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あなたのファンですC
その後もずっと彼のファンであり続けた。
グッズはお小遣いで買って、プレゼントでもらって、汚れないようにずっと大事にしていた。
観戦にも強請っていって、でも特別チケットはもう二度と手にしなかった。目の前にしてしまったら私の決意が変わってしまいそうだったから。
その代わり、応援の手紙を書くようになった。懐かしい昔を思い出しながら、手紙は苦手と言っていた彼のことを思い出して差出人の名前や住所は書かなかった。ただ私が彼を応援したいだけだったから、返事はいらないという意思表示だ。
内容は別に、特別なものではない。あの試合がすごかった。あの時の技のタイミングに唸った。ポケモンと一緒に勝利をたたえ合っているのに感動したとか、そういうよくあるものだ。あと、それからちゃんと食べているか聞いたりもしてしまったりして。
彼はストイックなので、日常的なところは大丈夫なのかと私が心配になってしまっただけだ。ストイックだけど、しっかり者だから大丈夫だとは思うけれど、気になってしまうものはしまうのだ。
ジムリーダー専用の応援窓口の住所を書いて、毎月送る。本当はもっとたくさん送りたいけれど流石に迷惑だろう。一か月に一度というものなかなかのペースだが、一年で言うと12回だ。許されたい。

そうして彼のファンで居続けて早3年。
この3年で色々と変わったことがあった。私はスクールに通いだしたし、友達もできた。そして彼への手紙の宛先が変わった。エンジンジム宛ではなく、マイナーリーグ宛となった。
ジムリーダーには他のスポーツと似たようなもので、メジャーリーグとマイナーリーグがある。メジャーリーグのトレーナーたちは己のジムを持ち、ジムリーダーとして活躍する。そして年に何度が開催されるジムチャレンジというジムバッチをかけたチャレンジの対戦相手となる。さらにそこまで見事ジムバッチを手に入れたトレーナーたちと本気のジムリーダーたち、そしてチャンピオンとでトーナメント制の勝負が繰り広げられ、勝ち残ったものが新しいチャンピオンとなる。
ホウエン地方とはまた違うジムとチャンピオンの形式だ。
さて、ならマイナーリーグはというと、いわゆる二軍というものだろうか。戦って強いものが称賛されるように、ジムリーダーも強くないといけない。だからこそ、メジャーリーグ、マイナーリーグの選手たちで戦いが催され、そしてその結果により入れ替わりが行われる。
そして、つい昨年にカブはそこで敗れメジャーリーグからマイナーリーグの選手となった。なので、エンジンジムのジムリーダーは今はカブではない。だから手紙の宛先が変わったのだ。
カブがマイナーリーグ落ちになる試合を丁度スタジアムで見ていた。膝から崩れ落ちて、顔を俯かせていた。見ていられないというのが素直な気持ちだったが目をそらさずに見つめた。
彼はストイックだ。そしてポケモン勝負に命を懸けていると思うほど、真剣だった。だからこそここ数年は見ていて辛かった。周囲がカブの戦術を解析して戦略を編み出してきたのだろう。スポーツ界でもあることだが、カブはそれによって勝つことが少なくなっていっていた。
当然彼も対策をして、さまざまな案を出したがジムリーダーというのは注目されやす戦略も立てられやすい。彼は勝つことができなくなった。
そして、マイナーリーグの選手となった。トレーナーというのはシビアだ。強くなければならない。ジムリーダーは頻繁にではないが、入れ替わりが起こる。だが、入れ替わらずにずっとジムリーダーで居続ける人もいる。代表格がアラベスクタウンジムリーダー、ポプラだろう。
ガラルのリーグは険しかった。ただそれだけだ。そして彼は一度の挫折で折れるような人ではない。
グッズも出なくなったし、観戦にいける機会も少なくなった。けれど、昔に買ったタオルを持ってメジャーリーグと比べると観客の少ないスタジアムに彼を応援しに行く。
勝てずに悔しがる彼を見るのは心が痛んだが、それでもなんでも試してみて勝利をもぎ取ろうとする姿は眩しかった。

「キバナ、ジムチャレンジに興味ない?」
「……ジムチャレンジ?」

そうやっていつまでも彼を追いかける日々の中で、母にそう尋ねられた。
なんでも母の知り合いの方がジムリーダーと知り合いらしく、なかなか今年のジムチャレンジ推薦者が決まらないらしい。なのでいい人物がいないかを聞かれたというのだ。

