- ナノ -

運命の人
炎のジムリーダー。あの人を見た瞬間に、運命の人だと気付いたのだ。

私は今までで三つの人生を歩んでいる。
一つ、二つは一般女性として生きた。そして今歩んでいる三度目。これは中々に刺激的な日々となっている。
まず男になった。初めての男の生。一度は男になってみたかったのはあるのでこれはこれでよし。次にジムリーダーとなった。実はこの世界はポケットモンスターの世界だったりするのだ。これについては二度目の人生からそうだったので驚きはしなかったが、ジムリーダーになるとは思っていなかった。ジムリーダーというのはポケモンの世界ではチャンピョンに次ぐ憧れの職業と言っていいだろう。せっかくだからチャンピョンになってやろう! と一念発起しポケモンたちと切磋琢磨し始めたらいつのまにかドラゴンタイプのジムリーダーになっていた。ちなみにチャンピョンにはなれていない。私より一歩二歩先を行くトレーナーがいたのだ。正直めちゃくちゃ頑張っているから悔しいどころではないのだが、それでも強いトレーナーがいるというのは心が躍るため飽きのこない生活をさせてもらっている。目標があるというのはいいことだ。
そんな刺激的な人生も20年を過ぎ、男の体にも充分慣れたある日。

衝撃的な出会いをすることになった。

「彼はカブ。知っている人もいるかもしれないけど、エンジンシティのジムリーダーを再び任せることになった炎タイプの使い手だよ」
「ご紹介に預かりました、カブです。すでに知っている人もいるかもしれないけど、改めてよろしく頼むよ」

このガラル地方の実質的な長といっていいローズ委員長からの招集でジムリーダーたちが大都会シュートシティに集められ、そこで新しい炎タイプのジムリーダーの発表がおこなわれた。ジムリーダーという職業は普通の職とは違い、元々のジムリーダーが指定して次のジムリーダーに任命したり、純粋に強さを競い合いその座を奪い合ったりする。
今回もそんな世代交代が行われたのだろう。詳しくはしらないが、どうやら元から知り合いだったらしいヤローとルリナが早速カブと名乗った背の低い年配の男性のところへいってお祝いの言葉を投げかけている。
私はと言えば、その人物を見るのはこの人生で初めてだった。
だが、知らないわけではなかった。きっと、一目でも見るのがもっと早ければすぐにきづいていたであろう、彼。

ヤローとルリナの嬉しそうな声が遠くに聞こえる。少しばかり緊張した面持ちで二人に感謝の言葉を述べるあの人。彼しか目に入らなかった。

「キバナ、キバナ。おい、どうしたんだ?」
「……ダンテ」
「ぼーっとしていたぞ。体調でも悪いのか?」
「いや……」

どうやら何度が話しかけられていたらしい。チャンピョンのダンテに心配され、自分の世界に入り込んでいたことに気づいた。
けれど、そうもなるだろう。

「運命の人を見つけただけだ」
「は」

だって、二度目の人生の愛する人を見つけたのだから。


一度目の人生は、生涯愛する人を見つけるには至らなかった。それよりも趣味が充実していたし、それが私の幸せだった。
二度目は、幸運なことに好きな人ができた。さらに幸運なことに相手も私のことを好きだと言ってくれた。付き合い出して、生涯ともにいることを誓った。けれど私はその誓いを破ることになる。もちろん浮気などではない。私は体が弱かったのだ。体を壊し、彼を置いて、二十代半ばで命を落とした。
三度目の人生では、一度目の人生は覚えていたものの二度目の人生は記憶になかった。封印されていたのかキッカケがなかっただけなのか。それでも二度目のことはすっかり抜け落ちたままポケモントレーナーとなり、ジムリーダーとなった。
そして、新しい炎タイプのジムリーダー就任紹介で「彼」を見て二度目の人生を全て思い出した。
なにしろ、彼だったのだから。好きになった人、生涯を誓った人。そして、病に倒れ誓いを破ってしまった相手。

「カブさん」
「君は確かナックルシティの」
「はい、ナックルシティのジムリーダーやってます。キバナです」
「ああ、ドラゴンタイプの使い手だったね」
「その通りっす。いや、知っててもらってるなんて嬉しいです」
「君は有名だからね」
「いやいや、普通ですよ」

