- ナノ -

鬼ごっこ
ワイルドエリア。ガラル地方にある広大な公園のような場所で、ポケモントレーナーなら誰でも出入りができる。しかし同時にポケモンたちの楽園となっており、強力なポケモンが生息しているため年間を通して負傷者や行方不明者が絶えない恐怖のエリアともなっている。

そんなエリアで、私は野生のポケモンたちを相手取り舐められずに何年も過ごしている。それは何故か。当然私が強いからだ。といっても、初めから強かったわけではない。生まれてからいろんなポケモンたちと戦い、勝ち、時には負けながらも死なないように必死で生きてきた。だからこそ悠然とこのワイルドエリアの色々なところへ好きに行けるのだ。
だが、そんな私でも苦手な相手がいる。それは近年やってきたワイルドエリアの各場所にいる人間たちだ。ワイルドエリアの見回りとトレーナーの手助けをしているらしいが、私にとってはいい迷惑だ。

私は人間ではない。ポケモンだ。へんしんポケモンと言われているメタモン。よくゲームでは厳選のための卵のために重宝されるあいつだ。
元々人間で、しかもポケモンがゲームとして発売されていた世界にいきていたが、転生してメタモンになっていたのだ。だが、メタモンとして生活しているがいくらか強くなった今では昔馴染みの人間の姿となって活動することが多い。
そうするとどうなるかといえば、他の人間に出会うと高確率で話しかけられるのだ。トレーナーというのは一応に社交性が高いというか、よく話しかけてくる。情報収集も大事なのはわかるが、私はポケモンだ。最初はバッグも持たない女性として歩き回っていたから、心配されてワイルドエリアから出て行かされそうになってしまった。
私はポケモンだ。人間ではない。当然身分として自信を保証できるものもないし、身寄りもない。そんな私が街に出て満足に生活できるわけもないし、そもそもワイルドエリアにはポケモンの友達がいるのだ。彼らと会えなくなるのは嫌だ。
そして現れてた見回りとトレーナーの手助けの人々。確かリーグスタッフとかなんとかなのっていたが、私にとってはいい迷惑だ。

今では私も学び、よくいるトレーナーみたいな格好に変身してはいるものの変に探られると困ってしまう。なので出来るだけ私は人間を見つけたら逃げるようにしている。くそ、強さでいえばちょっとしたトレーナーぐらい一捻りなのに。

人間から転生してしまって困っていることといえばそれぐらいか。最初は混乱したものの今ではポケモン生活を満喫している。人間に邪魔されたくないと思うぐらいには。

そんなある日、いつもと分からず人間の姿でワイルドエリアを循環していれば(トレーナーに痛めつけられているポケモンとかを見つけて仲裁に入ってボコボコにしたりとかしているのだ)一人のトレーナーが目に入った。
咄嗟に草陰に隠れたが、そのトレーナーはこちらに気づくことなく歩いていく。
なんとなくその後ろ姿を眺める。赤い服装が特徴的なトレーナーだった。あれは時折みるユニホームだったか。だが、それよりも気になるのは荷物が極端に少ないところ、なんだかただならぬ雰囲気を背負っているところか。

……このワイルドエリア、見回りの人間が来てから減ってはいるもののいろいろな原因で人が死ぬことがある。それは実力不足だったり、未来が見えなくなった人間があえてやってきたり。
実力不足で死ぬのは仕方がない。人間が登山をするようなものだ。どんな覚悟や備えがあっても自然の脅威というのはそれを超えてくる。ワイルドエリアとはそういったところだ。
しかし後者の自殺志願者は気にくわない。ワイルドエリアはポケモンたちの楽園だ。そこに人間がやってくるのも面倒なのに、そこで死なれては生態系が崩れる可能性がある。

周囲を見回してみるが、残念ながらその赤いユニホームの人間以外に人は見つからない。眉を潜めた後に、仕方なくそのへんのトレーナーのような姿に変身してその後ろ姿を追いかけた。

「そこの人、そんな軽装じゃワイルドエリアじゃ凍えちゃうよ」
「え? ああ、トレーナーの人か」
「そうだよ。で、そんな軽装備で何やってるの?」
「……僕のこと知らないんですか?」

あるっていく先の天候が吹雪だったために、途中で様子見をやめて声をかける。と、かけた先でそんなことを言われて思わず眉間にシワがよった。
なんだこの人。
顔を見てみれば、おそらくこの地方の人間ではないのだろう。特徴的な烏の濡れ羽色の様な黒髪と黒目、黄色っぽい肌に低い身長の男性。このガラル地方は海外っぽいので、日本人っぽい彼をみるとなんとなく懐かしさを覚える。
しかし、知らないんですかと来るか。なんだ有名人なのか?

「生憎と世間のことはあまり詳しくないからね。君はそんなに有名人なの?」
「あ、いや……すみません、一応ジムリーダーをしているので」
「……」

ジムリーダー?
再び眉間にシワが刻まれる。今度はさきほどよりも深くだ。なにしろ、このワイルドエリアにやってくるトレーナーたちは大体ジムにチャレンジするための途中経路として、またはレベル上げのためにやってくるのだ。別にそれが悪いこととは言わないが、その途中でいなくなる人間が多いのも事実。
真面目そうな顔立ちをした男は、困った様に私の険しい顔を見ていた。一つ咳払いをして会話を再開する。

「で、そんなジムリーダーさんがこんなところでなにやってるの?」
「訓練をしようと思って」
「……ジムリーダーならバックも持たずポケモンさえいればワイルドエリアでも平気なの?」

彼は本当にユニホームだけしか着ていないし、腰にポケモンボールを携えているだけだ。
しかも顔色悪いし。ユニホームと言っても半袖半ズボンだ。野生のポケモンが対象にいる中でそんな様子では命取りだということぐらい普通のジムリーダーならわかりそうなものだが。
それとも

「そんなに強いの?」
「っ!」

思い至ったことを問うてみれば、想定していたのとは違う反応が返ってきて目を丸くした。
これは、怯えているのだろうか。
弱い進化前のポケモンが、レベルの高い強力なポケモンと出会った時に似ている。

