- ナノ -

覚悟を決めろ!
まさか自分がアニメ映画の主人公に成り代わっていたとは。衝撃的だ。
後見人であり、司政官であり、俺の英雄であり、命の恩人であると思っていた人は一万人を乗せて地球を見捨てる計画を俺とリオにぶち壊しにされ、今は塀の中にいる。
今までずっと、確かに不可思議だった。なんだか見たことのあるレスキュー隊の仲間たち。旦那、じゃなくてクレイのどこか俺を見る目の歪さ。リオを見た時の「こいつだ」という確信。
色々とひっくるめて、ようやく合点がいった。己は前世で自分自身を、この世界を知っていたのだ。

「『俺』は『私』だったのか……」
「なにが、「私」なんだ?」
「お? いや、なんでもねぇよ」

バーニングレスキューの施設で出動もなく、待機場所で椅子に座っていれば、バーニングレスキューの研修中であるリオが声をかけてくる。それに笑って誤魔化せば、リオは深く追求せずにそうか。とその場を去った。
復興もある程度目途が立った。奇跡的にリオの大火災やクレイの計画での死亡者は出なかった。いや、嘘だろ。という話だが、本当にそうなのだ。
俺とリオで行った一惑星完全燃焼。あの青い炎で危ないところだった人々が全て助かったのだ。嘘みたいだと思うだろ? ほんとなんだなこれが。流石プロメア。宇宙人ってところだろうか。深くは考えない。考えても分からないからだ。

さて、そんなわけである程度復興が終わったところでようやく俺は自分の過去と向き合える時間が訪れたわけだ。これまではあまり考えると身体が動かなくなりそうだったので、考えないようにしていたが、今なら大丈夫だ。

俺……私は普通の女性だった。日本に住んでいて――俺が日本に異様な懐かしさを覚えるのはこれが理由だったのか――日本の文化、つまりオタク文化を楽しみつつ日々を過ごしていた。その中で、映画プロメアにもはまった。かなりはまった。んで、キャラ萌えが強かった私が特にはまったのがクレイ・フォーサイトだった。一応映画では主人公の壁として立ちふさがる人物だったが、それだけではない。キャラクターの中でも一番作りこまれていたというか、人物像が複雑で、ひき込まれるキャラだったのだ。
はまってはまって、色々と二次創作も漁りまくって、薄い本なんかも買っちゃったりして。
本当にいいキャラだったのだ。彼のことを思って涙を零すぐらいには――。

「……クレイ」

そして、今である。
私こと俺は、どういった因果か映画プロメアの主人公。ガロ・ティモスとなっていた。そしてどうにか地球を救ったわけである。が、私は、あの時、クレイと対峙したときに言ったはずだ。
『俺は救うぜ、リオも、地球も、あんたもな!』――我ながら良く言った。としか思えない。俺は真実、ガロ・ティモスではない。色々違う。日本文化だって火消しだけじゃなくてホップカルチャーも好きだし(詰まるところオタク文化だ)、外ではしゃぐのも好きだが家でのんびりパソコン弄ってるのも好きだ。ピザも好きだがタピオカも好きだし、パフェも好きだ。あと、ちょっとゲイなんじゃないかと悩んでたりした。これは、なんというか、前世を思い出して納得した。そりゃ女性に興味ないわな、前は女性で、異性愛者だったんだし……。

話が逸れた。つまり俺はガロ・ティモスそのものではない。だがあの時にあのセリフが言えたのは、前世があったからだろう。プロメアという映画を覚えていた、というわけではなく。恐らくクレイへの有り余る思いがあったから。いつかどこかで、前世のせいで分かってしまったクレイの俺を見る瞳の想い。それでも旦那旦那と懐いたのは、それらがあったからだ。離れたくない、離れちゃいけない。旦那を助けたい。その想いがあったんだろう。たぶん。分からんけど。

だからこそ、今。
今、俺は、とてもよくない状況にいる。
首にかけていたタオルを顔の上に乗せ、腕を組んで空を仰ぐ。

(あ〜〜〜〜〜クレイ、フォーサイト〜〜〜〜〜!!!)

なんだってんだよアンタ。ほんとなんだってんだ。
成り行きってなんだ、死亡率ってなんだ。全部ちげぇじゃねぇか、ちげぇじゃねぇかよ。
一時期だけだけど一緒に過ごした日々は楽しかったし心の傷が癒された。あんたはすげぇ優しかった、困って試行錯誤してた、俺を慰めてくれただろうに。
バーニングレスキューに志望したのは俺だろう。火消しに憧れてたってのもあるけど、使命感的なものに突き動かされてどうにか入んねぇといけないと思ってた。たぶんそれは前世の記憶のせいだったんだろうけど、旦那はそれを聞いて口利きしてくれただけだろ。あんたが入れたわけじゃない。
ああもう本当に。全部俺の幻覚? 幻想? そんなわけがねぇ。いや、そうでもいい。

アンタは確かに俺を世話してくれた。俺をここまで育ててくれた。それだけだ、それだけなんだ。

タオルを握りしめ、思いっきり顔から取り除いて椅子から飛び上がる。
ガタン! と椅子が動いてそのまま床に転がり鈍い音を立て、レスキューの仲間たちがみんなこっちを見た。それも気にならず、高らかと宣言する。

「俺ッッ、クレイに会いに行ってくらぁ!」

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bkm