- ナノ -

どんな姿でも、どんな貴方でも3

私を頭を抱えていた。もう抱えるしかなかった。
髪を崩していも肩までつかなかったはずの髪は柔らかく背中に広がっていた。腰は細くなり、胸には人気区ではなく巨大な脂肪が乗っていた。腕や足腰は弱くなり、身長も縮んでいた。
細い指を見て、思わず呻き声をあげる。その声も高いテノールで口を噤んだ。

何をどうなったら女になるんだ、エリス博士……!

エリスとの邂逅後、一日明けてみれば身体が女になっていた。嫌に暑いとは思ったが、よもやそれが身体が変体しているためとは思うまい。
様子を見に来た看守も特に動揺をしているわけもでなく、驚いてはいたものの得心が言ったように話し始めたのだからグルだった。しかも話した内容がガロを監視とした同居についてなのだから泡を吹きそうになった。

説明を求めると、エリス博士からの餞別とのことです。と帰ってきて私は泡を吹いた。
何をどうしたらこれが餞別になるんだエリス……!

やはり天才は頭が可笑しい。そうだ、そうなんだ。だってじゃないとあの話の流れからじゃあ女体になればいいよねと薬を盛ったりしないだろう。そうだろう普通。
泣きそうになっていても、時間は進む。
あれよあれよと出所の手続きが進み、気づいたころには首に金属製のチョーカーをさせられて、目の前にはガロがいた。
会いたくなかった愛し子に、しかし僅かな希望が芽生える。
そうだ、ガロは私が男だったから好意を寄せていたんだから、女になったらどうではなくなるはずだ。確かに司政官としてやっていくために随分身体を鍛えていたし、元々よかった体格も女性にしては身長が高い程度の身体となっている。筋肉も男らしさもなくなった私に、彼女が魅力を感じなくなるのは当然の摂理だ。

「クレイ、本当に女になったんだな……。アイナの姉ちゃんから話は聞いてたけど」
「そう、だな。私も驚いたが」

目を丸くしているガロは、一応は話を聞いていたらしい。
ごくりと喉を鳴らして反応をうかがう。どうだ、落ち込め、好意の対象から外れたと言え。

「まぁ、この方が都合もいいだろう」
「……そうかもな」

遠回しに男女でなくなってよかったことを伝えれば、少しして同意が帰ってきた。
それにほっとする。そうだ、これで良かったのだ。
エリスの突拍子もない行動に度肝を抜かれたが、これでよかったのかもしれない。そうなればエリスには礼を言わなければならないだろう。女として暮らしていかないといけないことになるが、前世は女だったのだ、どうにかなるだろう。

ガロに連れられて用意された一軒家へ到着した。
都心部から外れた場所で、セキュリティも頑丈そうだった。研究や仕事をするための設備も揃っているが、それ以外は普通の家のようで、あまりにも恵まれた場所だと呆れてしまう。
一通り家の案内をガロにされて、自分の部屋へも通される。
そうは言っても寝室はガロと同じ部屋だった。広めの部屋にベッドが左右に二つ置かれている。それを見て本当に女性になってよかったと思った。いくらなんでも男女でこれは許せない。

「クレイのベッドはこっちな」
「ああ。分かった」
「結構ふわふわなんだぜ。牢屋とは全然違うだろ」

ベッドを楽し気に叩いて柔らかさをアピールするガロに、少しだけ緊張がほぐれる。
女性になったとはいえ、好意を寄せられていた彼女との同居に不安を覚えていたが、無邪気なガロの姿を見ていればそんな不安も溶けていく。
近づいて同じように触ってみれば、確かに寝心地はよさそうだ。

「なぁ、クレイ」
「なんだガ――」

応えようとした瞬間に、腕を引っ張られベッドに背中から着地する。
思わず目を白黒させる。痛みはなかった、ただ抵抗することもできずに倒されていた。女になって、反応速度が遅くなったのだろうか、いや牢屋で閉じこもっていたせいか。ただ、その考えをする前に目の前に現れたガロに思考が途切れる。

「が、ガロ?」
「あんたが女になった理由。ちゃんとは聞けてないけど、きっと俺が原因なんだろ?」

真っ直ぐな目。見下ろされるそれは、今までと違いガラスがないためか嫌に鮮明に見て取れた。

「確かに、俺はクレイのヒーローみたいな身体とか、男にしては高い声色とか、太い首とかが大好きだったよ」
「ッ、なら――」

ならもう、そうではない私に、間違った感情は抱かないだろう。
ガロは薄っすらと笑みを浮かべて、私の頬を触った。少しかさついていて、傷もあるが、女性の細い指だ。

「でも、今のあんたの滑らかな長い髪も、柔らかそうな胸も、長くてセクシーな脚も、全部魅力的だ」
「な、」
「それになにより――」

ガロの顔が近づいてきて身体が固まる。
炎をともす瞳に、目が焼かれそうだった。

「クレイが好きなんだ、俺」

間近に迫った顔に、思わず逃げるように目を瞑れば、唇に柔らかな感覚とチュ、というリップ音。

「これで分かったろ。俺、どんなあんたでも好きになっちまうんだ」

耳元で囁かれた熱のこもった言葉に、背筋に震えが走る。
ああ、エリス。君に感謝は、できそうにない。


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bkm