「い、や……僕は」
「……まぁいいや、その先吹雪だから行かない方がいいよ」
「え?」
「私そっちから来たから、寒そうな服でそっちに行こうとしてたから声かけただけ。どんな強いトレーナーでもポケモンでも隙をつかれたらいつでも命取りだからね。気をつけなよ」

早口でそれらを告げて、そのまま背中を見せる。
怯えたポケモンに対して怖がらなくていいと近寄るのは逆効果だ。怖がって逃げてしまうのがオチである。それと一緒にするわけではないが、まぁ人間も似た様なものだろう。ここでさらに話しかけては腰がひけるばかりだ。
そもそも吹雪の方向へ行こうとしていたから呼び止めただけだ。伝えた上でそちらへいくのなら自業自得だ。

早足で草木の間に潜っていき、すぐに変身をとく。
ちょっと男を見てみれば、困惑した様な顔をしていた。
その場に座り込み、何か悩む様に俯いていたがしばらくすると立ち上がり、私が言っていた吹雪の方ではなく自分がやってきた道のりを歩き出した。
することもなかったので、そのまま見ていれば途中ポケモンと遭遇して戦うことがあっても自分のポケモンをひんしにさせることなくワイルドエリアの入り口にたどり着いていた。そこでリーグスタッフとやらと話していたので、もしかしたら確かに有名人なのかもしれない。ジムリーダーだし。
しかし暗い人だったな。赤い服に似合わないが、そういう人なんだろうと思うことにして私は日課のきのみ拾いに行くことにした。


また赤いユニホームの男が来た。
今度はなんか、ものすごく暗い顔をしている。なんかこう、死にかけみたいな。
しかし今回は前回行ったことを気にしたのか、厚そうなコートを着ていた。だがコートだけだ。あいかわらずバックなどは持っていない。なんだあいつ死にたいのか?
そして今回も吹雪いているエリアへ進んでいった。もしかして自分から吹雪の場所へ行っているのだろうか。そういえば前にみたバトル風景だと炎タイプを使っていたな。そうするとレベル上げのために氷タイプを探しているのだろうか。

ジムリーダーといっていたし、別に弱いわけではない様なのでそのまま草葉の陰から眺める。別に自殺志願者でなければいいのだ。気にする必要もない。いや別に気にしているわけではないが。

男が歩いていく中で当然ポケモンに遭遇することがあった。戦いながら進んでいき、吹雪エリアに到着。そこでもポケモンと戦っていたのだが、手持ちのポケモンが凍り状態になり、そのままでは倒されてしまう、というところでどうにか逃げ出していた。
まぁ他にもポケモンいるし大丈夫だろう。とそろそろ氷ポケモンに挨拶にでも行こうかと動き出したところで逃げ出した男が木の木陰に座り込んだのを見かけた。

なんだ? なにしてるんだ?
気になって観察していたら、その場で自分のポケモンがはいったモンボを見つめていた。
……そういえばコートをきていてきづかなかったが、あの男あれ以外のモンボ、持ってなくないか?

「前ぶりだね。そんなところで何してんの」
「えっ!? あ、き、君は、確か前に……」
「そう。で、そこで何してるの」
「いや……その、ポケモンが状態異常になってしまって、休んでたところで」
「凍り状態?」
「そ、そうです」
「薬とか持ってないの?」
「その……手ぶらで来てしまったから」

……やっぱり自殺志願者か?
このワイルドエリアでポケモン一匹、しかも回復薬なしでやってくるとか死にに来ているとしか思えない。
しかしあれこれ言ってまた怯えられても面倒だ。私は口をつぐみ、バッグの中からきのみを取り出した。黄色い洋梨の様な見た目の実。

「それは、ナナシの実?」
「よく知ってるね。そうだよ、ほら、食べさせてあげなよ」
「え、でも」
「でもも何もない。別にお金取ろうってわけじゃないし、ポケモンがかわいそうでしょ」

遠慮しそうな姿勢を見せた男に、押しつける様にナナシの実を渡す。
無理やり手渡され、手に持った男。まぁこれで死ぬ確率は下がったな。
そう内心思っていれば、男が急に俯いてしまった。え、なんだ?

「どうしたの、寒い?」

体温が低下してきたのか? 人間の体は軟弱だから、ポケモンに較べると天候の変化を受けやすい。厚手ではあるもののコートだけだし、ポケモンだけじゃなくて男もやばかったのか。
人にナナシの実を食べさせたらどうだろうかと考え始めたところで、男が泣いているのに気付いた。
……え、泣いて……え?

「な、なんで泣いてるんだ」
「いや、違うんだ。ごめん、なんで涙が」
「いや、こっちが聞きたい。それにこんな気温で泣いたら目が凍るぞ」

何が起こったのかときいてみれば、本人もわからないという始末。
やっぱり……こいつ自殺志願者だ。
時折いるのだ。こういうやつが。死のうとしてワイルドエリアにやってくるけど、何か少しでも優しくされると涙を流して本当は死にたくない、ただ自分が不必要な人間なのだと思っているだけという。
まぁ、人間界も色々あるだろう。人間関係、仕事、金銭問題。悩みは尽きないはずだ。だがワイルドエリアで死ぬのはやめろ。生態系が崩れるからな。
とりあえず目を潰されるわけにはいかないので、ハンカチを作り出して無理やり顔を上げさせて顔面を拭く。間抜けな声が聞こえるが知らぬふりだ。

「ちょ、ちょっと!」
「いいから。ここじゃ私が先輩だよ」

文句を言おうとする男を黙らせて、目の縁を親指でなぞる。どうやら涙は止まったみたいだな。

「で、なんでワイルドエリアに?」
「えっ」
「なんか事情があって来たんでしょ。何もなければこんなところにきて泣いたりしないでしょ」

そういうと男は顔を逸らす。
何故こんなことを聞くかといえば、こうして話させれば大体が次はもう来なくなるから。他でのたれ死んでいるのか、それとも前を向いたのかは知らないがワイルドエリアには訪れなくなる。話して何かしら答えを得たのだろう。だから今回も同じだ。

