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過去の憧れにて3
端的にいえば、信じらもらえなかった。
そりゃそうである。私だってこれだけで信じてもらおうとは思ってはいなかった。
そう分かってはいても、あの狂人を見るような目はやはり慣れない。私が周囲に前世の話をしない理由の一つだ。
本当に必要だと思う人にしか前世については告げていない。それは両親であったり、ポケモンであったり。両親に告げるにも迷ったが、愛した手持のポケモンを放っておくことはできなかったし、ポケモンを引き取るためには引き取ってくれていた両親に話をつけなければならなかった。
しかし、信頼している人だからこそ「理解できない」という目で見られるのは中々に来るものだ。
カブの場合は、困惑が大きかったようだがやはり……簡単に言うと引かれるのは心に刺さる。

『まぁ、突然言っても信じられないのは当然だと思うので、次のトーナメント戦で勝ち上がってください』

それだけ言って、逃げるように去った。
若干卑怯だとは思いつつ、何か追求されても良い返答ができるとも思えなかった。
半ば衝動的であったため、説得する材料をしっかり揃えていたわけでもない。
理解するためには、やはりポケモン勝負が1番だろう。前世の私の取り柄はそれだけだったし、彼との繋がりもそこに限る。
それに……私も戦いたい。いまの彼と。過去の私として。

しかし、あんなことを言ってポケモン勝負の時までは会いづらいが、それはお互いジムリーダーとしての役目があるから問題はないだろう。次に会う時はジムチャレンジャーが勝ち上がってくるトーナメントでだろう。
楽しみだな、と思う。
ともすれば、ダンテと戦う以上に。

「久しぶりに出番かもしれないぞ、お前たち」

家に保管してある古いモンスターボールを撫でれば、中のポケモンたちが笑うように身を震わせた。




様々なアクシデントに襲われつつも、トーナメントは無事に開催された。
アクシデントというのが、ローズ委員長の暴走だ。暴走、と一言で片付けられるものかわからないか、彼はダイマックスのエネルギーを1000年先も継続させるために一匹のポケモンを復活させていた。で、場所が私がジムを受け持っているナックルシティ。
トーナメント開催目前だったが、突然起こった地震や空の異様な変化によりトーナメントは中断。起こった現象の解決に当たった。
ジムリーダーやジムチャレンジを行なっていたトレーナーたちまでも駆け回り、どうにか事態は収束した。異常事態を引き起こしていたポケモンは捕獲され、ローズ委員長は逮捕された。
赤い光やダイマックス化する野生ポケモンなど予兆はあったが、ここまで大ごとになるとはというのが正直な感想だ。何かしら悪巧みをする団体があったわけでもなかったので完全に気を抜いていた。
別の地方とはいえ、ポケモンの知識があるというのにあまり協力できなかったのは落ち度だが、ローズ委員長関連以外の逮捕者などが出なかったのはよかったというべきか。

そんなことがありつつ、再びトーナメントは開催された。
ローズ委員長はいなくなってしまったが、その代わりにダンテが場を仕切る。
思うところはあるが、いま私にできることは、全力を出し切ることだけだ。

トーナメントは完全にランダムだ。
戦う相手は直前にわかる。トーナメント表が開示され、一回戦の私の相手はメロンさんだった。彼女は今はジムを息子のマクワに任せてはいるものの元ジムリーダーだ。そしてなにより、氷タイプ。ドラゴンタイプの天敵だ。

「あら、あたしとなんてついてないね」
「……いや、勝ちますよ」

メロンさんは強い。いわゆるシビアな戦い方をしてくる。相手を凍らせ、天候を変化させ自分に有利になるように動いていく。何度もその強さと戦い方に圧倒され負けてきた。だが、残念ながら今回はそうはいかない。
メロンさんが目を瞬かせるが、それに笑みだけで返す。
今回は、約束があるのだ。

リーグスタッフの声により、メロンさんともども移動を始める。
そんな自分の背にカブの視線が投げかけられているのを無視して。

観客の声援と、ある種の熱気。それをコートで感じながら、入場してきたメロンさんと向き合う。どこか警戒した面持ちの彼女に勘がいいと内心思う。

「残念だけど、今回もあたしが勝たせてもらうよ」
「こちらこそ、残念ですが勝たせませんよ」
「……なーんか余裕そうだねぇ。調子狂うよ」
「まぁちょっと、戦わないといけない相手がいるんで」
「ダンテかい?」
「今回は違います。見てれば分かると思うんで……今回は大人気なくいきます」

そう、大人気ない。ドラゴン一択ではいかない。
初出の、しかし私にとってはなじみ深いポケモンを使わせてもらう。彼女は少し眉を潜め、それから厳しく笑った。

「いい度胸じゃないかい。あんたみたいなのが大人気なんて持ってなくていいさ。全力できな!」
「なら、お言葉に甘えさせてもらいますよ!」

お互いに宣戦布告を果たし、それぞれの位置につく。
握ったボールは年月を感じさせる傷や汚れのついたモンスターボールだ。ジュラルドンなどのドラゴンタイプのポケモンたちはハイパーボールに入っている。これは、以前のポケモンだ。口元に寄せ、小さく声をかける。すると戦いたくてたまらないとでもいうようにガタガタと動いて、思わず口角があがる。