ジムリーダー就任紹介といっても、代々的にパーティなどするわけではない。月に一度のローズ委員長とジムリーダーたちが集まる会議で触れられるだけだ。
何か大きな問題さえなければ取りだたされない。ローズ委員長の性格もあるのか、ジムリーダーの変更はかなり自由だ。だからこそ報告もそれぐらい。
会議も一通りおわり、それぞれが帰るために席を立つ。そんな中でカブさんは初めて出席ということもあり周囲には他のジムリーダーが挨拶のために集まっていた。それらが捌けるのを根気よく待って、最後ヤローとルリナだけとなったところで彼に声をかけた。

「なに、礼儀正しいわね……」
「ははは、あ、カブさんこれ俺のリーグカードです。電話番号も書いておいたんで何かあったら連絡ください。なんでも協力するんで」
「驚いた、親切なんだね」
「ははは」
「キバナさん?」

ルリナとヤローが戸惑いを隠しきれないような顔でいってくるが、なにもそこまで驚かなくてもいいだろう。一応これでも他のジムリーダーにも親切にしているつもりなのだが。
当然、カブさんが特別であるのは言わずもがなであるが。
二人の反応に眉を動かしつつ、それでもリーグカードを受け取ってくれたカブさんに笑みを返す。

「僕のリーグカードも渡しておくよ。電話番号は書いてないんだが」
「いいっすよ。俺のところにかけてもらえれば分かるんで。あ、わざわざ後でかけてもらうのも申し訳ないんで、面倒っすけど今やってもらうのはできますかね」
「ああ、もちろん」

カブさんがポケットからスマホを取り出すのを微笑ましく眺める。カブさんはスマホを上手に扱えるのだろうか、結構最新機器とかには疎い人だったから、スマホに変えていることも驚きだ。
見ていれば、彼は人差し指で慎重にスマホの画面を突き出した。それに内心納得しながら拳を握りしめる。どうやら彼は変わっていないようだ。

「もしかしてスマホに変えたばっかりとかっすか?」
「実はそうなんだよ。おじさんにはちょっと難しいね」
「よかったら、やり方俺様が教えましょうか?」
「いいのかい?」
「もちろんっすよ。一応世代なんで、一通りのことは分かりますよ」
「なら、ちょっと教えてもらってもいいかな」
「はい。あ、俺の電話番号せっかくなんで登録しておきますね。電話帳からタップ一つで電話かけられるんで、電話番号打たなくても大丈夫ですよ」
「何から何まで悪いね」
「いやいや、これぐらいふつーー」
「いや普通じゃないでしょ!」

カブさんのスマホを手にとって、操作を見せながら電話番号を登録しようとしていたところで横槍が入ってきた。見るからに警戒しているルリナが私を見ていて、申し訳ないと思いながらもあと数分でいいから見守っていてくれないかと願った。意味はないが。

「なんだよー、なんもおかしいところなんてないだろ」
「いやー、ここまでキバナさんが親切なの見たことないですよ」
「それはそれこれはこれとして」

ヤローにまで突っ込まれつつ、横目でカブさんのスマホをいじり自分の電話番号を登録した。しかもお気に入り登録というものにしたので一番上に出る。スマホをいじりまくっていた自分を褒めてあげたい。

「キバナくん、今のどうやったんだい? 早くてよく分からなかったんだが……」
「あ、じゃあもう一回やりますんで、見ててくださいねー」

でもカブさんがもう一度と言うのならもちろんもう一度やりますとも。
終始ルリナとヤローに変な目で見られながらもカブさんが分かるようにゆっくりと教えていったのだった。



カブさんにしっかりと教え終わり、ありがとうなんてお礼の言葉ももらってその場は別れた。そのままナックルシティまで戻ろうかと思っていたら、玄関先でダンテが何もせずに立っていた。

「そんなところで何やってんだ?」
「君の様子がおかしかったから気になって待っていたんだ」
「んなことねぇって。あ、どっか寄ってくか?」
「それもいいな。ちょうど腹が減ってたんだ」
「なら上手いところ知ってるぜ」

自分を待っていたというダンテを連れて、夕飯を食べにショートシティへくりだす。にしても様子がおかしいか。確かにそう感じられても仕方がないかもしれない。なんていったって「運命の人を見つけた」だからな。
あまり人に知られていない秘密基地的な店をチョイスして中へ入る。この地方のチャンピョンやジムリーダーは企業と提携してCMやらコラボ商品やらを行っているため、一般人へのアイドル的な人気がある。そのためあまり人が多いところだとゆっくり話をすることができないのだ。
少し薄暗い店内の角の席に座って、注文をつげる。

