- ナノ -

どんな姿でも、どんな貴方でも
説明
ガロが先天的に女。クレイは後天的女体化。百合。



一惑星完全燃焼が成し遂げられ、パルナッソス計画は水泡に帰した。
私は当然、牢屋に投獄され、裁判を待つ日々となった。
プロメポリスも火山の噴火や船の直撃で大変なことになっただろう。勿論、被害がでないような街づくりにはしていたが、被害は出ているはずだ。それは私の責任であるが、この牢屋からできるのはただ祈ることぐらいだろう。
自白もほぼ終わり、最近は牢屋で暇な日々を過ごしていた。だが、今日は違った。

「クレイ」
「……ガロか」
「ああ。意外と元気そうで安心したぜ」

笑みを浮かべ、しかしどこか苦みを持ちながら面会にやって来たのは、地球の救世主であるガロ・ティモスだった。クレイとして生まれる前の記憶がある私は、彼が救世主となるのを知っていた。だが、唯一記憶と異なったのは「彼」が「彼女」であったこと。
最初は混乱したが、それでも彼女はまさしくガロ・ティモスだった。こうして地球が救われているのが証拠だろう。
一惑星完全燃焼へ導くために、彼女には酷い態度をとった。今更許してもらおうと等は考えないが、それが心の傷となっていないかは心配だった。救世主であるが、彼女だって人間だ。取り越し苦労ならいいのだが。

「何か用があってきたのかな」
「あー、うん。ちょっと、話がしたくてさ」
「……私でいいならいくらでも」

面会の時間までだがね。と付け加えると、瞠目した後に切なそうな笑みを浮かべた。
そんな彼女に心臓を鷲掴みにされたような罪悪感が襲い掛かってくる。待ってくれ、どうしよう。これ普通に私会話できるか……?
いつも元気に尊敬の念の視線を投げかけてきて、全てを信じ切っていた瞳で見つめてきていた子供にこんな顔させるとか……覚悟していたけどきっつい。申し訳ないという意味で。

「俺、面会来ても何も話してくれないかと思ってた」
「……そこまで大人げなくないさ」
「でも、俺のこと……」

そう小声でつぶやいて黙ったガロに、背中から冷汗が噴き出す。
違う、違うの、そうじゃないんだ……!

「……嫌い」
「っ!」
「とは、言っていない」
「へ?」

ぽかんとしたガロの顔がこちらを見つめる。
前世のことをいっても意味がないだろう。なら、なんといえばいいのか分からない。
だが、酷いことをしたのが事実なら、真心で答えるしかないのだろう。

「私の『計画』のために、あの時はああしなければならなかった。ガロのことは、嫌いじゃないよ」
「……クレイ」
「今更、こんなことを言われても信じられないだろう。それでいい、ただ……悲しそうな顔は、するな」

計画。パルナッソス計画のことではない。本編を見通した一惑星完全燃焼について。
何が欠けていても駄目だったろう。何が欠けていても今の未来にはたどり着かなかったかもしれない。だから、私は私の『計画』に従った。ただそれだけだ。ガロに対する憎しみは、ない。
寧ろ、ここまで育ってくれて、あんな仕打ちをしたのにこうして面会に来てくれる子に愛しさを感じないほうが可笑しいだろう。それを言う権利は私にはないのだろうけど。

ガロは私の言葉を咀嚼するように少しだけ目を伏せて――その瞳を潤ませた。

「………………ガッ、ロ!?」
「っ、ごめっ、ん」

掌で目元をこするガロに、頭が混乱した。
な、泣かせてしまった。いや、本編中でも牢屋で泣いていたし、相当な衝撃だったから、涙が込み上げてくるのかもしれないけど目の前で泣かれるのはやっぱりかなりやばい。
いや、冷静に、冷静になれ私。私のせいで幼子が泣いているんだぞ。しゃきっとしろ私!