早く話せと見つめれいれば、観念した様に男が口を開く。

「鍛えにきたんだ、僕は弱いから」
「弱い?」
「うん。最近、メジャークラスからマイナークラスに降格してしまったんだ」

鎮痛そうに話す男。そうか、そんな事情が……

「ちなみにメジャーとマイナーって何か違うの?」
「えっ!? 知らないのか!?」
「どんな知識でも知らない人はいるでしょ。で、そのクラスに生死がかかってたりするの?」
「い、いや……そういうものではないけれど」

違うのか。
今まで聞いて来た人間の話だと家に借金取りが来たとか、仕事の上司が殺したいぐらいに憎いとかそういう話だったから、意外と深い悩みではなさそうだ。
説明を聞いてみれば、ジムリーダーの中ではメジャークラスとマイナークラスがあり、メジャークラスが強い、マイナークラスが弱いと格付けされているらしい。
そしてジムリーダーはあまりにも弱いと資格を剥奪されてしまうと。じゃあ剥奪されたのかと思えば、まだそういうわけではないそうだ。だが勝負で勝てず、マイナークラスへ落ちてどうすればいいかわからないと。

「ふぅん」
「……随分と軽く聞いてくれるね」
「まぁ、初めて知った世界だし」
「そう、だよね」
「でも周りが強くなったなら自分も強くなればいいじゃない」
「っ、それができたら苦労していない!」

突然語尾が荒くなった男を見てみれば、こんな天気なのに汗を流していた。脂汗だろうか。しかし大声を出した後にハッとした顔をしてすぐに顔を伏せてしまった。

「……ワイルドエリアのポケモンたちは、自分が周りより弱くなったら二通りの選択肢を取る」
「……二通り?」
「そう。一つ目は弱いことを自覚して、強者から逃げ、安全地帯でひっそりと生きること」
「逃げる……」
「逃げるって言ってもこれは賢いことだよ。勝てない相手に挑むと、自分が死にかねない。なまじ死ななかったとしても傷を受けてしまう」
「……」
「そして二つ目は、強くなること」

木の影で吹雪の空を見上げる。わたしもこんな中で、死にかけたこともあった。

「自分が死にかけようと、傷を受けようと、自分より強いものに挑んでいく。戦略を考えて、弱さから脱却しようとする」
「それは……けど、死んでしまうんじゃ」
「そりゃそうだよ。勝てなきゃ死ぬ。ポケモンの世界は人間の世界みたいに秩序だってないからね。死ぬときは死ぬよ」
「それじゃ意味がないじゃないか」
「……でも、それを乗り越えなきゃ強くなれない。ま、そりゃあ死にたくないからね。死なない様にそこまでレベルが上じゃないやつを頑張って見つけたり、相手のタイプとは不利な環境で戦ったりはするだろうけど」
「……そこまでして、強くなりたいのか」

ボソリと呟いた男に、思わず笑った。

「そりゃそうだ。強くなりたいよ。ぶちのめされた相手をぶちのめしてやりたい。倒してやりたい。自分が強いってわからせて、自由に生きたいって誰だって思うだろうよ」
「……人間と似ているんだね」
「逆逆、人間がポケモンに似てるんだよ。闘争本能ってやつ? 私はそこまでじゃないけど、君なんか強めにありそうだよね」
「……そうかもしれない」

負けたら勝ちたくなる。生物としての本能だ。性格にもよるが、ポケモンはそういった感覚が鋭い。それが生存に直結するからだろう。私も今こうして好きにワイルドエリアを動ける様になるのには相応の苦労があった。死にそうになったことだってある。
別に、私はそういった気持ちが多いわけではないからこのワイルドエリアで頂点を取る! なんてことは考えたことはないが、そうして日々努力するポケモンもいるわけだ。
そしてこの男はそういった闘争本能が人間としては多い方なのだろう。先ほどのマイナーやらメジャーの話も、プライドや名声よりも「勝つ」ことの方が重要そうだったし。
難しそうな顔をする男に、一つ笑いながら問う。

「強くなる方法、知りたい?」
「それは! それは、もちろん……知りたいよ」
「ふふふ、強くなるにはね。がむしゃらになるしかないんだよ」
「がむしゃら?」
「そう、ポケモンの技よろしく、ただ突き進むしかない」
「……それが方法?」
「なに、その顔。私はそうやって強くなったよ。最初から正解なんてわかるわけがない。自分に合った方法とか考え出したら、普通にしてたんじゃいつまで経ってもたどり着かない。だからがむしゃらに試してみるしかないんだよ」

これは本当だ。そもそもポケモン同士は強くなる方法を共有したりしない。同じ種族だったらありえるけど、メタモンは集団で行動とかをあまりしないのだ。
だから私は一人で強くなるしかなかった。自由を得るために、人生を楽しむために。

「がむしゃら、か」
「そうそう。君まだ若いんだし、自分のスタイルが分かるまで頑張りなよ」
「若いって……僕もそろそろいい年だけどね」

いい感じに丸く収めようとしたところで、そんなことを呟いた男。確かにアジア系は若く見えるだけで実は歳をとっていることが多い。じっとその顔を見つめ、シワの感じや掌を見つめて答えを出す。

「三十路」
「え」
「三十ぐらいでしょ。まだ三十五はいかないね」
「……三十二です」
「当たった」

ま、三十二でもまだまだ若いけど。
私は前世で二十代後半で死んで、今はもう十年は生きてる。合わせればまだ男の方が年下だろう。
ニンマリと笑えば、呆気にとられた表情の男がよくわかりましたね。という。

「君よりは物知りだからね」
「僕のことも知らなかったのに?」
「うるさいなぁ。だったら私の耳に自然に入ってくるぐらい有名になりなよ」
「……頑張るよ」

少し控えめに、しかしはっきりとそう告げた男に大丈夫そうだと腕を組んだ。



「あ、君!」
「げ」

赤いユニホームに黒いリュックサック。それが男、カブのトレードマークになった。
彼とはよくワイルドエリアで出会う様になってしまった。私は人間の姿で散歩をするのが趣味なので、歩いているとこうして声をかけられる。
ジムリーダーというのは暇なのか、それとも私の散歩の時間とよく会うのか。
しかし今回はタイミングが悪かった。

