- ナノ -

過去の憧れにて
ガラル地方。そこは昔ながらの歴史が残る洋風な街並みの地方だ。
ただ、地方の最北端にあるシュートシティという場所では近代的かつ巨大な街が存在している。ローズ委員長という企業家が地方の企業のおおよそを牛耳っており、その委員長自ら手がけた街というわけだ。
自分が昔聴き慣れた名前で言うならば、イギリスあたりの雰囲気が感じられる地方だ。

そんな地方で私は準公務員をしている。もっとわかりやすく簡潔に言うのなら、ジムリーダーという職についている。ジムリーダーというのは準公務員といった扱いの立ち位置で、給料や休みはしっかりあるものの、定年まで安定して働けるというわけではない。ポケモンバトルの実力がなければマイナー落ち。つまり職を追われるのだ。
逆を言えば実力さえあれば定年を過ぎてもずっとジムリーダーで居続けることができる。アラベスクタウンのポプラさんが良い例だ。

私はというと、昔はこの地方独特のジムチャレンジ(いわゆるジムへの挑戦だ)をしていたが、それらを達成した後は一つのタイプに拘ってみようと思い立ち(というより自分のメンバーが気づいたらドラゴンタイプが多かったというだけでもあるが)ドラゴンタイプで戦っていたらナックルシティのジムリーダーとしてスカウトしていただいて今に至る。というわけだ。

数十年前までポケットモンスターというゲームを楽しんでいた身とは思えない状況に、自分でも時々これは夢なのではないかと思う。
私は今現在、キバナという二十代の青年だが、実はそのまえに二つの人生を歩んでいる。
一つ目は漫画やアニメ、ゲームが好きな二十代の一般女性。そしてその次はポケモン世界のホウエン地方でトレーナーをしていた三十代の男性。そして今に至る。一度目の人生の死因は忘れてしまったが、二度目は病で死んでしまった。
輪廻転生の道を外れてしまったのか、それとも神からの贈り物か。ともすればただの怨霊か。できれば最後だけはあって欲しくないが、今こうして昔の記憶を持ちながら生きているのだけが事実として存在する。
悩むことはあったものの、転生も二度目、この人生でも20年は生きている。考え込んでも無駄なことはわかっていたため、すでに吹っ切れていた。
一度目の人生の家族や友人に会うことは叶わないが(なんせ世界が違う)、二度目の人生の家族とは意外とすんなり会えた。この人生の両親にも、前世の記憶があると告白しどうにか受け入れてもらえているし、なんなら前の人生の両親にも会え、生き別れになっていたポケモンたちを引き取らせてもらってさえいる。
両親はもちろん驚いていたが、元々変な部分がある子供だったためか説得に説得を重ねて信じてもらえた。
そんなわけで三度目の人生。今でも全て一度目の私が寝ぼけて見ている夢なのではないかと思いつつ、そこまで深い悩みも持たず平穏に暮らしている。

いや、一つだけあげるとするならば……現チャンピョンに勝てないことか。
ガラル地方のトーナメントは独特でジムチャレンジを行なっているジムチャレンジャーとジムリーダーたちが競い合い、最後の一人がチャンピョンと戦う権利を得る。
念のため行っておくが、この最後の一人にはほぼ毎年私だ。ドラゴンタイプと相性の悪い氷タイプを専門に扱うメロンさんとかとかち合わない限りは。
が、どうしても勝てない。毎年毎年負ける。今年なんかは連続敗北記録を9連敗に更新してしまった。やっぱりドラゴンタイプ一筋なのがいけないのか。いや、そうなのはわかってるんだけどさ、舐めプなのはわかってるんだけどさ。やっぱりずっと一緒に冒険してきたみんなを一時的とはいえスタメン落ちさせるのがどーしても戸惑ってしまって。
妥協案として前の人生で一緒にホウエン地方を旅していたメンツを採用するという手もあるが、やっぱりドラゴンタイプのジムリーダーとしてはドラゴンタイプで現チャンピョンを叩き潰したいと思うだろ!?
……少し冷静さを欠いてしまった。まぁ、それが目下の悩みと言えば悩みというところだろうか。ホウエンの時はバトル狂になって強さこそ全て!とはしゃいでいたから、それと比べると今は大人になったというか、良いこの世界の楽しみ方をできているとは思う。
ポケモンがいるからといって、ポケモンバトルだけが全てではない。私は普通の一人の人間でもあるし、ポケモンたちもバトルして勝つことが全てじゃない。その証拠に、バトルに出していない前の人生のポケモンたちも楽しそうにしているのだから、以前の私は視野が狭かったということなのだろう。
そういうわけで、悩みと言っても贅沢なものだ。SNSに負けた写真を投稿するとファンの声援と共に厳しいコメントが送られてくるが、意外とこれは嫌いではない。1番最初の人生を思い出してなんとなく面白くなってしまう。悪い趣味なのはわかっているのだが。

