけようとして――はっとする。もしかして、彼女がいるのでは。と。そう思った瞬間、ぐわっとよく分からない焦燥のような感情がわき上がる。恐怖に似たそれは実施試験の業火の鬼を思い出したせいか、それともあの凜々しい姿を思い出したせいか。一つ唾を飲み込んで、止まった腕を再び動かした。この扉を開いたところにいてもいなくても、結局会うことにはなるのだ。彼女が落ちるなんて絶対にあり得ない、ならば、覚悟を決めろ男氷雅。惚れた女に怯んでいるようじゃやっていけないぞ!
持てる力を全て込めて扉を思い切り開く。以外と重くない扉は、激しい音を立てて壁に激突した。当然、教室内にも響き渡り、クラスにいた生徒たちの視線が一気に集まった。

「ちょ、氷雅何してるんだよ!」
「す、すまん。張り切りすぎちまった」

さすがに恥ずかしさが勝り、頭をかいて誤魔化してみる。巻き添えを食らった英次はご立腹だが、ここで騒いでも仕方がないと思ったのかため息を吐いて早く入れと俺の背中を押した。促されるままに一歩足を踏み入れて、教室内を一瞥した時に――見つけた。整った顔立ちの横顔を。こちらに顔を向けてはおらず、ただ視線だけをよこすその姿。あのときとは違い、ジャージではなく制服だ。そして――女子制服だった。地面が揺れたのかと思うほどの衝撃が全身を駆け巡り、彼女は現実だったのだと改めて実感した。幻覚を見ていると思っていたわけじゃない、けれどこうして本人がいるところを見てしまったら、やはり受け入れるしかない。彼が彼女である事実、そして――彼女に強く惹かれる己に。
ぐっと拳を握ってそのまま足先を教室内の中心へ定める。名前の名字順だろうが、彼女は教室の中心に座っていた。色鮮やかな臙脂色の髪色が、片方だけ見える、こちらへ向けられたライトブルー瞳がこの教室で一際存在を強調しているようだった。机を挟んで、座る彼女は手を伸ばせば届く距離にいた。睨み付けるかのようにこちらを向けた瞳に映った自分がいて、心臓が変な音を立てているようだった。

「なぁ、君の名前、教えてくれ!」

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bkm