「それで、カブさんに何かあるのか?」
「何かって、別に何もねぇよ」
「そうとは思えないぞ。君は確かに人と距離を縮めるのは早いが、あそこまでぐいぐい行くこともなかっただろう」
「よく見てんなぁ」

先にやってきた水を飲みながらダンテの言葉に耳を傾ける。これで何年もライバル同士なわけだし、それなりに仲はいいがここまでズバリと言われるとは。まぁ、どんな相手に対しても彼はそうかもしれないが。
ダンテは至って真剣な目で言葉を重ねてくる。

「運命の人なのか?」

その言葉に、思わず口の中の水を吹き出しそうになりどうにか口を塞ぐことで耐える。
いや、確かに私はそういった。だがあまりにも直球だ。真剣なダンテの顔をびしょぬれにせずに終わってよかったと思いつつ、答えを返す。

「そうだよ」
「……何か理由があるのか? お前がそんなことを言うなんて初めてじゃないか」
「まぁ、そうだな……理由はあるが、たぶん信じられないと思うぜ」
「言えないことなのか?」
「そう言うわけじゃねぇけど」

そうこう話していれば食事が運ばれてくる。ピザが3枚にジンジャエールが二つ。
噎せたために傷んだ喉にジンジャエールを流し込み、炭酸にもう一度大きく咳をした。
ダンテは変わらずこちらを見つめており、私のことを信じ切ると断言しているような顔だ。全く、そんな顔をされてもと思うが。

「何十年も前の話だ」
「ほう、俺と会う前か?」
「そう。俺様はあの人のことが好きだったんだ。けど、事情があって離れることになった」
「そうなのか」
「ああ。随分昔のことで、俺様もあの人に会うまで忘れてた。けど、思い出してみたら、もう、やっぱり好きなんだよな」

口に出してみて、自分の気持ちの重みに気付いてその場で腕を杖に項垂れた。好き、カブさんが好きだ。添い遂げられなかったことで、さらにその重みが増したのか二度目の人生の時よりも強烈に好きなのだと感じる。
カブさんとしては、何十年も前の記憶だろう。もしかしたらいい人もいるのかもしれない。けど、そうなのだと分かるまでは努力させてほしい。

「……それは、カブさんには言わないのか?」
「言っても俺様が誰かか分からねぇよ」
「……俺にはお前の言っていることの方がわからないな。そのぐらいだったらいくらでも信じるし、あの人だって覚えててくれてると思うぞ」

手厳しい正論を聞きながらピザを手にとった。それをみてダンテも同じようにピザを手を伸ばす。トマト味のピザを咀嚼しながら、カブさんを想う。
二度目の人生では、ホウエン地方に住む農家の出身だった。飾りっ気なく素朴に育ってネット環境もなかったから質素に暮らしていたものだ。そんな時に修行と称してやってきたのがカブさんだった。近くに住んでいるからと何かと話すようになって、そうしたら真面目で実直なのがわかっていって。気づけば好きになっていた。
その頃は黒髪で長髪のカブさんより少し背の低い、当然ながら女性だった。

「似ても似つかないからな、覚えてるとかそういう問題じゃないんだよ」
「どういうことだ?」
「……例えば、女だった奴が男になってたら誰だって分からなくなるだろ」

三角の一番鋭角な部分が欠けたピザでダンテを指差しながら言えば、きょとんとした目をされた後に一つ頷かれた。

「つまり、キバナは女から男になったってことか!」
「なっ、あ!?」
「違うのか?」

なんというか、こいつの野生の感は凄まじいし恐ろしい。
でかい声を出したが、確認してくるダンテに上手い返し方が思い浮かばない。ダンテは口にトマトソースをつけながらじっとこちらを見つめてくる。ああ、これだからチャンピョンは。

「……当たらずも遠からずってとこだ」
「そうか。しかしそれなら言いづらいもの納得がいく」

前世のことについて(全てはわかっていないものの)納得がいくと言われてしまった。
心強いのか不安要素なのかわからないが、とりあえずふに落ちたらしいダンテはそのまま勢いをつけてピザを食べ始めた。話をしていたから自重をしていたらしい。
私はというと、ジンジャエールを飲み込んでカブさんのことを考えていた。
次に会えるのは会議のある一ヶ月後か……。



以下、書く予定のないネタ

・キバナ主、バイと申告してみる
・居心地がいいという発言を父親といる感覚だと勘違いされる主
・心に決めた人がいるからと真剣告白をふられる主
・ダンテに背中を押される回
・本当のことを決意をもっていう回
・女性ファンはいいのに、男性ファンには嫉妬しちゃうカブさん回

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bkm