「どうしたんだい、バッグも身につけないで」
「……今回はちょっと、歩いてただけだから」
「歩いてただけって、ポケモンもつれてないのか!?」
「いや……ちょっと忘れ物を取りに来ただけだから」
「何言ってるんだ。そんなんじゃ怪我じゃ済まないだろう」

若干怒りの入った口調で詰ってくるカブに、内心どの口がと思いながらも言い返せずに口籠る。
ちょっと寝床の近くにあるきのみを取りに来ただけだったのだ。遠くのエリアに行こうとしたわけでもない。というのに、この男は。
一通り説教を受けた後に(私の時はあんなに優しくしたのに!)私はなぜかカブに手を引かれて彼のテントへとつれてこられていた。なんでだ。

「僕にああいってくれてたのに、らしくない」
「まぁ、そういうときもあるでしょ」
「……もしかして、何かあったのかい」

いや何もないわ。きのみ取りに来ただけだわ。
そう言いたいのを堪え、別の話題をふる。

「そういうカブはどうなの。勝てる様になった?」
「いや、なかなか……なんでもやってみてるけど、当然だけど評判が悪くてちょっとめげそうだよ」
「ふぅん」
「……また軽く聞いてくれるね」

以前の話題をきにしつつも、話したかったことなのかペラペラと話すカブに適当に相槌を打つ。それに対して前と同じ様な反応をされるのを、カブが作ったカレーを食べながら聴く。

「だって、そいつらはカブじゃないでしょ」
「僕じゃない?」
「勝てないって悩んでる本人じゃないし、そこまでして勝ちたいって思ってるのはカブでしょ」
「そう、だね」
「それに、評判が悪くてやめるんだったらそれもそれでアリだと思うし」
「強くなるのをやめるってことだよ?」
「そこまで固執することじゃなかったってことでしょ。人生大事なことは強くなる以外にもあるんだし。それも悪い判断じゃないと思うよ」

マイナークラスといったって、そのクラスのジムリーダーも他にもいるのだろう。強くなれなければ職を失って明日の生活に困るというのなら別だが、そういうわけでないのならあえて悪評をたてなくてもいいだろう。
カブは何か考える様な目をした後に、目を閉じて口を開いた。

「でも、僕は強くなりたい」
「なら、がむしゃらにやるしかないね」
「……強くなれるかな」
「さぁ」
「さぁって」
「だって人には向き不向きがあるでしょ」
「うん……」
「でもその中でカブは強くなりたいって思った。なら、やるしかない。諦められないんだったら進むしかないんだから」

私がポケモンになったとき、とても混乱したし、生きていけるのかと思った。けど、死にたくなかったからやるしかなかった。
それと同じとは絶対に言わない。なにせ私の時は生死がかかっていたのだ。けど、願っている点は違わない。強くなりたい、生きたいと願うのなら行動しかない。

「君の言葉は、いつも重みがあるね」
「そう? ま、相談料はこのカレーってことにしておくよ」
「いつのまに……結構食べるね、君」

そりゃあまあ、ポケモンですし。
きのみも好きだが、人間の味だって忘れられない。毎回声をかけられるのは困るが、カレーが食べられるならば悪くはないかもしれない。
満たされたお腹に満足していれば、そういえば。という風にカブが聞いてくる。

「君、いい加減名前を教えてくれないか」
「またそれ? いいじゃない名前ぐらい」
「名前ぐらいって、すごく大事なことだろう」

またこれだ。
カブはあの吹雪以降、名乗ったと思ったら名前を聞いてくる様になった。
これは普通にこまる。なにせ私の名前はメタモンだ。ニックネームなんてものも当然捕まっていないのだからない。
カブの認識では名前はとても重要なものらしく、教えろと言ってくるがないものはないのだ。
表情豊かなカブだが、この時は真顔で迫ってくるのでやりづらい。それぐらい知りたいのだとは思うが、なんてかわしたものか。

「教えたくないのか?」
「まぁ、そうかもね」
「……僕が弱いから?」

いや、なんでそうなる。
以前の、暗い表情になったカブに眉間にシワがよる。
こうも落ち込まれるとこれはこれで面倒だ。かわすのではなくて、何か都合のよい言葉を投げかけた方がいいだろう。しかし、そうは言っても何をいうか。
考えて、ふと思いついたことがポロリと声に出た。

「ナマエ……」
「ナマエ? それが名前なのかい」
「あ、あー、えっと」
「へぇ、ここじゃあ珍しいね。もしかして、ご両親がガラルの出身じゃないとか?」
「あーー、うん。そう。だから恥ずかしくて」
「そんなことない。いい名前だと思うよ」

嬉しそうに笑みを浮かべられて、訂正しようにもできないことを知る。
こぼれ落ちたのは前世での名前だ。これを使おうかと思ったが、この地方だと珍しいかと思って別のにしようとしたのだが……これはこれでカブにはよかったらしい。
手に持っていたスプーンをさらに置いて、その場から立ち上がる。

「ナマエ?」
「じゃあ、私は忘れ物取りに来ただけだから、もう帰るね」
「え!? いや、出口まで送って行くよ!」
「別にいいよ。私ベテランだし。いい道も知ってるからさ、心配しないでよ」
「いや、するよ! って、ちょっと待って!」

カレーの皿を押し付けて、カブの制止を聞かずにその場から走り出す。
一瞬戸惑ったカブの視線から、岩の影になる様にして隠れて変身をといた。そしてそのまま茂みに隠れる。
皿を置いて駆けつけてきたカブが私がいなくなったところで周囲を見回すが、当然そこに私はいない。
何度か名前を叫ばれるが、もちろん返事は返ってこない。
意外と長い間、名前を呼びながら辺りを探していたが、見つかるはずもない。匂いを辿ろうとしたのかだしたウェンディも首を横に振っていた。匂いをごまかすために落ちていたきのみを体に擦り付けたのがよかったな。
流石に諦めたのか、カブはテント道具をしまってそのまま帰っていった。

