- ナノ -

炎の筋道3
「って君! 左腕凄いけがじゃないか!」
「え、あ、ああ。いや、」
「急いで治療しないと! 病院へ!!」
「いや! 病院はいい!」
「なぜだい!」
「え、えっと、保険証持ってきてない!」
「む……!」
「金もない!」
「むぅ……!」

眼鏡をかけた少年は私の返答に眉間に皺を寄せていく。
しかしながら……。

「その、とりあえずここから出たいんだが」
「む! そのまま逃げるつもりじゃないのか!」
「……いや、止血ぐらいしないとだろ」
「それは……確かにそうだ」

真面目そう、と判断したがなんとなく面倒な雰囲気を感じてこちらも眉間に皺がよる。
既に退路の前にいることも困るのだが、下手な回答をすると病院か警察に連れていかれそうな気配がする。真面目――ルールを厳守するタイプに見えた。
とりあえず路地から抜けたら全力疾走か。と目論んでいれば、比較的傷の少ない右の手首を握られる。

「ッおい!」
「その怪我、一人では無理だろう! 少しは知識がある、見せてみるといい」
「い、いや、平気だ! 見た目ほどひどくはない」
「嘘をつくんじゃない!」

思わずぐっと歯を噛み締める。
感じた雰囲気は正しかったらしい。しかし、この言動。裏を返せば彼が善人であると分かる。
目の前のけが人を放っておけない。ということなのだろう。ならば、彼の印象からして私を見逃すことはおそらくない。
大人しくついていくのが吉か。

「……分かった。わかったけど、騒がれたくないんだ。人が少ないところでお願いしたい」
「それはいいが……というかよくない事だと思っているならしてはいけない!」

一瞬首を傾げ、最初に発言していたことを思い出す。「どうしてあんなのこと、危ないじゃないか」。つまり、この子はあの現場を見ていたという事か。
しかし、ならばあの数秒でここまで? 違和感が「個性」をにおわせて、ざっと身体を観察する。違和感は足へと集中し、そこから生えるパイプを見て納得した。車のマフラーのような部品が見える両足に、速度を上昇させるような個性があるのだと悟る。
後ろからざわついた音が聞こえ、慌ててその場から走りだした。驚いた声が聞こえるがとどまっている暇はない。
強く握られた手首の手を同じように握って、そのまま人が滅多に来ない小さな公園へ走り抜けていった。

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