「キバナ、またSNSか?」
「お、ダンテ。いいところに、一緒に自撮りしようぜ」
「おお、いいぞ。リザードンポーズでいいか?」
「それだと構成が微妙。となりでドラゴンポーズしてくれよ」
「お前がいつもやっているやつか?」
「そうそう」

今年のジムチャレンジ前の控え室、スマホロトムでSNSのようすを眺めていればチャンピョンのダンテに話しかけられた。今日もすげぇセンスの短パンにストッキングだなと思いつつ、なぜダサくならないのか内心首を傾げながら自撮りのためにスマホロトムに指示を出す。
いい年した成人男性が二人ドラゴンポーズ(両手をまえに出してドラゴンのように威嚇するポーズだ。私が考えた)をする。パシャリと音がしてスマホロトムがいい感じロト!と声を上げる。
実際に写真を確認しながらポケモン世界のスマホは一味違うもんだなと感心する。スマホとしての機能は変わらないが、ロトムという電化製品にならなんでも入り込めるポケモンが入り込み、いわゆるiPhoneでのSiri。Androidでの「OK Google」のように使用者を補助してくれるわけだ。
写真の写りは上々。ダンテは顔がいいのでどんな仕草でも映えるし、私もこう言ってはなんだかこの人生ではなかなかイケメンだ。一度目と二度目は、まぁ、平凡というか、二度目はなんというか、まぁ、男らしい顔だったからこうして見ると嬉しくなってしまうのはご愛嬌ということにしてほしい。とりあえず二度目の人生の両親が1番疑ったのは顔だったとだけは言っておこう。

「投稿っと」
「なにしとるんですか?」
「また自撮りですか。またアンチが湧きますよ」
「ヤローにマクワか。つーか余計なお世話だよ」
「キバナさんは人気ですからねぇ」
「あーーやっぱヤロー好きだわぁ。一緒に自撮りしよ」
「言ったそばからですか」
「マクワも一緒な」
「俺はいるか?」
「チャンピョン様は当然だろ」

興味を示したらしいヤローといっしょに話していたらしいマクワがやってきて道連れということで一緒に自撮りをする。今度は男4人というむささだ。
今度は統率がとれず、各々好きなポーズをしている。
私は相変わらずドラゴンポーズ、ダンテはリザードン。マクワは指二本立ててウインクだし、ヤローはにっこり笑ってピースだ。うむ、なかなかみんなの色が出ていていいんじゃないだろうか。若いっていいね。

そうこうしているうちにジムチャレンジャーが出揃ったのか、リーグスタッフが入場の準備をするように告げる。
それにそれぞれの面持ちが変わる。ここからは大勢の観客を楽しませ、ポケモン勝負の良さを、ポケモンとの関わり合いをアピールするジムリーダーとしての仕事になる。

そんな仕事を放り出しているスパイクジムのネズをとんがっているなぁと思いつつ、ロトムをポケットにしまい立ち上がる。

さて、今日もお仕事を頑張りましょうか。
それから、エキシビジョンマッチも。

prev next
bkm