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過去の憧れにて2
ジムチャレンジャーたちはなかなかにいい顔ぶれが揃っているように思えた。
ジムチャレンジは毎年行われており、失敗しても次の年にまた挑むことができる。そのため老若男女、様々な人々がジムチャレンジに参加する。
ちょうど私やダンテがジムチャレンジを行った時期、10歳ぐらいの子供たちも参加していた。
ダンテは確か初めてのジムチャレンジのあと、そのままチャンピョンへと挑み勝利してそのころからずっとチャンピョンの座を誰にも譲っていない。
今日はダンテとエキシビジョンマッチを行った。まぁ大衆に対してのエンターテイメントとしての本気ではない勝負というやつだ。派手にやればいいのだ。
このガラル地方にはポケモン勝負では独特の「ダイマックス」というポケモンの巨大化が存在する。隕石を加工し身につけると、そこから発生するエネルギーでポケモンを巨大化させることができるのだ。私はもちろんそんな新しい勝負の仕方にワクワクしたし、そのダイマックスを使用して勝利をもぎ取ってきた。
そうだ。エキシビジョンマッチといえど、ただのエンターテイメントではない。ポケモンたちは本気で勝ち星を掴みに行き、そしてそれはトレーナーだっておなじだ。

……何をどういっても変わらない。ダンテに負けた。10連敗だ。

「ごめんなジェラルドン」

ボールの中でこちらを心配そうに見やる長年の相棒に謝罪をこぼす。
今回もいいところまでは行ったのだ。けどダメだった。レベル差か、それとも相性か。機転か勘か。そのどれでもあるんだろう。ゲームと違ってその場の臨機応変な対応を必要とされる実際のバトル。才能というものを感じずにはいられない。
……ドラゴンタイプに拘っているのがやはりダメなのか。ダメなんだろうな。でもドラゴンだって複合タイプとかいるわけだし、やっぱり私の実力か。
勘が鈍ったかなと頭をかく。ホウエン地方にいた頃はこれでもジムも制覇して四天王を倒してチャンピョンまで倒したんだが。まぁチャンピョンにならずに逃げ出したけど。チャンピョンとして居座っていたら好きにバトルできないし。

昔の栄光に縋っても意味ないな。やめよう。
一人シュートシティの川沿いのベンチに座って空を見上げる。
負けると目の前が真っ暗になる、とはよくいうが、本当にそんな気分だ。悔しくて前がみれずにバンダナを下げてしまう。いやはや、いくら生きていてもこの感情は制御しきれないものだ。

と、見上げていた空に見知った顔が突然飛び出してきた。

「キバナくん?」
「うぉあ!? か、カブさん?」

飛び上がるほどに驚いて、慌てて姿勢を正す。
声をかけてきたのはエンジンシティのジムリーダーであるカブさんだ。
年齢は四十から五十ほどだろうか。ロマンスグレーの髪と白髪の髪色だが、衰えが全く見えない肉体の持ち主である。炎タイプを扱う人物で、ジムチャレンジでは最初の関門と言われているとか。
しかし、そんな彼がどうして私に声をかけてきたんだろうか。
年齢が離れていることもあって、彼とはあまり話したことはないのだが。

「驚かせてしまったかな。ごめんね」
「あ、いや、全然大丈夫ですけど。どうしたんですか?」
「なんだか元気がなさそうだったから、声をかけてしまったんだよ」

真面目そうな、ともすれば強面ともおもえる顔から繰り出される労りの言葉に少し拍子抜けしてしまった。
カブさんはホウエン地方の出身で、背は低い方だ。私なんかはガラル地方のthe若者。という感じで身長が馬鹿みたいに高い。が、カブさんは年齢に見合った硬い表情をよくしていて、私は笑った顔はみたことがない。言葉も母国語ではないからかカッチリとしていてこういってはなんだか近寄りづらさもあった。特に、私のように世間からは軽く思われるような生き方をしている身としては。
だが、彼自身は見た目とは違うようだ。偏見の目で見てしまっていたことに僅かな気まずさを感じつつ、笑顔で対応する。

