- ナノ -

死亡ルートを回避せよ
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薬によって五歳児に記憶退行させられたクレイ主。でも前世の記憶あるからなんとなく状況把握。
頑張れ主。中身が五歳児でないとばれたら死刑だ!



おかしい。私はついさっきまで五歳児だったはずなんですが……?
一人ベッドで天井を見上げながら呆然と考える。いやほんと、さっきまで五歳児だったんですってマジで。
バーニッシュという突然変異の人類が存在する地球に生まれた男の子。それが私だった。名前はクレイ・フォーサイト。つい先ほどまで五歳児で、なんの冗談か今は三十路過ぎの成人男性体(左腕なし)になっている男が私だ。
五歳児ならなぜそんな頭が回るのかといえば、私は前世を覚えていたからだ。転生前の人生を覚えていたということだ。しかも、前世は同じ地球ではない。おそらくだが、この世界のことが『アニメ映画』として上映されていた世界だった。とまぁそんなことは今はどうでもいいとして。

この状況。どういうことなんだ。
両親に頭を撫でられ、おやすみという言葉を貰い、おでこにキスをされ、誕生日プレゼントにもらったテディベアを抱きしめて五歳児らしく寝たはずなんだが……。一応前世があるといっても、両親を心配させてはいけないから子供らしくちゃんと振舞ってますよ。そしたらこんなことになっててビックリですよ。
状況が理解できない。頭ぐるぐるですわ。どうしよこれ。

「クレイ」
「ッ!?」

人生とはままならぬものです――と悟りを開こうとしていたら突然真横から声が聞こえて飛び起きた。が、現在右腕がベッドに括り付けられていて動けないので途中でベッドに逆戻りですが。拘束までされてるなんて聞いてないですよ私。

「っ、だ、だれ……」

驚きながらも首を動かして――首にもよくわからん機械のチョーカーみたいなのがあるので違和感が凄い――みれば、そこには青いトサカを生やした青年が一人。
……アッ!!!!

「……本当に、覚えてないんだな……」
「っ、え、あ……」

あっぶね、思わずガロ・ティモス!!って言いそうになった。危ない。
どうにか喉元で叫ぶのを阻止して、意味のない言葉を零した後に彼の言葉に内心首を傾げる。『本当に覚えていないんだな』って、どういう意味だ?
しかしながら、そう呟いた本人は意気消沈としており、そのトサカもしなびているように思える。どうしたどうした、プロメア映画の主人公といえば元気が取りえだったじゃないか。どうしたどうした。

だが、本当にどうしたことか。なんとなく考えてはいたけれど、主人公がここにいるっていうことはここは未来なのだろうか。自分の身体もすっかり成人だし、主人公も大きい。左手はキズパワーパッドの強化版をつけているし、つまり本編前か本編後……?
え、なんだ、意識だけ未来にやってきちゃったとか? いやいや困る困る。え、いや、困らないのか? これから忙しくなるぞ〜って五歳児の時から憂鬱だったし……。そう思えば全部終わってる未来に来たってことは楽なのでは? いや、それは消火後の話か。消火後じゃなかったらやばいぞ。

「そ、の……誰?」
「あっ、ごめんな。俺はガロ・ティモスだ。……あんたの、なんだろうな」

えっ。重……。え、そんな悲しい顔しないでよ……えっ、シリアス空間なの今……?
ちょっとドギマギしつつ、思考を巡らせる。ほら主人公が悲しそうな顔してんじゃん! 何か言ってあげないと! ファンとして! ね! ほら! 駄目だ考えつかねぇ!
ダメだと潔く諦めた後に、心の中で息を整えて言葉を出す。

「ここ、どこ?」
「……病院だ。その、ちょっと良くないもん食っちまったんだ。クレイは」

え……食中毒ですか……? カキ食べ過ぎて当たったとか……?
更にドギマギしつつ、ガロくんの悲し気な顔に真実を測りかねる。え、やっぱりカキ……?

「僕の、その、左腕……」
「それは……俺を助けるときに、なくなっちまったんだ」

え……それほんと? 一応本編知ってるからプロメアとは仲良くしたいと思ってたけど、ちゃんと抑えられたのか? ガロくんのことだから気を遣って嘘をついてくれているような気もしないでもない。怖いな……。
でも他に情報もないので、そういうことにしておこう。私の精神衛生上的にも。
しかしあまりにもトサカがしょげているガロくんにちょっと可哀想だと思えてきてしまう。そんな顔すんなよ、可愛い顔が台無しだぞ。うん、ふざけました。でも可愛い顔は可愛い顔で真実です。

「……おうち」
「家?」
「……帰れな、い?」

これ大丈夫かな地雷ワードじゃない? ガロくん家燃えちゃってるし……。でも気になるので聞いてみるしかない。今一応私五歳児なんですが、私の家って……。本編だとクレイは生活感全くなかったんだけど、実際どうなんだ。あと今は司政官なんですか、元司政官なんですかどっちだ。あ、でも拘束されてるってことは元司政官か?
ガロ君を見つめると、くしゃっとその顔がさらに悲し気に崩れる。あ、ああああああ〜〜〜〜。

「ごめん、ごめんなぁ」
「え、え」
「俺に、俺にもっと……!」

なになになになにどうしたどうしたどうしたどうした。
なんで泣いてるのほらほら泣かないで泣かないで、どうしたのどうしたの、お腹すいちゃったの? 眠いのかな〜〜〜ああ〜〜〜なんでやどうしたのほんと焦りすぎて声も出ないよ。
歪められた顔の、その目元から薄っすらと膜が張り、あっという間に雫が流れ出す。
嘘でしょ嘘でしょ、と思っても嘘なんかではない。すぐに項垂れて鼻筋から涙を零す姿に動揺する。
ほぼ無意識で腕を動かそうとしたが、左腕はないし、右腕は拘束されていて動けない。でも、ちょうどガロ君の顔のあたりにベッドに張り付けるように拘束された掌があった。ビックリするほど大きくなった手は、指もながくて、ぐっと伸ばせばガロ君の頬に触れることさえできた。

「くれ、い」

濡れた瞳で、情けないほどの八の字になった眉でこちらを見るガロ君にこちらも泣きそうになった。うう、感受性豊かな五歳児なんです……。いや今は三十路の成人男性だけど……。

「泣かないで、ガロ、くん」

頬にも流れた涙が指を伝って掌にたまる。
どう呼んでいいか分からず脳内そのままガロくんになってしまった。ガロくんはぼろぼろと涙を流しながら、無理やり笑みを形作った。歪んだ太陽のような笑顔だった。



その後、ガロくんが泣き止むまで待って色々話を聞いた。
と言っても教えてもらったことといえば、色々事情があって私は入院していること。少し時間はかかるが退院できること。突然環境が変わって大変だと思うが、ガロくんが助けてくれること。ぐらいである。
状況が分かったような分からないような感じでモヤモヤしつつも、目を赤くするガロくんにそれ以上聞く気にもなれずその場はそれで納得したふりをした。ガロくんはそれにも含みのある顔をしていたが。
話が終わったら、白衣をきた人物がやってきてガロくんを呼んで、二人は出て行った。ドアを出る間際、二人は何かを話し合っていた。なんだと目を閉じて集中して聞き耳を立ててみれば『クレイ』『しざい』『きおく』などのワードが聞き取れた。なんだ、資材? ……えっ、死罪?
思わず背筋が寒くなり、冷汗が出る。えっと、もしかして。なんか、私やばい状況だったりします?

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bkm