待ち合わせの場所に行けば、すでに友人は到着しており俺に気づき、携帯から目線を外し片眼鏡をかけた顔を上げた。
「すまんすまん、待った?」
「うん、五分待ったね」
「五分前に来てたのか、はえぇなぁ。デートじゃないんだし、ギリギリでいいんだぜ」
「デートの癖が抜けなくてね」
「嫌みっぽいなお前!!」
肩をくすめて余裕の表情を見せる友人――来見英次はクールな性格、整った涼しい顔立ちから学校の女子にかなりの人気を誇っている。で、当然のように彼女持ち。お前中学生だろ恋人とかはな! 高校になってからでいいんだよ! 勉強しろ勉学に勤しめ!!
思わず歯ぎしりすれば、あきれた表情が帰ってきて更に悔しさが増す。なんだその顔は! というかなんだその片眼鏡は! かっこいいんだよおい! ……当然、英字は趣味で片眼鏡などつけているわけではない。俺の髪色とかと同じく、彼の個性に起因するものである。が、こいつの場合はそれがイケメンを際立たせているのが腹立つ。
「で、今日は買い物だっけ?」
「おう! そろそろ春物の時期だろ、新しい服買いに行きたいんだ」
「また服? 別にいいけど、彼女とデート行ったときもそうだったよ?」
お前、前に誘ったときに断ったのデートだったのか? 知っていたら嫌みの一つでも言ってやったというのに。だから詳しく話さなかったのかこいつ。
しかし、それより言い方に引っかかりを感じて思わず突っかかる。
「なんだよ、女っぽいって言うのか?」
「ああ、はいはい。怒るなって、冗談だよ。おしゃれさん」
ずい、と近づいてきた俺に一歩下がって手をひらひらと振って誤魔化そうとする英次に沸いた怒りが胸にじわりと漂う。別に男がお洒落に気遣うことの何が悪いのか。むしろ世の中学生はもっと自分の見た目に気遣った方がいい。高校でもしかわいい女の子とデートできる役得にありつけたとして、私服がくそダサかったら一発でアウトだ。
だがこの考えもまだ年若い中学生には分からないだろう。だが英次、お前の初デートの服を見繕ったのは俺だぞ。だからこそアパレルショップにも付き合ってくれるんだろうけど。
「まぁその後はゲーセンだな。今度こそ格ゲーでお前に勝つ」
「無理でしょ」
「やってみないとわかんねぇだろ!」
「いや、僕の個性知ってるだろう?」
片眼鏡に付随されている紐を首を傾けて揺らす姿に思わず拳が震える。なんだその動作めちゃくちゃカッコイイじゃねぇか……。英次の個性は『予測』であり、かなり便利な能力だ。物事が起こる一歩先を優れた動体視力で観察しその数歩先を予見する。だからこそ格ゲーで常人では分からないキャラのブレを察知し動きを読むため、今まで俺が英次に勝てたことはない。動体視力がめちゃくちゃ優れている、という個性にも感じられるが中学の間に個性を伸ばした英次は『予測』にまで昇華させたのだ。一つの身体の動きから次の動きを予測し、更に次を予見していく。当たり外れや予想外の出来事には対応できないらしいが、俺の場合は悉く未来の行動を当てられるので『未来予知』とかに成長したのかとさえ思う。――確か原作にそんなキャラいなかったか? 英次の場合は相手や物体の一部でも目に入れば予測できるから滅茶苦茶強い訳なのだが。そして片眼鏡はその個性の補強材といったところか。微細な部分を感じ取れれば取れるほど予測が明確になる。まぁつまり片眼鏡をかけた英次は格ゲーにおいて最強、ということだ。
が、それとこれとは話が違う。
「ヒーロー志望が一度破れたぐらいで諦めるわけないだろ」
「数十回やってると思うけどね」
「うぐ」
正直数えるのも億劫になるほど負けているのは事実である。携帯に細々と負けた回数を書き留めているため、実は二十三回負けている。
ただ単純に負けず嫌いなので、正直この回数まで付き合ってくれる英次はかなり付き合いがいいというか、まぁいいやつである。イケメンだが。おかしいよな、俺は全然モテないのに。なんだ、性格か?