「いけ、コータス!!」

灰色の噴煙を巻き上げ、赤い体に黒色の甲羅を持ったコータスが現れる。
観客のざわめきと彼女の鋭い視線。だが彼女はすぐに承知したように自らのポケモンへと指示を出す。
氷タイプへの対策としての炎タイプのコータス。そう思っていることだろう、当然それは間違いじゃない。だが、それだけでもない。

「大人気ないが、叩き潰す」

何せ、目的はあの子なのだ。



メロンさんの膨れっ面、初めて見るかもしれない。
なにせメロンさんは大人な女性だ。試合で負けたとしても悔しがりはしても、相手の強さを認めて讃える心の広さがある。それに、そもそも私は彼女と勝負をして勝利した喜びの表情しか見たことがないのだ。

「そんな顔しないでくださいよ。大人気なくいくって言ったじゃないっすか」
「だとしてもなんだいあれは! 誰かから譲ってもらったポケモンかい? それともずっと隠してたのかい? どっちにしたって気分がよくないよ!」
「あー……昔一緒に旅してたポケモンで、今はドラゴンタイプが主流なんで使ってなかったんすよ」

メロンさんがこうも怒るのも無理はない。なんて言ったってコータス一匹の独壇場だったのだ。よくポケモンのゲームでジムの適性レベルより遥か上まで成長させてしまって、最初の一匹だけでジムリーダーのポケモンを全て倒してしまうあれだ。
あれをしてしまった。相手のプライドをへし折るには十分だ。
当然ゲームではないのでそう上手くはいかなかったが、そこはコータスとの長年のコンビネーションとコータス自身のやる気で突破してしまった。
急所を何度も連続して出すなんて聞いてなかったよ私も。
そんなコータスは今、私の横で噴煙を巻き上げて嬉しそうに甲羅を掃除されている。私はメロンさんと話しながらも、コータスの甲羅を磨いていたりする。

「とにかく! 次は絶対に倒すからね! コータスもスタメンから外すんじゃないよ!」
「あーー、はい。メロンさんがいいなら」
「当たり前だろう! これで次からいなくて勝っても気持ちよくなんかないからね」

腕を組んで睨みつけてくるメロンさんに、こんな時なのに可愛げを感じてしまって苦笑いが浮かぶ。やはり、ポケモンバトルに命を燃やす人々は負けたり舐められたりするのが1番嫌なわけだ。心から同意する。
だから今回の勝負は負い目もある。目当ては彼なのだから、彼女にコータスを使わなくてもよかったのではと。だが、確実に勝負をしなくてはならなかった。それは決定事項だ。だから多少汚い手は使わせてもらう。今後はしっかりと正面切って戦わせてもらうが。

一通り怒って落ち着いたのか、メロンさんの目がようやく垂れ目に戻る。それに一安心して、息をついた。

「にしても、あんたが戦いたい相手ってのは一体誰なんだい?」

冷静になったらしいメロンさんが入場前の会話の続きを口にする。
それにどう答えようかと思い、無意識的に控え室に移るコートの映像に目線を転じた。
そこにはルリナと戦うカブがおり、水と炎の相性によりかなり苦戦しているようだった。しかしどちらが勝つのか負けるのかはわからない、接戦の戦いが繰り広げられている。
私の目線に気づいたメロンさんが相手をあてに来る。

「ルリナかい?」
「いや、違います」

短く否定をして、熱い戦いを繰り広げている二人を見つめる。
苦手な相性相手にここまで上手く立ち回るか。本当に成長したのだと実感する。私とはことなる成長の仕方だ。私ただただ、力をつけて相性の良いポケモンをぶつけてねじ伏せるやり方をして来た。正当法だとは思うが、面白みのない戦い方だ。
けれど彼は違う、炎タイプに誇りをもってそれを追求している。挫折もあったろうに、それすら乗り越えて。
拳を握りしめる。ああ、気持ちがいい。心臓が燃えるようだ!

「ポケモンの組み換えに行ってくる」
「使うポケモンを変えるのかい?」
「勿論」

コータスをボールに戻し、腰に装着する。
こちらを見てくるドラゴンタイプの手持ち達には悪いが、今回は戦ってもらわなくてはならないポケモン達がいるのだ。

「まだどっちが勝つか分からないよ」

当然といえば当然の指摘に、思わず笑う。

「勝ち上がってくれなきゃ困るさ」

ひっそりとそう呟いて、メロンさんに礼をいうように手を振ってエレベーターへと足を向ける。きっと、彼ならたどり着いてくれるだろう。そう思えて仕方がない。それがただの願望だとしても、胸が躍る。
置いて行った彼への罪悪感のようなそれから始まったのに、今では私が楽しみで仕方がなくなっていた。

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bkm