- ナノ -

クレイ01
諸々あって全部落ち着いた後。


結局私は死刑にはならなかった。
己の裁判ではAIになったデウス博士とガロ、そして何より我が弟によって無様を晒した。今はプロメポリスの政治・後処理のご意見番、また研究の補助という奉仕活動を行っている。

今日は本当に久しぶりに何の予定もない、何故かガロとクレイ、私で暮らしている家に戻っていた。
二人はバーニングレスキューで仕事中なのだろう。誰もいない部屋に司政官時代を思い出す。
水面が揺れ、ガラスの向こうからは自分が建設に携わった建物――船の一部――とプロメポリスが見渡せた執務室。身の内でざわめくプロメアたちを宥めながら、もう少し、もう少しだと囁いていた日々。
だが、今はもう身にプロメアはいない。恐怖を伴う焦燥感も、守らなければならないという使命感も、何を切り捨てても成し遂げなければならないという義務感も。

「もう、俺には何もない」

口に出すと本当にその通りで思わず笑いがこみ上げるようだった。
この十数年。ただ必死に生きてきた。失敗をただひたすらに恐れていた。そして――全て終わった後を怯懦した。
今でも、たまにぶり返す。全て終わったはずなのに。

「……馬鹿馬鹿しい」

ソファに座りなおし、背もたれに体を預ける。
せっかくの休みに何を考えているのやら。明日はまた研究とご意見番の日々だ。研究を手伝わせるのはいいが、犯罪者にご意見番をさせる意図が分からない。そうは思えど、そのおかげでビアルやヴァルカンが拘束されずに手足として動くのだと思えば拒否をする気も失せてしまう。
独り言ち、目を閉じる。プロメアの笑い声が聞こえなくなった聴覚が、どこか物足りなかった。



「生江」

呼ばれた名に意識が浮上する。
耳に残るその声に、最近は名で呼称するすることが多いなと頭の片隅で私が感想を呟いた。

「……クレイか」
「ええ。こんなところで寝ると風邪をひきますよ」
「少し目を閉じていただけだよ」
「そうですか?」

細い目で笑みを作るクレイの姿を見やる。
白衣を着てオールバックにする姿は少し司政官時代の私に――いや、『本編』のクレイに似ている。
ただ、冠のような髪型ではなく少し撫でつけた程度だ。逆に、以前までは冠を称した髪型をしていた私は中途半端なオールバックに、以前より伸びた髪は後ろで一つに縛っていた。

「ガロはまだ帰っていないのか?」
「はい。書類に駄目だしを食らったようですよ」
「ふっ、そうか」

眉を八の字にして悲し気な顔をするガロの顔が思い浮かんで、少し笑う。
ガロ――クレイのバーニッシュの発作で家を焼かれた子供だ。その時にクレイは左腕を失い、私はガロの両親を助けようと、いや、クレイを人殺しにはさせまいと家へ入り右腕を失った。両親は連れ出すことは出来たが、数日後に容体が回復せずに死亡した。
そしてその件をきっかけに、私は『プロメア』の記憶を思い出した。
ガロを見ると、彼のことを考えると、その時のことが鮮明に思い起こさせる。――私は、彼が嫌いだ。色々なことを、思い出しても仕方がないことを、想わせる子供が嫌いだ。

黙っていれば、隣にクレイが腰を下ろす。

「険しい顔をしているよ。生江」
「……少し研究で疲れたかもしれないな」
「そうか。なら、もう少し寝るかい」
「ここで寝ると風邪をひくといったのはお前だろう」
「ならこれを」

立ち上がり、白衣を脱いだクレイはそれをそのまま私へとかける。
厚い生地ではないが、一枚あるだけでも保温効果はかなり異なる。着ていたための温もりを感じつつ、暖かくなった身体に少し眠気が引き出されるようだった。
クレイは白衣を脱いだついでに髪型を少し崩して、前髪が現れていた。それを見ると、昔に戻った気分になる。己は司政官で、クレイは何も知らずにフリーズフォースの装備の研究開発を行っていた。あの頃は、幸せだったのだろうか。私は、彼は。
私の視線に気づいたクレイと目が合う。

「……おい、やめろ」
「なぜ? 僕に触られるのは嫌ですか?」

耳元から髪に触れてくるクレイに制止の声を出せば、先ほどとは代わり僅かに甘い声を出すクレイ。眉間に皺を寄せ、深い溜息を吐いた。
昔からあざといところはあった。甘やかしていた自覚もある。そして何より狡猾な節があった。何よりそれを振り払えることができない己を知っていた。
無言の抵抗、無言は肯定の意。その両方の意味で、黙って触れられ続けた。

楽しいのかなんなのか、頬や耳、髪に触れるクレイを眺める。
彼は――前世の記憶と照らし合わせると、随分と変わった。私が知る中で唯一大きな変化のあった人物だろう。彼は、クレイ・フォーサイトであるが、そうではない。けれど、時折感じる彼の仕草や声、思考にやはり彼は『そう』なのだと感じるところもある。
自分のしたことが正しかったのか分からない。だが、私はただ――。

「また難しいことを考えてるのか?」
「……何も考えてないよ」
「嘘をついてもわかる。産まれた頃から一緒にいるというのに」

確かに、クレイは嘘を見破るのはうまかったな。だがそれも幼少期のころの話だ。司政官となってからは、彼には、彼にだけは本心を見せまいと全てを隠した。まぁ、直前に計画はばれてしまったが。
思い返して目を伏せれば、こつりと額に何かがあたった。なんだと瞼を開ければ、眼前にいるクレイに、彼が額をつけたのだと思い至った。僅かな吐息が唇をかすめる。
美しい碧い瞳が、赤い瞳のまま戻らなかった私を映していた。

「一人で抱えない。約束したでしょう」
「抱えていない、隠し事もしていない」
「嘘つき」

どろりとした甘さを含んだ声色で、虚実であると囁かれ、その表情と言葉に末恐ろしくなる。
ああほら、これだ。この何もかもを見透かすような目が、人を好きに動かそうとする横暴さが、彼がただの男ではないと如実に伝えてくる。

「僕には言えませんか」
「……そうじゃない」
「生江は私が嫌いか」
「……クレイ」
「答えてくれ」

ああくそ、そうやって手を変え品を変えて。
本当にずる賢い。幼い頃よりも、何十倍も卑怯になった。
知っているというのに、わざわざ私に言わせるか。

「……愛しているよ」
「ふふ……私も」
「……くそっ、いい加減離れなさい」
「嫌です。本当のことを言ってくれないなら、分かち合うぐらいしかできませんから」

そういって額を放したかと思えば、首元にすり寄ってくる弟に、自分の頭に右手を当てた。

「度し難い馬鹿だ、お前は」

そして、そんな彼を一等愛している私も。

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