「ま、いいよ。氷雅に勝つの結構好きだし」
「んだよそれ、絶対勝つからな!」
どうやら今日も付き合ってはくれるそうだ。ゲーセンの後は英次に付き合うと言えば、参考書を買いに本屋に行きたいと帰ってきて、思わず笑みが引きつった。
アパレルショップ、ゲームセンター、本屋と回り終わり、充実した一日が夕方の赤い空で終わりを告げようとしていた。
「何時まで平気なんだ?」
「暗くなるのが早いから、五時だってさ」
「五時かー、まぁそうだよなぁ」
「僕の家は氷雅の家と違って放任主義じゃないからね」
わずかに含まれる羨望の声色に夕日を見上げてそういうんじゃないんだろうな。と一人声に出さず呟く。
今私は一人暮らしだ。親が借りてくれたアパートで好きに過ごしている。学費は両親が出してくれて、家にも生活費として十万円が振り込まれる。そこからアパート代、食費、交遊費を出して生活をしていた。元々家は厳しかったのだ。一人暮らしなどもってのほか、だったはずなのだが弟が生まれてから変わった。俺が十歳の頃に生まれた弟は母親の個性を色濃く受け継いでいた。俺は父親の個性である『手が冷える』が更に強くなった個性だったが、母親の個性は『声によって振り向かせる』個性だ。以外と利便性の高い個性で対人に向いていた。で、弟は『声に感情を乗せる』個性。これまた母親の個性の強化版で相手の感情を自分の思った風に操作できることも将来的には可能とのこと。母親が嬉しそうに語っていた。
小さいながらも会社を家族経営している我が家は、母親が社長で父親は婿養子。今までは俺を跡取りにと考えていたらしいが、弟が生まれて方向転換をしたらしい。
うーん、世知辛い。俺は自分への無関心が見ていられずに家を出ることにした。放任主義というか、家からの逃亡という方が正しいだろう。
だが、こんなことを零しても困らせるだけなのはわかりきっているので「いいだろ」と笑みで返す。そうすると「だからって遊んでないでちゃんと勉強しろよ」と帰ってきた。余計なお世話である。
「英次のほうは勉強どうなんだよ」
「悪くはないけど安心できるわけじゃない。って感じかな。氷雅は?」
「あー。同じ感じ」
「ちょっと、蓋を開けてみたら僕だけ合格。なんてことやめてよ」
「分かってるよ!」
机に詰んである参考書を思い浮かべながら惚けた返事をすれば、わずかに眉を寄せてチクリと刺してくる。そう、英次も雄英志望なのだ。すでにモテているのにヒーローなんかになってしまったら更にモテるではないか。いや英次がヒーローになりたい理由は知らないけど。
強めに返事をしたものの、まだ心配らしい英次は片眼鏡を外してポケットから取り出したハンカチで拭きながら口を開く。
「未だに相棒希望なの?」
相棒(サイドキック)――ヒーローと同じように個性によって敵(ヴィランと呼ばれる個性犯罪者たち)を逮捕したり、市民を助ける職業のことだ。唯一ヒーローと異なるのはサイドキックが「ヒーローに雇われる立場」だということだろう。基本形態としてはヒーロー活動の部下としてサイドキックがおり、サイドキックから独立してヒーローとして活動し始める人たちもいる。が、俺はサイドキック希望だ。相棒、といってもヒーローの資格を持っている立派なヒーローの一人だし、指揮を執る上司がいると言うだけでヒーローもサイドキックも特に変わらない。
どちらも『ヒーロー』だし、カッコイイ。何より指示を出す側じゃないのが良い。俺はそういうのにはあまり向いていないのだ。
「ああ。変わんねぇよ」
英次はヒーロー希望なので、せっかくだから英次の下で働くのもいいよな。というのも話したことがあるはずなのだが。
首を傾げながら英次を見てみれば、不満げにため息をつかれてむっとする。
