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花火の明かり3
夕飯前にヒーローを待たずに人助けをしたこと、怪我をしたことを心配及び叱られてから一か月後。
人助け5件、怪我3件という事態を引き起こしたため、ただいま八木さんの前で正座をして説教を聞いております。

「だから、この地区には多くのヒーローがいるんだ。彼らを待っても遅くはない、確かに君の働きで助かった人たちもいただろうけれど、適切な対処を行わなければ逆に事態を悪化させることだってある。それについ先日なんて危険な個性のヴィランを倒したらしいね!? 立派だとは思うけど、家で倒れていた君を見つけた時の私の気持ちを考えたことはあるかい!?」

叱られるのは慣れてしまったが、八木さんの傷ついたような表情は慣れないし、慣れたくない。
大人しく床につくぐらいに頭を下げて誠心誠意謝る。
別に怪我がしたいわけじゃない。できれば無傷で人助けをしたいが、さすがに装備も個性もないとなると難しい。そもそも八木さんが言いたいのは危険な現場に飛び込むなということで、それも理解しているのだが、その場面になってしまうとどうしても身体が勝手に動いてしまう。体は正直なので……。
頭を下げた私に八木さんの言葉が止まる。どうしたのかと頭を上げたくなるが、反省を示すためには無暗に様子をうかがわないほうがいいだろう。
仁王立ちしていた八木さんが私の前に胡坐をかいて座ったのが気配で分かる。「頭を上げなよ」という声をきいて、そろりと首を動かした。
視界に映った八木さんは、苦悩めいた顔をしていて、その目じりが僅かに赤らんでいるのを見て息が詰まった。

「八木さん……」
「そんな顔するぐらいだったらしなければいいんだ」

どこか拗ねた子供のような発言は、本当に心配してくれているからこそなのだろう。
嬉しさと申し訳なさを感じながらも、僅かに疑問に思う。私はかつてこの人とどんな関係だったのだろうと。普通の庇護している子供に対してなら、このような反応はあまりしないような気がする。例えるならば、古くからの知人や友人に対するような。
しかしその疑問はおくびも出さないようにしつつ、頭を上げる。今彼を悲しませているのは自分だ。

「ごめん……どうしても、身体が勝手に動いてしまって。でも、気を付ける」

悲しませたいわけじゃないのだ。
強く思う、ヒーローになりたい。そうすれば人助けに必要な知識も資格も手に入れられる。八木さんに心配をかけることもない。
ぐっと拳を握れば、八木さんの視線がこちらを向く。

「君は……ヒーローになりたいのかい」

思っていたことを当てられて、ひどく驚く。体を揺らしてしまえば、八木さんの視線とかち合った。
彼の目は普段から、恐ろしいほどに真っ直ぐだ。信念や矜持が伝わってくるような、硬い芯が見えるような、そんな瞳だ。
その瞳に見つめられ、私は負けないように見つめ返す。

「はい」
「それはなぜだい」
「……俺は、人を助ける、救える人になりたい。他の誰かが動くのを待つんじゃなくて、自分が動きたい。知識も、個性も、そのために使いたい」
「……」
「それを、可能にするのがヒーローだから。ヒーローになりたいんです。……すみません」

言い切ってから八木さんからの忠告に言い換えるようになってしまったのに気づき、最後に小さく首を垂れる。
八木さんは私の話を黙って聞いていた。静かな沈黙が続いたが、彼がそれを破った。

「どんなヒーローになりたいんだい」

どんな。
ヒーローになりたいと望んでいても、それを誰かに口にしたことなかった。
だから、八木さんからの問いのような具体的なビジョンは持っていなかった。いや、いないはずだった。
だが、まるで反射のように答えがすらすらと口から飛び出してきた。まるで、古くからそう考えていたように。それが当然のように。

「全てを救えるヒーローだ」

そう、全てを。誰かが救った掌の、指の間からこぼれ出たものを。
その掌にいっぱいの誰かを救ったその当人を。
救ってみせる。何もかも。なぜなら私にはそれが「できる」から。
腹のうちから燃え広がるような、そんな情熱。いや、それよりも灼熱としていて、更に体の隅々まで燃え広がっていく。そうだ、私には可能だ。絶対的な自信が私を後押しする。怖気づくなと、ひたすら進めと絶叫してくるのだ。間違いなんかじゃない、だって私は今こうして生きているのだから。
生きていればなんだってできるのだ。生きていることが正しさの証明だ。そう私は確信している。根拠などそれしかない、それなのにあまりにも強固で堅牢な証左だった。
いつの間にか肘を曲げ握りしめていた拳を、八木さんの大きな手が包み込む。それにぎょっとした。なぜかといえば、私はそんな風に拳を前に出していたとは思っていなかったからだ。無意識にいきんでいたらしい。
自分の世界に浸りすぎていたのを自覚して改めてしっかりと八木さんの表情を視界に納めれば、彼の真剣な目とぶつかった。
拳を包む手のひらは力強く、彼の本気が伝わってくるようだった。