「……ガロ、そんなに擦ると腫れてしまうよ」

考えて考えて、どうにかそんな台詞を絞りだせば、ガロは伏せていた瞳をこちらへ向けて思わずといった風に笑った。

「っ、はは、あんた、やっぱり変わらないんだな」
「変わらない?」
「そうやって、俺のこと、心配してくれる」
「……そうかな」
「ああ。子供のころも、司政官になった後も、なんかあったら気にかけてくれて」
「……」
「愛されてんだなって、思ってた」

過去形の言葉に、胸が締め付けられる。
そりゃあ、そうだ。将来決別すると分かっていても、幼い子供を、こんないい子をどうして愛さずにいられようか。
ガロが涙で煌く瞳に私を映す。そこにいる私は、随分と情けない顔をしていた。

「今も、そう、思ってて、いい?」

そう弱弱しく問いかける声に、思わず拳を強く握りこんだ。

「あたり、まえだ。……今も昔も、ガロのことを、愛しているよ」

私にこれを言う資格は、きっとないのだろう。けれど、目の前の子供が、この言葉で少しでも救われてくれるのならば。少しでも、切ない笑みを浮かべずに済むのなら。
謝罪の言葉は、喉まで出かかって無理やり押し込めた。口に出せば、彼女は許すかもしれない。けれど、許されるのは私が許せない。
ガロはけれど、やはり切ない笑みを浮かべた。涙を拭わなくなり、頬まで濡れた姿はあまりにも痛々しい。駄目だったのか、私の言葉はさらに彼女を傷つけただけだったのか。

「俺さ、あんたに謝んなくちゃいけないことがあるんだ」
「謝る……?」

そんなもの、あるものか。
私からならともかく、ガロからなど。
それでも会話を遮る気にはなれず、黙って見つめていればガロが涙を丁寧に拭い、私を真っ直ぐに見た。
視線に思わず息をのむ。決心がついたような、強い目だった。

「俺さ。あんたのこと……好きだったんだ」
「好き……?」

それは正直に言うと知っている。あれだけ熱い尊敬の念を込めた瞳を向けられれば、どんなに鈍感なものでも慕われているとは分かるだろう。だが、それがどうしたのだろうか。何か続きがあるのだろうと、待っていれば、ガロは少しだけ笑みを浮かべた。

「親愛とかじゃない。恋愛感情って意味で、好きだったんだ」
「――」
「今もそうだ。というか、あんたの目障りだったって言われて、考えた。でも、それでも捨て切れなくて、会いに来たんだ」

真っ直ぐな瞳は、炎をともしているようだった。それは昔からそうだった。瞳の中に炎を持つ女。
けれど、その炎の色は――いつからだ。いつから、私に向ける色合いは違っていた?
いや、違わない。違うはずがない。だって、私と彼女は親子のようなもので――。

「勘違いじゃねぇよ。いや、そうなんだって、確信が今さっき持てた。優しくて、一人で抱え込んで、そんなあんたが好きなんだって」
「ガロ、違う、それは」
「何も違わねぇ。違わねぇんだ、クレイ」

見つめてくる彼女は、あまりにも凛々しい顔をしていて、呆気にとられる。
勘違いだ。勘違いに決まってるだろう。そんなバカげたことがあってたまるか。

「馬鹿なことを、言うな。目を覚ませ、私は」
「なんだっていい。あんたがどんな人だって。俺は俺の感じたあんたが好きだ」
「ガロ、いい加減に」
「なぁ。何年俺があんたに片思いしてきたと思ってんだ。子供のことは気付かなかった、あんたが司政官になって、遠くに行っちまって理解した。でも迷惑かけたくなくてずっと黙ってた。気にかけてくれることが嬉しくて、それで満足しようとした。けど――もう、抑えられねぇ。抑えてやんねぇ」
「ガロ!」
「……クレイ」

熱い目が向けられる。もう、見ていられない。けれど逸らすこともできず、ただ困惑するしかなかった。
私は、彼女からあまりにも多くを奪いすぎたのだろうか。
分からない。でも、私は計画のために彼女を利用して、でも彼女を愛していて、けれど家族のように思っていて、そして私は――、

「愛してるんだ、あんたのこと」

まるで燃やし尽くすような感情の籠った言葉に、逃げられないのかと視界が歪むようだった。

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bkm