次の日。もしやと思い今度はちゃんとバッグを持って先日と同じ場所に行ってみたら、カブがあたりをポケモンと一緒に私を探し回っていた。
声をかけたら安堵されるとともに、かなりでかい声で怒られた。それが意外と怖く、怒らせたら怖いタイプなのだなと思ったのだった。





カブはよくワイルドエリアにやってくるが、最近はくる頻度が減った様に思う。といっても2日ごとにきていたのが一週間ごとになったとかそのぐらいだが。2日の一度は来すぎだろう。
しかしカブとも長い付き合いとなり、見かけたらこちらから声をかけるぐらいにはなっていた。いくら変身できるといってもカレーまでは作れないからね。

「本当によく食べるね」
「いいじゃない。きのみは提供してるんだし」

カレーを口に運んでいれば、そんなことを言われる。嫌味かと思ったが、面持ちが穏やかだったのでそういうわけではないらしい。
カブは相変わらず勝つために色々と試行錯誤をしているようだった。それでも勝てたり勝てなかったりと、自分に合う「方法」とやらには巡り合えていないらしい。
私といえば、相変わらずきのみ集めをしたり、ポケモンに挨拶まわりをしたり、人間が死にかけていたら死体が残らないように生かしてやったりしている生活だ。

「ナマエってなんの仕事してるんだい」
「私?」
「ああ。君と出会ってしばらく経つけど、私生活が謎だから」

なんの仕事といわれても。人間ではないので、お金は必要ない。当然仕事もしていないし、そもそもワイルドエリアから出たことがないのでどんな仕事があるかどうかわからない。普通に現代と同じと考えていいのだろうか。
しかし、ぱっといい職業が出てくるわけでもない。フリーター? いやいや、言い方が悪い。

「旅人? みたいな」
「……」
「なにその顔!」

めちゃくちゃ渋い顔をされた。確かに今回のカレーはきのみ的に渋口カレーだが、それが原因じゃないだろ! カブは、いや、すまない。と口に出したが、その目は「仕事についていないんだな……」と如実に語っている。おいやめろ、せめて顔には出すな! 分かりやすいんだよ!
睨みつけてやれば、慌てて顔を戻された。

「でも、トレーナーじゃないんだね」
「トレーナー?」
「そう。ポケモンで戦っているところを見たことないし。でも一匹も持ってないってわけじゃないんだろう?」
「……まぁ、トレーナーではないね」

質問にたいして濁しつつ、ひとつだけ答えを返す。
ポケモンなんて持っていない。自分はポケモンだ。人間ではないのだから、自分の身は自分で守れる。だが、モンボを持っていないというわけではない。ワイルドエリアは人間の落とし物が探せばいくらでも出てくる。モンボもちょっと草木を分ければ出てくるので、ちょっとした記念に持っているのだ。モンスターボールの本物となると、どうしてもアニメやゲームをやっていた身としては欲しくなってしまう。

「トレーナーになる気はないのかい」
「ないけど」
「そうか、残念だな」

自分の寝床に置いてあるいろんな種類のボールに想いを馳せつつ、トレーナーになる気はないとはっきり言ったら言葉とともに本気で残念そうにされた。
その横顔に、そんなにいいもんかと思う。

「バトルって楽しいの?」
「そりゃあそうだよ! 負ければとても悔しいけれど、勝つために戦略を練ったり、ポケモンと一緒に努力したり、訓練したり、すごく楽しい!」
「うお……」

勢いつよ……。
しかし、そのバトルで自殺志願者になっていたカブだというのにこうも強く主張してくるか。

「入れ込むからこそ、負けた時が苦しい?」
「それは……そう、だね。とても、悔しいし、ずっと勝てないとなんのために戦っているか分からなくなる」
「それでもいいものなの? ポケモン勝負って」
「……うん。奥深くて、魅力的で。生きてるって気がするんだ」

それはまた……。闘争本能が強い人間だなぁ。
しかし、だからこそ人間が繁栄しているのだろう。ポケモンをゲットして戦わせる。ポケモン側としては一見残酷だが、そうすることで特殊な技や攻撃を持たない人間が戦えるようになる。そして互いにポケモンで競い合えばポケモンの扱いがうまくなり、さらに強くなるというわけだ。本能としては間違っていない。
と、カブがいいたいのはそういうことではないのだろうが。
だが、生きてる。か、

「ちょっと、興味は出てきたかも」
「ほんとかい!? なら、一緒にポケモンを捕まえようか。それとも特訓するかい!」
「いや、興味が出ただけだから、別にポケモン捕まえも特訓もしないから」

ばっさりそう言い切ると、カブは肩を下ろして「そうか……」と勢いをなくした。
無理やり誘うようなことはしないようだ。安心した。
ポケモン勝負。興味が出たのは本当だが、実際の勝負は昔に嫌になる程やった。やりたくないと思っていても。そういう勝負はいやだが、きっとカブの言っているのは、ポケモンと協力して勝利をもぎ取ることなのだろう。生死をかけた戦いではなく、純粋な強さを求めたトレーナーとポケモンたちとのチームワークでの戦い。

「興味だけ、ね」




『バトルってそんなに楽しいもんかね』
『俺は楽しいけどな。勝った瞬間は清々しいし』
『へぇ、ゲンガーって好きなんだ。勝負』
『まぁな。だからこそお前に負けたのはずっと覚えてるけどな!』
『ふぅん、やっぱりポケモンも勝負は楽しいんだ』
『おい聞いてんのかよ』

岩辺に座りながら私の影に入っているゲンガーと意味もない会話をする。
ポケモン勝負。私としては自分の命に関わるので、楽しむようなことではない。けど、ポケモンによっては勝負事が好きなのもいるし、このゲンガーもそうらしい。
まぁ、自分の命がかかっていなければ楽しいと思うのも一理あるのかもしれない。

