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クズな冷さん成り代わり
クズな冷さん成り代わり

おかしい。私は今、異常事態に出くわしている。しかし、こういう時にどう行動したらいいか、私にはてんで分からない。
だって私は一般人だから……!

「おい、どうした。これを欲しがっていたんじゃないのか」
「そ、そうなんですけ……」

そうなんですけど、どうしてエンデヴァー、もとい炎司さんがジャンプ漫画を大人買いして私にくださるんですかねぇ……!


私は冷。轟冷である。
みんな大好きジャンプ漫画、僕のヒーローアカデミアに轟炎司の妻として描かれているあの冷である。
どうしたことか前世の記憶がある私がそのポジションにおり、氷の個性が使えて、二十歳を過ぎてとんとん拍子にエンデヴァーと結婚した私です。
原作を考えたらあまりいい立場とは言えない。なにせエンデヴァーの強い仔を作る。という執着によって個性婚をさせら、子供が生まれても強くなければ見向きもせず、焦凍が生まれたと思ったらDV修行を行い、止めようとしたらこれまたDVされる立場である。あと長男が何かしらの理由で亡くなるし。
が――私は悲観していない。なぜかといえば――エンデヴァーファンだからである。
そう、私は腐っておりエンデヴァー受けが大好きだった。酸いも甘いもなんでも行けるし、倫理もどこかに置いてきたタイプだったので、焦凍との親子丼最高、ホークスとの不倫最高、重いファン沢山いるエンデヴァー最高。だったわけである。荼毘も長男説あるし、最高すぎる。
エンデヴァーはあの原作ありきのキャラなので、轟家はあれでいいのだ。なので、私は特に何かするつもりもないし、子供たちを産んだらさっさと焦凍君にトラウマを植え付けて病院でごろごろするつもりなのだ。道徳心がない? いやぁ、二次元の世界に生まれた時に三次元に置いてきちゃいましたね……。

ということで中身が違っていても無理やり結婚と相成り、とても安堵していた私なのだが結婚の際にいくつか約束事をした。
私だって人間なので、趣味があるし萌えを摂取しないと生きていけない。そりゃエンデヴァーをずっと眺めていれば最高にHAPPYだけど、人間には栄養の元が沢山あったほうが健康的っていうじゃないですか。推しはいっぱいいてもいい。推しに沢山お金を落としたい。そうでしょう?
なので、自分の部屋を所望した。鍵付きの。これはOKが出た。
そして次は自由に使えるお金。仕事をするのでも全然いいので、自由に使えるお金が欲しい! と言ったら却下された。待て待て待て。
それじゃあ推しに貢げねぇじゃねぇか!!! エンデヴァーグッズも買う予定なんだが!!?? と猛抗議したら(エンデヴァーグッズを買うと口に出したわけじゃないが)、欲しいものは申請制になった。おいおい待て待て待て待て。
殺す気か? と思ったが、もうこれは説得していくしかないという結論に至った。お手伝いさんに買わせるとはおまこちとら籠の中のパンダじゃねぇんだからさ。分かれよ。薄くてえっちな本が買えないだろうが。

そんなこんなで轟家に住み始めて一か月ほど――滅茶苦茶でかすぎて迷子になりそう――今のところ平和に暮らしていたわけだが。

ふとネットサーフィンをしていたら二次創作で最高の作品を見つけてしまって、そこから転がるようにだだ嵌りしてしまい、原作を読まねばと欲しいものリストにジャンプ漫画全巻をお願いしたわけだ。
お手伝いさんがいつも買ってきてくれるのだが、お年寄りのおばあちゃんなので「滅茶苦茶重くなるとおもうので、ネットとかで全然大丈夫です。それが無理なら一巻ずつとかでいいです本当すみません」ってお願いしていたわけなのですが。
なんだかいつもより早く帰ってきた炎司さんが持ってきてくれてると思わないですよねえええええええ。

「え、これ……炎司さんが全部買ったんですか……」
「ああ」
「一巻ずつ、本屋で」
「そうだ」
「ジャンプ漫画が並んでる棚で……」
「分かり辛い表紙だった。似たようなものばかりだ」

そりゃあ普段漫画を読まなそうな炎司さんからしたらそうだろう。
というか、マジで、炎司さんが買ってきたのか。

「ど、どうでした?」
「何がだ」
「いや……漫画の大人買い、初めての感想は……」
「……別に、店員には驚かれたが」

でしょうね!!
マジかーーーいいなその店員。私もエンデヴァーが漫画大人買いするところ見てぇーッ! 興味なさげに漫画を選んで小脇に抱えてんの見てぇーッ! でもちゃんと籠にいれたのかな、しかし炎司さんだしそんなことしない? でも手が大きいから持っていけるよねどっちだ!?
うんうん唸っていれば、これではないのか。という炎司さんの不満げな声。

「いえ、これであってます」
「ならなぜ喜ばない?」
「凄く喜んでますよ、はい。でも」
「でも、なんだ」

喜んでます。と言っても顔が引きつっているからそうは見えていないのかもしれない。いや、本当に喜んではいるのだが、あの炎司さんがと思うとどうしても笑顔になれない。だって私はそんな面白さしかない現場を見逃したのだ。萌えの供給を見逃したとなっては素直に喜べない。だから。

「次、漫画をお願いしたときは一緒に買いにいきましょう」
「……」
「ほら、表紙とか分かり辛いといっていたじゃありませんか」
「ああ、全て同じに見える」
「なら一緒に。また欲しくなった時ですが」

これを読み切ったらまた漫画をお願いするんだ。そして炎司さんが頑張って探しているところを目に焼き付けるんだ。絶対に。
そんな思いを込めて提案してみれば、少しの沈黙の後に「気が乗ったらな」と低い声で帰ってきて内心ガッツポーズを決めた。
私が見ていない所でそんな萌え5000%の行動をするのが悪いんですよ。絶対に見てやるからなエンデヴァー……!
るんるんとにやけた顔を押さえつけようと必死になる私を炎司さんが見つめていたことを、私は知る由もなかったのである。


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