- ナノ -

どんな姿でも、どんな貴方でも2
ガロの告白事件からガロは頻繁に面会へ来るようになった。
地獄という言葉の定義は知らないが、私にとってそれは地獄だった。
今まで娘のように育てていた子供が、私のことを恋愛の意味で好きだといい、好意を寄せている。何をどう教育を間違えればそうなるんだ。もう嫌だ。
私は彼女を地球を救うために利用したし、酷いことも散々した。なのに『愛してる』だって? もう私は火山に沈んだ方がよかったんじゃないか? もう彼女の人生を滅茶苦茶にしたくないよ。幸せになってほしいんだけなんだ、私はいったいどうしたらいいんだ。

「なぁ、あんまり気にしなくていいんだぜ」
「何がだい」
「俺があんたのこと好きだってこと。ただ好きだってだけだからさ」

とある面会の日のことだ。そんなことを言われた。
流石に気を遣いまくって会話をしていることに気付かれたのかなんなのか、冷汗が出たが、それもそうだった。
けれど、だからといって何も意識しないなどもできない。

「別に、同じように好きになってくれってわけじゃねぇんだ」

頬を掻きながら、苦笑いで言う彼女は可愛らしい。話題が私のことでなければ。
神妙な顔をしてしまっていれば、ガロがにっこりと笑いかけてくる。

「俺ががんばりゃいいんだけの話だからな」

頑張るとは、一体どういうことか。
目を合わせてみれば、燃えるような瞳の奥の炎が見えて、どきりとした。


そんなことがあったりして、もう私は正直彼女に会いたくない。
だってあれ、絶対落とすっていう意思が見えました私。
一応親代わりだったのだ。彼女がどんなに意思が固いか、決めたことはやり遂げようとするかは知っている。
あれは、諦めるとかそういうことを一切考えていない目だった。私の地獄具合が増した。

説得をしてみたりもしているのだ。それは勘違いだと、父親に向ける親愛が血がつながっていないことで思い違いをしているだけなのだと。吊り橋効果であるとも言った。ストックホルム症候群の可能性も上げた。けれど彼女は全てを否定したし、変わらぬ愛情を伝えてきた。
その反撃に何度私が頭を抱えたか。正直思い出したくもない。小さい頃から――二桁にも年齢が及ばない時から――共に過ごしてきたこともある子供から恋愛感情を向けられているというのは、想っているより本当に辛い。
色々なことからくる罪悪感もあるから、適当な幻滅のさせ方もできず――というかあの事件で幻滅しなかったらどう幻滅してくれるんだ――なあなあで来てしまっている。もう自分の情けなさに獄中死したい気分だ。あの子が悲しむからしないけど。

そして今日、疲弊する私の元へ更なる悪報が飛び込んできた。
やってきたのはエリスだった。
彼女も計画の主犯格として裁判にかけられたが、妹が人質にされていたことや最後まで私の計画に反対していたことがあげられ情状酌量の余地が認められ、今では監視員付ではあるが外出も認められている。仮釈放のようなものだ。
当然、少々内容は異なる。だが、だいたい間違いではない。本編後のことを知っている身としては手を回しておくことは容易だった。それを気取られないようにするのは骨が折れたが。
それを知ってか知らずか、あんな目に合わせた私に彼女の態度は柔らかかった。知られていたら嫌だな、恥ずかしいし。

「貴方って昔から変わらないわね」
「どういうことだい」
「変に優しくて、変に見栄っ張り」
「……貶してるのか褒めているのかどっちだ」
「どっちもよ」

一つため息をつく。彼女からは何を言われても言い返せない。
優しいかどうかは知らないが、見栄は張りに張った。じゃないと司政官なんて出来やしない。精一杯の見栄っ張りが、あそこまで私を持たせてくれた。
エリスは目元を緩ませて、しかしすぐにはっきりとした目で私を見た。

「貴方の処遇を伝えに来たの」
「私の?」
「ええ。今回は裁判は行われない。あまりにも大事だし、貴方は多くのことに関わりすぎた」

固い表情で告げるエリスに、頭がクリアになる。
覚悟は決まっている。大それたことをした。けれど、後悔はしていない。――あの子のこと以外は。
少しだけ波を立てた感情を無視して、彼女に視線で続けるように促す。彼女もわかったように一つ瞼を閉じて、目を開いた。

「貴方は英雄『ガロ・ティモス』が監視員となって、牢屋から出て社会のために奉仕することとなったわ」

……あれ、おかしいな。何か幻聴が――?