そんなことを思いながら「楽しい」と昔にいった張本人のことを思い浮かべていれば、噂をすればなんとやらで赤いユニホームの人間が現れた。

「ナマエ!」

あちらも私を見つけたらしく、ぱっと表情を輝かせる。
そのようすに、いつもと違うのを察した。随分機嫌がいいようだ。
岩辺から立ち上がって歩いて近づこうとすれば、相手が走り出した。しかも猛スピード。餌を前に出されたポケモンかな? と思いつつ、歩く必要もないとその場で彼をまった。

「やっと手応えがあったんだ!」
「それってポケモン勝負?」
「ああ! そうなんだ、昨日青年と戦ってね、今はもうチャンピョンなんだけど、その子がとても強くて! でもいいところまでいったんだ!」
「うんうん。分かったからちょっと落ち着け?」

どうやら昨日戦った、というバトルの興奮が覚めていないらしい。
顔を紅潮させてあれだこれだと語るカブに、おもわず笑みが浮かんだ。ああ、どうやら本当にいい試合だったらしい。初めてだな、ここまで嬉しそうなカブを見るのは。

「……ナマエ」
「ん? どうしたの?」
「い、いや……すごく、穏やかに笑ってたから」

と、そんな私の笑顔に言及してきたカブに、そこまで普段と違う笑い方だったかと頬を触る。どこか困ったような、紅潮した顔色はそのままなカブは先ほどまでの勢いがなくなっていた。

「純粋に嬉しかったからね」
「嬉しいって、なにがだい?」
「カブが嬉しそうにしてるのが」

そういえば、耳が赤く染まっていくのがわかった。なんだ、照れてるのか。
純朴だなぁ、もう四十にもなるだろうに。
そこまで考えて、カブとかなり長い間こんな関係を結んでいるのだと知る。初めて会ったのがカブが32だから、もう8年か。
私の人生の三分の一はいっていると気付いて、少々驚いてしまう。が、だからこそ喜ぶのも不思議ではないだろう。

「……彼、ダンテとい子なんだが、バトルの才能があって若くしてチャンピョンになったんだ」
「へぇ、強い子なんだね」
「うん。その子とトーナメントで当たってね、運がないなとおもってたんだ。正直」
「なるほど」
「でも、彼は本当に強い。だから、戦えること事態は嬉しかった」
「カブらしいね」
「はは、それでね。やっぱり苦戦したよ。最初の方は勢いではいけたんだけどね。けど、途中から状態異常や継続的にダメージを与える方法に変えたんだ。そしたら、彼の動きが読めるようになったんだ」
「動き?」
「そう、トレーナーはポケモンの状態には気を使う。それによって技の成功や調子さえも左右されるからね。だからこそ、考えが読みやすくなったんだ」
「そういう手もあるんだね」
「うん。それで、次の手を予想しながら戦っていったんだ。最終的には力押しで負けてしまったけど」
「けど?」
「……とても、楽しかった」

へにゃり、という効果音がお似合いだろう。
随分と柔らかい笑みに、楽しいだけではないのだと理解できた。
純粋にバトルを楽しいと思えたことへの安堵、なのではないだろうか。カブはバトルを楽しいといっていた。けれど、苦しんでもいた。自分に合う方法がわからずに、負ける苦しみの中でいていた。

「……よかったね。カブ」
「ナマエのおかげだ。がむしゃらにやって、ようやく僕の「方法」を見つけられた」

おかげときたか。
大袈裟なカブに、それでも悪い気分はしない。

「じゃあ、今日もカレーよろしくね」
「うん。ナマエのためだったらいつだって作るよ。恩人だからね」

また大袈裟だ。自信が溢れていますとでもいうようなカブの顔に、再び笑みが溢れた。



閑話休題

一時期、ストレスのせいか味がよくわからない時期があった。
別に、味覚障害ではないけれど美味しいものを食べても美味しいと感じられなくなってしまっていた時の話だ。

「ん〜うまっ」
「そんなに美味しいかな」
「美味しいね。私この味好き」
「じゃあ次もこの味を作るよ」

自分では美味しいのか不味いのかよくわからない。けれど、一緒に鍋を囲む彼女はカレーに関してはいつも感想を言ってくれていた。
自分の好きな味、嫌いな味。はっきりきっぱりと言う。地域性なのか、それとも彼女の元来の性格なのかは分からなかったが、僕としては有り難かった。
彼女は口の中の食べ物を飲み下してから僕に向かっていう。

「それはいいよ」
「なぜだい。好きなんじゃないのか?」
「好きだけど、作ってるのはカブなんだし。カブが作りたいように作りなよ」

好きなように、か。
彼女はとても自由だ。ワイルドエリアを好きなように歩き回って、思うがままを口にする。謎が多い彼女だが、その生き方を僕は尊敬していた。
助けられたことは数えきれない。何かに迷った時、まるで僕の葛藤をしっていたかのようにヒントをくれる。だが、答えをくれることは決してない。

「作りたいっていってもな……」
「なんかないの、食べたい味」
「難しいことをいうね」

味覚も壊れているし、食べたい味というのも見当がつかない。
それに眉を潜めた彼女は、自分の顎を人なでした。

「じゃあ、あんまり食べない味とか挑戦したみたら」
「食べない味?」
「そ、ガラルじゃ食べられない味とか」

また、謎かけのようなことを言ってくる。
しかしそれに目を閉じて真剣に考える。彼女のいうことには全て意味がある。いや、ないようにも思えるけど、僕にとっては大事なことが詰まっているのだ。
しばらく考えて、思い浮かんだ言葉を舌に乗せてみる。

「おふくろの、あじ?」
「おふくろ? お母さん?」
「そう。僕はホウエン地方出身なんだけど、随分長く帰っていないから」
「いいんじゃない。次はそれ作りなよ」
「え、でもレシピなんてわからないよ」
「それは見様見真似でいいでしょ。横から口出ししてあげるよ」

適当だ。相変わらず。
でも、彼女と作るなら失敗してもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、じゃあ次に。と約束をしたのだった。