「氷雅、ヒーローになりたい理由が理由だからな。あまり信用できないというか」
「な! なんだよ、モテたいっていうのも立派な理由だろうが!」
モテたい欲求を馬鹿にしちゃいけないんだぞ! モテたいという気持ちでバンドを初めて世界的に有名になる歌手とか、サッカー選手とか野球選手とかたくさんいたんだからな前世だと! サッカーと野球はこの個性社会だと衰退しちゃっているけれども! そもそも、原作でもそういうキャラいただろうに。モギモギする子、確か名前は……ダメだ、主人公格とか、気に入っているキャラとかしか覚えてないな。
しかし、俺のヒーローになりたい理由としてはこれが強い。でも別にそれだけじゃない、純粋に人を助ける職業というのに憧れたというのもある。けれどなによりヒーローはカッコイイ、つまりモテる。これ絶対。
自分でも邪道だとは思うが、それが熱量になっているのなら問題ないだろう。命までかけられるなら立派な動機ですよ。
磨き終わった片眼鏡を装着した英次は冷えた目で俺へ向ける。
「な、なんだよ……」
「いや?」
確実に馬鹿にしてやがる。というか英次もまだ中学生なのに女子にモテたいという欲求がないのか。健全な男子中学生としてそれはどうなんだ、彼女がいるからこその余裕か……?
しかしこれは譲れない。なんたって俺の将来の目標は背の小さくて細くて――貧乳が好きなので胸は小さめな――大和撫子みたいな女の子といちゃラブ家庭を築き上げることなのだから! 子供はいっぱいいた方が嬉しいな! 夫婦の大事なことだから奥さんと相談して決めたいけど!
「ふ、誰にも俺の幸せは邪魔させないぞ!」
「……何考えてるか分かるから言わなくていいけど」
薄っぺらいんだよな。そう俺の個性よりも冷たい瞳で言われ、思い切り眉間に皺を寄せた。
人の幸福を薄っぺらいとは随分なことである。しばらく口を聞いてやんない。具体的に言うと五分ぐらい。唇を引き締めれば、英次は分かっていましたと言わんばかりに携帯の画面を見た。おい、いつも拗ねると五分間口をきかなくなるからってそうもあからさまに時間確認されると困るんだけど。
適わないなぁ、と思いながらもここで折れたら負けだと謎の意地を張って顔を逸らしてしばらく帰りの道を歩いていれば英次が今思いついたように声を上げた。
「そうだ。推薦入学者」
「?」
「知らない? 今年は雄英に推薦入学で入ってくる生徒がいるんだよ」
何それ初耳。
雄英高校は今まで推薦入学者を受け付けていなかった。皆平等に試験でふるいをかけられて入学者が決まる、そういう仕組みだと学校の先生からは教えてもらっていたが、どうやら今年は異なるようだ。目線で続きを促せば、英次は確か、と前置きをして話し出した。
「かなり個性が強力で、一般試験に混ぜると他の生徒が全力を出せないからって」
それはまた、他の生徒も雄英を受けようと鍛えている生徒だろうに。その受験者たちを尻込みさせると学校側に思わせる学生か。
どんな人物だろうかと考えてみる、原作と同じ人物がいるとしたらもしかしてオールマイトとかだろうか。あの強力な個性では他の受験者たちも驚くだろう。オールマイトの話はまだ耳に入ってきていないし、そうなるとまだ学生だろうか。けど、話を聞かないだけで数年前のテレビで流れた雄英の体育祭でそれっぽい人もいた気がするんだよな。
首元に巻いたマフラーの先を動かしながら考えていれば、すぐに隣からヒントが聞こえた。
「政治家の轟氏って知らない? その人の子供らしい」
「とど、ろき?」
聞き覚えのある名前だ。それはテレビのニュースでもそうだし、過去の記憶の中でも。
もしかして、と思わず零れた声に片眼鏡をキラリと光らせて正解を述べようと英次が口を開く。