「すまない、うまく聞き取れなかった。なにが、なんだって?」
「ええ、驚くでしょう。簡単に言うと、彼女と一緒に暮らしながら私みたいに研究や、貴方の場合は復興のための仕事をするってことね」
「……くらす?」
「ええ」
「がろと?」
「そうよ」
「……だ」
「だ?」

「断固拒否する!!!!!」

牢屋に入ってから一番の大声が出た。いやむしろ絶叫だ。
目の前のガラスがビリリと震え、エリスが瞠目するが、そんなこと気にしていられない。

「頭が可笑しいのかこの国は! なんだその処遇は!! 寄りにもよってガロだと!?」
「ええ。彼女が自分から立候補したわ」
「が、ガロ、ガロ・ティモス……!!」

思わず右手を机に叩きつける。メキッと歪な音と、手の痛みにどうにか正気を保つことができた。
ガロ、お前、本当に――!
頭がガリガリと掻きむしり、頭を無理やり回転させる。取り乱している場合じゃない、こんなの認めてなるものか!

「その処遇、言いたいことはごまんとあるがそれよりも監視員のガロ・ティモスをどうにかしろ……! それさえどうにかなれば、死ぬまで駒として働いてやる……!」
「もう決まったことよ。貴方に拒否権はないわ」

私の人権はないってか!
それでも、それでもだめだ。ガロだけは……!
無意識に歯を噛みしめていたのか、口の中から鉄の味がする。それを飲み込んでこちらを見つめるエリスを見つめ返す。睨みつけるようになってしまうのは仕方がない。私にはここで彼女にものをいう事しかできないのだ。

「地球を滅亡させかけた犯罪者を未成年の女性に監視させるなど頭がいかれている」
「勿論監視カメラも施設の隔離も完璧よ。それに首にチョーカーをさせられるから、何かあったらすぐに意識はなくなるわ」
「倫理観の話をしているんだ! 何もかもを押し付けて、完全に安全である保障もなく、更には、く、異性だぞ……!」

こんなこと言いたくはない。だが、事実だ。
それに――ガロは私に好意を寄せている。何かあるわけはないが、もし間違いが起こってしまったら私は死ぬ。自害する。絶対に死ぬ。絶対に起こらないけど可能性が0.000001パーセントでもある状況なんぞにぶちこまれてたまるか絶対に嫌だ断固拒否する絶対に無理。

「私に何を言っても、決まったことだからどうすることもできないの。それに、貴方はそんなことはしないでしょう?」

当然のように言ってくる彼女に、当然だと返す。
当然だ、当然だが――

「……本当に無理なんだ」

ぐちゃぐちゃになった髪の毛を掴んで項垂れる。
これ以上彼女の人生を踏み荒らしたくない。今でだってあってはならない好意を向けられているのに、共に過ごすなど。それに、彼女は一度決めたら突き通す。本当に、彼女は私から離れられなくなるかもしれない。
もう手遅れかもしれないけれど、それでも、普通に愛する人と結ばれて幸せに笑うガロを願うことぐらいは、許されたい。

「……クレイ。わかったわ」
「エリス……」
「あなたが嫌がってるのは手をだしてしまうかもしれないからでしょ?」
「ちッ……そ、うだ」

咄嗟に否定しそうになったが、無理やり舌を噛んで言葉を止め、肯定する。
手を出すわけがない。前世は女だぞ。そもそも人生いろいろありすぎて相手などいらないと思っていたのに。
エリスは少し考えるそぶりを見せると、僅かに笑って私を見た。

「一つ借りよ、クレイ」
「エリス……!」

エリスの言葉と共に面会終了の合図がなる。
詳しいことは聞けずに、私は看守に連れられて面会室から出ていくこととなった。
何をするかは分からないが、信じていいんだな、エリス……!


私のは知るよしもなかった。
何をどう勘違いしたのか、エリスが食事に薬物を混ぜていたことを。
そしてそれが、男性を女性にする薬だったことを。
次の日に目を覚ましてみたら、完全に女性となっており、ガロとの同居が正式に決定しているなど、全く持って、知るよりも無かったのである。

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bkm