「まぁ、ダンテに負けた後はいつもこんな感じなんすよ。悔しいは悔しいんで」
「そうか……。僕も毎回見させてもらっているけど、いつもいい勝負をしているね。負けてしまったことは残念だろうけど」
「あはは、そうなんすよね。勝負自体は楽しいんすけど。毎回負けてるってなると」
「毎年キバナくんも思考錯誤して実力をあげていっているのは見ていて分かるよ、最初の頃は結構力押しだったけど最近は変化球も多く使っているし」

そう告げるカブさんは昔を思い出しているような表情だ。
最初の頃で力押しだった頃というと、やっぱりダンテがチャンピョンになりたてだった頃か。あの頃は前の人生が忘れられずに特殊技などは滅多に使わなかったな、って。

「そ、それ何年前の話ですか?」
「確か、10年前ぐらいだったかな」
「そんな前から俺たちの試合見てるんですか!?」
「うん。特にダンテや君の試合は興味深いからできるだけ見るようにしているよ」
「へ、へぇ……」

なんともまぁ昔から観戦されていたものだ。
なんだか若干気恥ずかしい、誰にでも黒歴史というものはあるもので、1番はホウエン時代の戦闘狂時代だが、力任せに勝負を挑んで負けて悔しがっていたのも中々に見られていたと思うと恥ずかしいものだ。
なんとなしにバンダナを押し下げると、私の考えはお見通しなのか、それとも全く気づいていないのかカブさんがこちらにまっすぐ視線を向けながら問いかけてくる。

「バトルは楽しいかい?」

こちらを見る瞳に、なんとなく深い意味を感じて同じように視線を向ける。
カブさんとあまり交流がないといっても、それぞれのジムリーダーの経歴ぐらいは耳に入ってくる。カブさんは若い頃にホウエン地方からやってきたトレーナーだ。何度かチャンピョンになりかける機会があったものの届かず、一度マイナークラス落ちを経験しつい数年前にジムリーダーとして復活した。ちょうど私たちがジムチャレンジをしているときにはジムリーダーではなかったので、そういうこともあって交流はなかったのだが。
少し返答を考えた後、口を開く。

「楽しいっすよ。こうやって負けるとめちゃくちゃ悔しいっすけど、ここまで悔しさを感じるのはやっぱりポケモンバトルだけですし。生きてるって感じ、しますよね」

ついでにニッと笑ってみれば、ハトが豆鉄砲を食らったような顔になる。まぁ、ハトといってもここの世界人には通じないだろうが。

「気にしてくれてありがとうございます。けど、俺様は大丈夫っすよ」

伊達に人生を何度も歩んでいない。悔しいし落ち込むが、こういう感情を得られるのはいった通り本当に尊いことなのだ。
何度も人生を歩んでいたら、どこかで飽きが来てしまわないか不安になる。けれど、ここまで命を燃やせるものがあるのならば、どこまで走っていけると思えるのだ。
いつまでも勝てないということは、勝つ楽しみがあるということ。いつになるかはわからないが「いつか」絶対に勝つ。それが来世になろうとも。ほら、こんなことを思えるのだから。
驚いた顔をしていたカブさんの顔が、ゆっくりと変わる。三白眼の目元が閉じられて弧を描いた。

「ふふ、そうか。僕が心配するようなことではなかったね」

カブさんが笑った。そして、それに絶句した。
滅多に笑わない人が笑ったのに驚いたんじゃない。今の今までずっと気づいていなかった自分自身に驚愕したのだ。

そうだ、カブ。ホウエン地方出身。炎タイプを好んで使う、勝負の強い青年。

「カブ……さん」
「どうしたんだい」
「い、いや、その……カブさんって、ホウエン地方で戦ったトレーナーで、その、あー、強い人とかっていました?」

くそ、なんだこの聞き方は。これじゃあまるで、自分のことをーー
わたしの懸念を知らぬ彼は、すぐに口を開く。

「ああ、いたよ。ナマエという人でね」
「ナマエ……」
「そう。とても強い人でね。憧れだったんだ」

あっけらかんと喋る彼に、頭が痛くなっていくようだった。
彼は覚えていてくれた。たった数回バトルをしただけの私を! ホウエン地方のトレーナー、であるナマエを。
けれど私はこうして同じ立場にいるのに、全く気がつかなかった! 歳を取っていると言っても見れば見るほど彼じゃないか!
申し訳なさに溺れつつも、気づいてよかったという安堵をじわじわと感じていく。ずっと気づかないままでいるより、こうして彼があの時若かったカブ青年であるとわかってよかった。
複雑な感情を持て余していれば、彼が不思議そうな顔でこちらを見てくる。ああ、彼だとわかっただけでこうも表情が感情豊かにみえるものか。

