- ナノ -

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その後は英次が苦手な科目の勉強を教える約束をして解散した。本当、いらないことに付き合わせてしまって頭が下がる思いだ。実際に頭を下げたけども。
しかし安心はしたものの、なんとなくルイの涙も思い出す。連絡先でも聞けば良かったかな、でも母親っぽい人も急いでいたようだし無理だったろうか。気軽なSNSとかがあるわけでもないし。悩み事――何に悩んでいたのだろうか。けれどそんな思いも受験の中に飲み込まれていった。時間は有限で、雄英は超難関。気を抜いたら過去の記憶というアドバンテージがあろうとも脱落する壮絶レースなのだ。
そうして時間が過ぎてゆき、ついに受験日となった。英次と駅前に集合してそのまま電車へ受験場所である雄英に向かう。二人して緊張して、難しい顔をしながら問題を出し合い時間を潰した。
到着してみると、僕のヒーローアカデミアで見ていたよりも小さいように感じて少し拍子抜けをする。時代が昔だからなのか、敷地面積は変わらずとも設備が少しばかり少ないように感じた。感じただけで事前に調べていたときはなんて充実しているんだと思ったのだから、これから作られるものが恐ろしく十全すぎるのだろう。
英次に背を押され、そのまま学内へ入る。普通の学校とは一線を画す清掃の行き届いた、しかも個性に配慮されたユニバーサルデザインだ。どこもかしこも天井は高いし扉はでかい。だからといって背の小さな人が不便になるような設計はしておらず、さすがはヒーローを育成する学校なだけあると舌を巻いた。
そのまま大講義室まで案内され、エントリーナンバーと冊子を手にして椅子に座った。人が犇めき、というのに人に対してのざわめきが少なく皆緊張しているのだとひしひしと感じた。

「今回の実技試験内容は、ズバリ鬼ごっこなのさ!」

驚いたことに実技試験の説明は、校長である人物。ネズミの外見をしているが人よりも優れた頭脳である個性を持つ根津校長直々のものだった。右目の傷はすでにあり、原作通りなら人間に色々された後、ということなのだろうか。しかし主人公たちが入学するまで校長であるということは――一体何歳なんだあの校長は。
若干思考が横に逸れつつも校長の説明をしっかりと聞き止めていく。配られた冊子にも書かれてはいるが、それ以外の情報もあるかもしれない。

「それぞれ人側、鬼側に分かれて追いかけっこをしてもらうのさ。十分間の試験中、人側は逃げるだけ逃げおおせて、鬼側は捕らえられるだけ捕らえる! 単純明快さ」

確かにその通りだが、個性を使用すると考えると危険ではないのだろうか。そう考えていれば、すぐに根津校長が続ける。

「個性の使用はもちろんありだよ。けれど相手に対して攻撃を加えていい場所はこの手袋をはめている箇所だけなのさ!」

大講義室の大スクリーンに手袋が映し出される。白と黒の手袋はそれぞれ白が人側、黒が鬼側のようだ。文字ででかでかと「現ヒーロースーツにも使用されている強化素材!」と表示されている。ヒーローのコスチュームは危険な現場でも耐えうる頑丈なものが使用されているのは知っているが、わざわざ試験で使用するために作ったのか。

「くれぐれも怪我のないようにするのさ!」


英次とは別グループでの試験となり、途中で分かれる。正直心細かったが英次はこちらをチラリと見ただけでさっさと別方向へ歩いて行ってしまった。相変わらずクールである。
見知らぬ他校の受験生たちとともに会場へと歩いて行く。たどり着いた先は――まるで本物の街が再現されたような演習場だった。事前に話は聞いてみたものの、実際に来てみると半端ではない。人気はなく住人がいるようには感じないが、だからこそ異様に感じる。しかも英次と別れたように他にもこの規模の演習場があるわけだ。この資金力がある雄英とは。
規模がすでに学園都市レベルではと思いつつ、演習場に入る前に渡された手袋をはめる。色は髪色と同じ白――つまり人側、逃げる側だ。
足は遅いわけではないが、相手も個性を使用して追いかけてくるだろう。
ルールは人側は制限時間中逃げつつける、そして鬼側は追いかけ続けるというものだが鬼側は人側の手袋を取る、または攻撃し手袋を破いたりしてつけられなくすることで得点を得る。人側は手袋をつけて逃げ続けることが得点に直結し、傷をつけられると減点され、手袋がなくなった時点で持ち点がゼロになる。大雑把に言うと鬼側は加点方式、人側は減点方式といったところか。
ざっと周囲を見てみると手を塞がれて個性使用がむずしくなる類いの個性はいなさそうに思える。おそらく人側、鬼側はそういう個性的な長所、短所も含めて分けられているのだろう。俺も氷は身体のどこかでも出せるし、多少効率は落ちるが手袋をしていても個性は発揮できる。
人側はおおよそ70名程度。鬼側は演習場までの送迎バスからまだ出てきていない。一分後にスタートなのだそうだ。本格的に鬼ごっこに思えてくるが、合格のかかった鬼ごっこだと思うと変に身体がこわばる。鬼側の人数は約30名。逃走側の方が二倍以上人数が多いが、そう考えるといやな予感がする。
その考えを振り払うように、隣でキョロキョロと演習場を興味深そうに眺めていた身長が低めの男子に話しかける。

「なぁ、どう? 自信あるか?」
「……」
「あれ、おーい」
「……え! 僕!?」
「え、うん」

目を開いて信じられない! とでも言うような表情を向けてくる少々丸みを帯びた少年に、まぁそういう反応にもなるかと納得する。何せ実技試験の間近だ、周囲の音が耳に入ってこなくても当然だろう。が、別に何も考えずに話しかけたわけじゃない。この実技試験において『人側』のコミュニケーションは実は大事だと思っている。何せ『獲物が少なくなればなるほど鬼は集中する』のだから、生き残りができるだけ多い方が全体として得だ。だからこそ情報収集もかねて話しかけたのだが――なんだかハムスターのようにビクビクとされてしまった。もしかして警戒されているのだろうか。
話のとっかかりにいいのはやはり個性だろう。手のひらを見せて、そこから氷を作り出す。

「俺の個性、氷が出せるんだ。ほらこんな感じ」
「そ、そうなんだ。で、でも他の受験者もいるし、あんまり見せない方がいいんじゃないかな」

確かに周りから視線を感じる。同じ人側と言っても競い合う同士ということは変わらないということか。それは分かっているのだが、せっかくだ。聞き耳を立てている受験生もいるようだし、魂胆を話しておこう。

「そうなんだけどな。けど、この試験、人側同士はあんまりいがみ合わない方がいいと思ってるんだ」
「いがみ合わない方がって……」
「ああ、人側が減るほどに鬼側が有利になるからな。一人が五人に追いかけられるより、五人が五人に追いかけられる方が生存率は高いだろ?」
「確かに、そうかも……」

この少年はどうやら納得してくれたようだ。聞き耳を立てていた受験生たちも他の受験者に伝えて言ってくれるといいが。
緊張はしている。けれど合格するやる気だってあった。けれど――この時点で、全く気を抜いていなかったかと聞かれるとあまり否定ができない。鬼ごっこというわかりやすいルールの上、人側は大勢いる。一分間逃げる時間もある。油断をしていたわけではない、だが危機感を持っていたわけでもなかった。
だからこそ――試験開始から一分後に現れた巨大な火柱に絶句した。鬼は鬼でも、本物の鬼がやってきていた。

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