- ナノ -

クレイ02
風呂から出れば、ちょうど洗面所にいたクレイと鉢合わせになった。
この家に三人で住むようになってから、当然同じ空間にいるのだからこのようなことは起こる。それに、クレイとは幼少期から青年期までは共に過ごした仲だ。今更何を思うことはないがどうやら相手は違ったらしい。

「それ、やっぱり取れないんですね」
「首の拘束具のことか? 当然だろうに」

2メートル近い男が二人いれば、家族用の家の洗面所でも少々手狭に感じる。
扉付近の棚に置いておいたバスタオルを手に取って、適当に体を拭く。片手だが、日常的な動作で不自由を感じることは時折ある。司政官の時は義手を使用していたこともあり、片手であった時期の方が短い。
そうはいっても日々行うことだ。さっさと手を動かし水気をとっていれば、クレイが1歩こちらに近づきてきた。

「どうした」
「いや、こんなことをしなくても貴方は逃げないのにと思って」
「……どうだか。私は犯罪者だぞ」
「それを言ったら私もです」

そう言ったクレイに目を向ける。クレイの首元には、当然拘束具などない。
クレイは、確かに今は刑の執行中だ。期限付きの社会奉仕。フォーサイト財団に所属していた社員はほぼ全員その刑を受けている。
大体の水気をふき取り、バスタオルを頭にかぶせる。少々長くなった髪は水を含んで未だ重い。

「それは私の罪だろう」
「いいえ、ガロのことです」
「……」

ギチリと歯が音を立てる。答えは返さなかった。
――私の裁判の中で、彼は、私の罪状の一つとして挙がっていたティモス家放火を自らが行ったのだと証言した。あの時は同様のあまり、醜態を晒した。

――違うッ!――

「……違う」

――お前のせいじゃない!――


「それは私のせいだ」

私がもっと前に思い出していれば、お前の発作を抑えられていれば。
裁判で、私は無様に反論した。ぐずぐずだった。何が元司政官か。掘り返されたくないことを掘り返され、混乱で取り乱して、結局、ティモス家放火はクレイの発作によるものだと結論づけられた。
刑は奉仕期間の延長のみだった。被害者家族であるガロがそれ以外の刑を望まなかったことと、本人の意思とは関係ない事故、そして古い事件であったこともあり、ただ罪だけが降り積もる。

なんたる体たらくか。それでも、兄か。
いつの間にか俯いていた視界に入ってきた手のひらに、思考に浸っていたことを自覚する。
その手は避ける暇もなく首元に触れてくる。そのままチョーカー状の金属製の拘束具をなぞった。

「そんな顔をしないでください。あれは私が望んだことです」
「……知っている」
「はい。そして、貴方のせいではない」

覗き込むように視線を合わせてくるクレイに、言葉で反論しない代わりに目線を逸らす。
冷たい指先がしめる首元を拘束具にそって、添わせる。湯を浴びて体温が高くなっていることもあり、冷たさを余計に感じた。

「私の罪が嫌いですか」

そうではない。それは、お前の背負うべき咎ではなかった。それだけだ。
その罪を嫌えば、私はクレイを否定することになる。罪を受け入れた彼を、償おうと決めた彼を。向き合う覚悟を持つ男を。
何も言えずに唇を噛めば、咎めるようにそこに親指が触れる。

「私は、貴方の罪を愛しく思う」
「何を言っている」
「貴方の背負った罪は、貴方の想いそのものだ。貴方に背負わせた、私たち二人のもののはずだった」

僅かに開いた垂れ目の瞳に、悲し気な色が映る。
首元を伝いながら、唇を開放しようとするクレイに、まるて真綿で首を絞められるようだと思った。

「私もこれが欲しい」
「――馬鹿なことを」

髪から流れた水滴がクレイの手に落ちる。
まるで泣いているようだと思い、どちらのものなのかと考える前に思考を放棄した。


「ちょっくらタオル――ってうおぁ!? な、ななな、何やってんだ! 生江、クレイ!」

軽いノック音の後に開いた扉。その向こうから青いトサカの男が現れ、私たちを見て仰天の声を上げた。
それにクレイが目を瞬かせ、私はあきれた声を出した。

「どうしたんだい、ガロ」
「うるさいぞ、ガロ」
「い、いやいやいやいや! あ、あんたら洗面所でそんな、いや洗面所じゃなくてもあれだけどよ!? っていうかなんでそんな落ち着いてんだ!? なんだ、俺がおかしいのか!?」

両手を振り乱し、顔を赤くして喚くガロに思わず舌打ちをした。
距離を放したクレイに、タオルを掴んで髪を拭い、そのまま腰に巻き付ける。こいつに全裸を見られる趣味はない。
しかしあまりにも煩いので軽く思考すれば、なぜガロがここまで喚くのか理由が分かった。
ガロからの視界や私たちの位置。距離や行動を鑑み――私たちがキスでもしていると思ったのだろう。

「ふん、馬鹿が」
「ははっ」

クレイも合点が行ったのか、愉快そうに笑い声をあげる。クレイを見れば視線があったが、特に何も言わずに私は洗面所を出るためにガロを退ける。

「な、なんだよ!? 説明してくれねぇのかよ!」
「まぁ大人には、いや、兄弟には色々あるということだよ」
「い、いや、説明になってねぇし!」

適当なクレイの説明にガロがさらに混乱するのを聞き流しながら、己の首に触れた。

――お前にやるものか。これは、私だけのものだ。

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