「けど、いきなりどうしたんだい。ホウエン地方のトレーナーが気になったのかな」
「え、あ、いや。えーっと、カブさんにも俺様にとってのダンテみたいにライバルみたいな人がいたのかなぁって」

慌てて取り繕えば、そういうことかと納得の言ったような顔をされる。
少々の罪悪感を持ちながらも、この返答でいいのだと内心頷く。私がナマエだということは当然のことながら私しか知らないのだ。変なことを言わないようにしなければ。

しかし、カブさんは目を細めて僅かな間だが口籠った。

「カブさん?」
「ああ、いや……。憧れだったからね、ライバルなんてとんでもない」

あの時は勝利にしか目がなかったから、ライバルというのは確かに違うかもしれない。カブさんにしても、出会ったその時に叩きのめしていたし。けれど彼は強くなって私に挑んできてくれた。ポケモン勝負をするたびに、次の戦いを約束していった。それに、私には珍しく勝負以外でも話をすることがあった。個人的なプライベートも話したことがあったはずだ。
それに、今のカブさんをみれば立派なライバルといえるだろう。

「そんなことないっすよ。カブさん強いじゃないですか」
「……そうだね。今の僕だったら、彼のいいライバルになれたかもしれないね」

どこか言葉を濁す彼に首を傾げ、思い至り、咄嗟に口を押さえてしまった。
そうだ、私は。

「……すいません」
「ああ、いや、いいんだ。こちらこそすまない。気づかれてしまったね」

彼の気遣うような口調に返事を返せず押し黙ってしまう。
ビックリするほどの無礼さだ。知らなければまだ救いはあったろうに、当事者だというのに思い至らないとは何事か。
いますぐに頭を掻き毟りたい衝動に駆られながら、ゆっくりと口元から手を離す。ずっと握っていたポケモンボールからは、ジュラルドンが心配そうに見上げてきていた。
昔を懐かしむように彼は語ってくれる。

「ナマエさんは病で亡くなってしまってね。まだ三十代で、これからというところだったんだが……とても惜しい人を亡くしてしまったよ」

言うなれば、いまの私にとってのダンテだったのだろう。
何度挑んでも勝てず、けれどいつか勝つと決めていた相手。憧れと言っていたが、そういった気持ちは少なからずあったろう。
私も病で死んだことについて、悔いはあるし、惜しくもあった。けれど。あの時は戦い尽くし、そして実際に全てに勝利していたから意外とすんなりと病による死の流れを受け止められたと思う。妻も、恋人すらいなかったから余計だろう。ポケモンや両親には悪かったがそれでも満足はしていた。

けれど、当然周囲はそうではない。置いていく立場ばかり経験しているけれど置いていかれたことだって勿論ある。そんな時、私は心から悲しんで、惜しんでいた。
彼もそう思ってくれていたか。
ポケモンに向けていた目線を彼へと転じ、目を見開いた。

「彼とは、勝負の約束をしていたんだけどな」

……これでも、交流が少ないジムリーダであっても情報収集をするぐらいはしている。
経歴もそうだし、なによりその試合だ。
彼は炎のジムリーダーらしく、試合中は燃え上がるように熱い試合をする。叫ぶし、目に炎を滾らせる。
けれど、いまの彼は果たせなかった約束に炎を滾らせるわけもなく、まるで濡れるような瞳をしていた。


「……カブさん」
「キバナくん?」

気がつけば、彼の目の前に立っていた。
見下ろせば彼はまっすぐに見上げてくる。
そうだ、あのときも、こうして見合って、再戦を約束した。

「前世って信じますか」

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bkm