ワイルドエリアに行くまでに、おふくろの味というのを思い出そうといろいろと考えた。入れるきのみや調味料。すっぱかったか濃かったか。
けど、昔のことなのでなかなか思い出せないままやってきてしまった。
彼女を探して歩いていれば、数時間して見つけることができた。ワイルドエリアにはポケモンとの訓練のために来ているはずなのだが、彼女を見つけるために歩き回るのは恒例になっているし、ポケモンたちも一緒に探してくれる。
一時期訓練ではなくて、彼女を探すためにワイルドエリアにきていたこともあったから、その時の名残かもしれない。

彼女はワイルドエリアの色々なところにいて、比較的安全な場所にいることもあれば強力なポケモンが生息する地帯でのんびりと寝転んでいる時もある。
最初の頃は冷や冷やしたし、何度かバックも持たずいたところにも遭遇し、なにを考えているんだと思ったけれど、周囲のポケモンは彼女を襲うような感じは見られなかったし、彼女自身も警戒をしていないようなので摩訶不思議だ。
守らなければという気持ちと、守らなくても大丈夫そうな雰囲気にちぐはぐとした気持ちになる。けれど、心配なものは心配だ。

探していれば、今日は入り口の近くの安全な場所にいて内心ほっとした。

「ナマエ」
「カブ、やっほ」

ひらりと手をあげて挨拶する彼女に、同じく手を振り返す。
そのまま彼女のところへ行くと何かを待つように座りながら僕を見てきて、首を傾げた。

「鍋、つくらないの?」
「え、あ、うん。作るけど、もう作るのかい?」
「あ、まだつくらないの? じゃあ作るときになったら呼んで」

よっこいしょ、と立ち上がってしまう彼女にカレーのために待っていたのかと目を瞬かせた。どうやら、なんだか彼女は今日のカレーを楽しみにしていたらしい。
それならば待たせるのは悪い。待ってくれと制止して、テントの準備を始めた。

「いいの?」
「うん。君も待っててくれたし」

別に待ってないけど。という言葉を聞きながら、なぜか緩んんでしまう顔を見られない様にキャンプの準備を進めていった。

今回は持ってきた荷物が多かった。何しろレシピのわからないおふくろの味の再現だ。家からあるだけホウエン地方の調味料を持ってきたからいつもより荷物が重い。
調味料を並べていけば、ナマエが興味深そうに眺めてくる。そして時折、これはなんだと聞いてくる。それに答えながらも、食材を用意して鍋に向き合った。

「とりあえず、じゃかいもとにんじんを入れて……調味料は、これかな?」
「あとこれとか入れなよ」
「え? でも酸っぱくなるよ」
「いいからいいから」
「まぁ、食べるのは僕とポケモンと、もちろん君もだからね。あとは……」
「あとこれも」
「あ! せめて許可をとってから入れてくれ!」

二人で言い合いながら……基本的にはナマエが無許可で調味料を好きに入れながら調理を進める。
最終的にはよくわからない組み合わせになり、とりあえず煮詰めればどうにかなるだろうとかき混ぜること数十分。

「……いい匂いだね」
「そうね。もういいんじゃない?」
「そうだね」

出来上がったのは、なかなかに食欲をそそる匂いのするカレーだった。いや、でもカレーにしては水っぽい。やはりカレーに関する調味料を一切入れなかったのが原因か……?
カレーなのかわからない料理を皿によそう。ポケモンたちの前に置くと、彼らもカレーとは認識しなかった様でしきりに首を傾げていた。

「おいしそー」

好き勝手隣で鍋に調味料を入れていた本人はどこか嬉しげに皿を眺めている。
まぁ、まずくはないだろうと、スプーンで一つじゃがいもをすくい上げた。そのまま口元へと運んで行くと、鼻をかけぬけた匂いになぜか実家を思い出した。

「っ、これ、肉じゃがじゃないか!」

どうして気づかなかったのかわからないぐらいに、ホウエンの実家でよく食べた料理だった。材料が違っていたりはするものの、味は紛れもなく肉じゃがだ。
ガラルへやってきて、久しく食べていなかったそれ。
思わずナマエを見やる。

「うま〜〜」

彼女は、幸せそうに肉じゃがを頬張っていた。
その姿に、何か言おうとしていた言葉が消えてなくなった。
気を取り直して、再び肉じゃがを口にする。やはり、懐かしい味がした。ホウエンの味……おふくろの味だった。

「……カブ? カブって、もしかしなくても泣き虫?」
「うるさいな……そんなこと、ないよ」

そんなことはない。人前で泣いたことなんて数える程度だ。けど、彼女にはそう言われてしまっても仕方がないかもしれない。
悲しいわけではない、苦しいわけではない。それなのに、彼女といると涙が出てしまう。止められない。止めなくてもいいように思ってしまう。
彼女は1度目のように、ハンカチを出して顔を拭ってくれる。こういう時、彼女は優しい。

「おいしいね」
「……うん。とても、おいしい」

それからだった。再び美味しいものをきちんと美味しいと感じ取れるようになったのは。




それからのカブは見違えるように変わった。
行くべき道を見つけた人間はこうも強いのかと思う。やってくるたびに今度は勝ったんだ、負けたけどいい線にいっていた、次は負けない、また勝った。と色々。
日々が充実しているのに比例してワイルドエリアにくる回数も減っていた。一週間に一度だったのが二週間に一度ほど。まぁそれでもトレーナーでは来ている方だ。
目をキラキラさせて、少年のような顔のカブ。いい年だというのに、そこまで熱中できるものがあるというのは幸せなことだと思う。

そして私はといえば、人生について考えていた。

「……もう、会えない?」
「そう。一応伝えておこうかと思って」

呆然。という言葉がぴったりな様子のカブにそう続ける。
私はワイルドエリアから出ようと決めた。一緒に行ってくると言ってくれた仲間たちと共に。それはバトルが楽しいと言ったゲンガーだったり、外の世界を見てみたいといったギャラドスだったりした。
ワイルドエリアでのんびり暮らす日々は楽しい。ずっとこうして居たいぐらいだ。でも、カブの話を聞いて考え直したのだ。
私は確かに生きるために頑張った。そして今その成果として安寧を得ている。けれど、それだけいいのだろうか。こうして平穏の中で生きるというのは、本当に「生きている」というのだろうか。
と、難しいことをこねくり回してみたが、簡単に言うと外の世界を見てみたいと思ったのだ。私はワイルドエリアから出たことがない。この地域、ガラル地方とやらを何一つ知らない。カレー以外の食べ物だってあるだろうし、小説や漫画、ポケモン世界独特の専門書やワイルドエリアだけでは会えないポケモンもいるだろう。
そう考えたら、ここで燻っているのがなんとなくつまらなく思えてしまったのだ。
自由に生きてみたい。ワイルドエリアだけじゃなくて、その外でも。