「分かっているとは思うが、今、君は個性を使ってはならない」
「……ああ。理由は知らないが、使ってはいけない」

個性の使用制限。それは法で定められている一方で、私には契約としてでもその制限が存在する。
八木さんと一緒に住むにあたって、そういう約束をした。約束といえば生易しいが、実際は書面にサインし、違反すればアパート生活が終了するような強制力のあるものだ。
だからこそ私は個性を使わずに人助けをしてきたし、だからこそヒーローに憧れている。
彼は一瞬だけ目を伏せた、だがすぐに私を見やり、言った。

「火を噴く個性。それが君の個性だ。だが――それ以外の個性ならば、使用しても文句は言われないだろう」

透き通るような目に、全てが真実であり、真摯な言葉であると分かった。

「別の個性を、手にできると言ったら、どうする」
「え? いや、いらないが……」
「えッッ!?」

八木さんが白目をむいてひっくり返った。いや、そうしたいのはこちらなんですが。
彼がめちゃくちゃ真剣なのは伝わってきた。が、話が飲み込めないし、そもそも――

「俺にはさっき八木さんが言った通り火を噴く個性があるんだし、十分強いと思ってるから別に新しい個性とかいらないぞ」
「い、いや、それはそうかもしれないけど」
「それに、ヒーローになりたいのも自分の個性を自由に使って人助けをしたいからであるし」
「うっ、そうだけど」
「別に新しい個性とか必要としていない」
「うぐぅ!」

今度は蹲ってしまった。
ぴくぴくと痙攣している様子に、なんとなく同情してしまう。なんというか、雰囲気的に凄い重要なことだったんだろう、というのはなんとなーく察しはつく。だが、話を受けるのと重要であることは話が別だ。私は個性で困っているわけではないし、正当な手段をもってヒーローになれる道筋をすでに立てているわけなので、そういう大事な話はもっと似合った人物にするべきだろう。
しかしダメージが大きいらしい八木さんに、どうしたものかと顎を摩り、とりあえず丸まってしまった肩を叩いた。

「火華くん……」
「大丈夫だ。心配しなくとも俺はヒーローになる」
「え、うん?」
「今にNo.1ヒーローになって、八木さんにそんなこと言わせなくてすむようにするからな」
「え、そんなこと、っていうかNo.1ヒーロー?」
「ああ。なるならNo.1だろう」

顔を上げたものの、別の話題がやってきて頭が混乱しているらしい八木さんの目がぐるぐるとさ迷っている。
ふふふ、ようやく本調子になってきたな。私が言う八木さんの本調子とは可愛いという意味であるが、それはそれとして。
未だに猫背な八木さんの頬を両手で捉えて、自分へと向ける。むぎゃ! と変な声が聞こえたが無視してしまおう。
狼狽えた八木さんと視線が混じる。眉を八の字にしている彼に、笑いかけた。

「あんたに心配かけないぐらい、最強のヒーローになる。だから、俺を見ていてくれ」

言い終わり、私の言葉を理解した瞬間か――八木さんの表情がふわりと変化した。ぱっと目を見開いて、何かを見つけたように私を見つめる。

「No.1になって、八木さんを旅行にでも連れてくさ」
「ッ、本当に。自信家というか、傲慢というか」
「それぐらいじゃないとヒーローなんてやれないだろ」
「そう、かもしれないね」

くたりと肩を力を抜いた八木さんに、意地悪く笑い返して手を放す。
動揺は消えたのか、疲れた様子ではあったが薄く笑みを浮かべていて、これでいいのだとなんとなく思った。
長い説教と話し合いで少し痺れた足を軽く振って、危なげなく立ち上がる。

「さ、風呂に入ろうぜ。どっちからにする?」
「君はまだ怪我がちゃんと治りきってないだろ。一緒に入るよ」
「え゛ッ」

今度は私が戸惑う盤だった。
全力で逃げたが狭いアパート内で逃げ切れるはずもなく、あっけなく捕まった私はそのまま八木さんに風呂へと連行されたのだった。

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bkm