「ほら、貴方よくポケモン勝負見に行っているし、やってみたいんじゃないかと思って」

そう言われて、確かに興味はあると頷いた。
前世を含めて私はポケモンを手にしたことがない。我が家では両親も珍しくポケモンを所持していないし、ペットのような存在としてもいなかったので、私は外にでて見かける野生のポケモンと、スクールにいるポケモンなどしか知らなかった。
ポケモンというのは愛らしいが、飼うにはそれ相応の財力と覚悟がいる。生き物を飼うというのはそういうことだ。だからこそ、私は前世では一匹も一緒にいることはできなかったのだし。
けれど、カブを見ていれば憧れは自然と生まれた。それは前世からそうであったし、今でもそうだ。けれどなんとなく前世のこともあって両親からポケモンの話が出ても欲しいなどということは言ったことはなかったし。当然勝負もしたことがない。
でも、私はもう普通の健康な少年だ。周囲でもポケモンを所持している子もいる。
以前はできなかったことを、もうできるのだ。

「やってみたいな、ジムチャレンジ」

自然と口からそう出てきて、少し胸が高鳴った。


始めに手に入れたのはコータスだった。
父親の知り合いのトレーナーにポケモンの捕まえ方や戦い方を教えてもらっている最中に、ジムチャレンジをするなら最初の一匹は持っていないとと言われたときに、咄嗟に出てきたのがコータスだった。
カブの手持ちポケモンで、彼との出会いのきっかけになった子。自分でも女々しいとは思うが、そういう思い入れもあって好きなポケモンだったから最初だったらその子がよかったのだ。
手伝ってもらい、コータスを捕まえた。最初は警戒されたけれど、すぐに仲良くなれた。
慣れない世話は大変だったけれど、初めてポケモンと一緒にいられる、いてもいいのだと分かってとても嬉しかったし、感動した。
ジムチャレンジは、他のいい推薦者がいなかったのか、私が選ばれることとなった。棚から牡丹餅とはこのことだろう。
そしてコータスと一緒のジムチャレンジが始まった。その中でいくつかのポケモンを手に入れたけれど、なんだか手持ちがだんだんとドラゴンタイプが多くなっていって、どんどんドラゴンというものに愛着がわくようになってしまった。
カブが炎タイプのポケモンばかり使う理由がなんとなく分かってしまった。と言ってもコータスは炎タイプなので、それはそれ。
時折挫折を味わいながらもどうにかジム戦を勝ち進んでいった。当然、エンジンジムのジムチャレンジもしたけれど、まだマイナーリーグにいたカブとは戦えずに終わった。いつか戦いたいな、なんて今まで思わなかったことを想いながら。

そうして旅をしていけば、いつの間にかジムバッジを全て集めきり、友達も増えていた。
名前はダンデ。彼もジムチャレンジャーで、強い選手だった。出会って話が盛り上がってからは、時折戦う仲だった。戦っては私が勝ち、彼が勝ち。五分五分の勝負を繰り広げていた。
そうして最後に訪れるのはポケモンリーグのトーナメント。そこで勝利を収めれば、チャンピオンにさえなることができる。

チャンピオンに挑む前に戦い、そこまで私はやって来た。
スタジアムのコートに立っているのが信じれなかった。前世ではベッドにいた時間がほとんどだった私が、旅をして、ポケモンたちと一緒に戦って、今では観客に見られながらここにいる。
対する相手は私のライバル、と言っていいんだろう――ダンデだった。

「ここにいるのが信じれない」
「そうか? キバナだったらここまで来るって思ってたぜ!」

緊張はしているのだろう。けれどそれ以上に心躍っている様子のダンデに思わず笑みが浮かぶ。

「俺もそう思ってた」

旅をしている中で、色々と学んだ。新しい一歩を踏み出せたと思う。
その中での一番の収穫は、男として歩んでいく覚悟だった。今までは前世やその前の人生から、男性の身体や考えがなかなか全てを受け入れられていなかったけれど、男としての人生も楽しんでみようという考えになれた。
それはきっと、素晴らしい体験と、良い友人のお陰だろう。男でも女でも、性別が変わっても人生は楽しめる。

ボールを手に持ち、ダンデを見やる。
どちらが勝っても負けても文句なしだ。ああ、カブの気持ちがよくわかる。だって、こんなに高揚するんだもの。そりゃあ、どこまでも戦っていたくなる。

「勝負だ、ダンデ!」

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bkm