そんなことを軽く掻い摘んで伝えてみたら、カブに勢い良く手を掴まれた。

「えっ、なに?」
「それなら、一人で行くことは、ないんじゃないかな」
「一人でって、基本的にトレーナーって一人でしょ」

カブの物言いがよくわからずにとりあえず考えついたことを口に出す。
そうすれば、カブは苦しむように眉を寄せた。どうしたんだ、いったい。

「また、ワイルドエリアにくればいいじゃないか。そんな、会えなくなることなんて」
「でも色々旅をするし、こうやって会えることはなくなるよ」

今まではずっとワイルドエリアにいたから、カブが来たらいつでも会えた。いつだってどこかしらにはいたから。でも、これからはそうはならない。私はここからいなくなる。そりゃあ、時折はやってくるだろうけれど、それだけだ。タイミングがカブと会うとは思えない。
それに、そもそも人間としての体の形も変える予定だ。もうカブが私を私だと理解できることはなくなるだろう。
会えなくなることはカブも分かっているのだろう。口籠る彼に、内心がっかりした。トレーナーになろうと思ったのはカブの言葉がきっかけだった。それなのに、喜んでくれないのか。楽しい楽しいと言っていたときは勧めてさえ来てくれていたのに。

「私がトレーナーになるの、嫌なら嫌でいいけどさ。止められはしないよ」
「それは……分かってるけど」

なら、なぜそこまで頑とするのか。私の手を掴む強さは変わらないし。
ちょっと腕を引っ張ってみるが、緩まる気配はない。
どうしようかと思っていれば、こちらを見つめるカブと目があった。何か言いたいことがあるらしい。

「君は、ナマエは、いったい何者なんだ?」
「え? 何者って、今のところただの旅人だけど」
「……それにしてはワイルドエリアでの様子がおかしいだろう。それに、僕以外に君のことを聞いても、ナマエのことを知っている人は少なかった。知っていても、皆、こういうんだ……ワイルドエリアの亡霊、と」

亡霊。
つまり、私は幽霊扱いされていたと。まぁ、カブ以外の人を見つけても自殺志願者とか以外は話しかけられ得るのが面倒で変身をといて姿を消していたし、そう思われても無理はないかもしれない。
しかし、だからといって何者と聞かれても困るものだ。

「今カブが手をつかんでるんだし、幽霊ではないでしょ」
「それは、僕も知っているよ。けれど、僕も君のこと知らない。名前がナマエということぐらいしか」

それは確かにそうだ。いろいろと聞かれたこともあるが、あとで忘れて整合性を保つのが面倒で誤魔化すようにしていたのだ。カブも私が話す気がないとわかると気にしつつも深くまでは聞いてこなかったから話してはこなかったけれど。
カブは苦しげに続ける。

「ここで別れてしまったら……本当に、もう二度と会えなくなってしまうような気がする」

見つめてくる瞳が嫌に真っ直ぐで、誤魔化しがもう効かないことを悟った。
人間と関わるのは楽しい。けれど、関わりすぎるとやはり良くないらしい。残念だけど。

「……そうだね。もう会えないよ。私とは」
「ナマエ?」
「もう、会えなくなるからいうよ」

だから、観念しよう。そしてお別れだ。
私は自由に生きていく。カブは一皮むけて新しい自分になれた。それでいいじゃないか。あの時の自殺志願者はいなくなり、今や立派な赤いユニホームのジムリーダーがそこにいる。
最初にあった時と比べて、ずいぶんしわが増えたし、白髪が目立つようになった。
この人生の半分以上はカブと一緒にいたのか。そう考えると、少しだけ名残惜しい気もした。
カブの不安げな目が私を捕らえる。

「私は人間じゃない」
「え、じゃあ」
「幽霊でもない。……ポケモンだよ」

そう言うのと同時に、カブの掴んでいた私の手がどろりと溶ける。
カブが目を見開いて、一歩下がる。どろどろに溶けた私の体がカブの掌を伝って、地面へと落ちた。そしてそのまま私の足元へ勢い良く吸い込まれる。

「ぽ、ポケモン、だって?」
「そう。メタモン。姿ももう変えるから、たとえ会ったとしても私だとわからない」

言いながら、どう去ろうかと考えて、追いかけてこられないように空へ逃げようと考えついた。空を見上げるとバタフリーがいて、ちょうどいいとそれを模倣する。
えーと、背中のこの辺で。
イメージすれば、変身のさいに作っていた服部分を突きやぶってバタフリーの羽が勢いよく生えてくる。バリッと音がして、羽から鱗粉が舞う。

「っ、翅が」
「じゃあ、今まで楽しかったよ。ありがとね」
「ま、待ってくれ!」

待てと言われて待つ奴はいない。
私は身体を軽量化し、そのまま羽を動かして宙へと浮く。人間の体に生やしてってのは初めてやったから変な感覚だ。
カブは手を伸ばすが、その手から逃れるように空へと舞い上がった。

「ナマエ!」

名前を呼ばれる。
その名で呼ばれるのも、これがきっと最後だろう。次は別の名前を使うつもりだ。もっとガラルっぽい、洋風な名前を。

「じゃあね」

ひらりと手を振って、そのまま背を向けて空を目指す。
さて、どこへ行こうか。とりあえず人の目に触れないところまで。
それから集めていたボールに入れた仲間たちと、どこにいくかを決めよう。
彼に会えなくなるのは寂しいけれど、きっと楽しいことがたくさんある。空から一望できるガラルはキラキラと輝いているようで、とても眩しく見えた。
きっとこれが、カブの見ていた世界なんだろうな。

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bkm