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動けない獲物と我慢する狼
注意:だるま主です


プロメポリスは今日も平和である。
数か月前まで、この世界はプロメアという宇宙人な炎生命体が地殻内にこんにちはしており、地球崩壊の危機を迎えていた。しかもあと半年で地球が破滅する! というところでプロメポリスの司政官である男がなら宇宙へ旅立つぜ! お前ら燃料な! とプロメアと繋がっているバーニッシュという人種をエネルギーにして宇宙へワープしようとしたものだからそれがきっかけで地球がすぐさま破滅しそうになった。
だが、それを青年二人が止め、更には燃えたがっていたプロメアたちを平和な炎で大炎上させ完全燃焼させて自分たちの星へ帰らせるという離れ業をやりとげ、無事地球は破滅を逃れ、宇宙人は自分たちの星へ戻れ、平和が訪れたのだ。
ということでプロメポリスは今日も平和である。
あと、そのワープしようとして地球を崩壊させかけた男である私も平和にベッドでごろごろしている。
私もバーニッシュというプロメアと共鳴して炎が扱える人種だったわけだが、今では身体からプロメアも離れ快適な日々を過ごしている。プロメアと共鳴していると、彼らの声が聞こえてくるのだ。それがあまりにも煩くて仕方がなかったから、無音が嬉しくて嬉しくて仕方がない。
私の身体にいたプロメアは元気だったのか狂暴だったのかなんなのか、いつも耳元で叫ばれているのではないかと思うほどに煩かったし、燃えたいという衝動がすさまじかった。プロメアが身にあると、その生命体の燃えたいという意思が人間にも宿り三大欲求ならぬ四大欲求のようになるのだが、それが如何せん私は強かった。自制していないと本当に手あたり次第燃やしたくなってしまったし、そのせいで四肢が全部なくなってしまった。
バーニッシュは燃やしたくなる代わり、身体が燃える代わり、といってはなんだがプロメアによって体が補填される。怪我をしても燃えてもすぐに再生するのだ。これは便利、と思うだろうが私にはその恩栄が与えられることはなかった。
最初は左腕。突然現れた燃えたいという発作に耐えられず夜の公園に逃げ込んだら、左腕が吹っ飛んでそこから炎が噴き出して公園を丸々一つ焼き払ってしまった。思わず逃げてしまった先で放火しているバーニッシュを見かけてぶん殴ったりその家から子供を助けたりしたが割愛する。
次に両足。司政官になって最初は敵も多く政敵が送り込んだかなんだか分からないがテロリストに爆発物をしこまれて建物が崩れ両足が潰れてしまった。バーニッシュだから治るはずなのだが、治ろうと身体がした瞬間に周囲一帯を燃やし尽くそうとして無理やり再生を止めた。近くには救助に来てくれた部隊もいたから尚更だ。部下を焼き殺してしまうところだった。
最後に右腕。唯一の生身の腕だったので大事にしたかったが、バーニッシュに襲われたときに――色々非人道な実験をしていたのでこれは自業自得だ――共に行動していた秘書を守ろうとしたらなぜか右手から炎が出ていて、その火力で秘書は怪我をしなかったしバーニッシュは捕まえることが出来たが、炎を無理やり抑えようとしたら右腕を灰にしてそのまま再生しなかった。
その時々で部下や秘書――あと助けた子もか――衝撃を受けていたが、それはそれとしてなんやかんやありつつ義手や義足をつけて、恩栄にあずかれないなりに頑張ってきた。

その結果。あの日助けた子供に殴られ計画を止められ、地球はその子たちが謎の原理で救い、自分は牢屋に入れられることになったというわけだった。
だが、それでも満足している。何しろ地球は救われたのだ。それにプロメアもいなくなった。
しかしなぜか私は牢屋から出され、あの日助けた子供――ガロを監督役としてあの子と二人で暮らしている。司法取引とかガロや元部下たちの尽力など色々あったわけだが、今はこうしてのびのびと暮らさせてもらっている。

こうして過ごしていて何よりも嬉しいのは、プロメアの声も衝動もないことだろう。
司政官としてプロメアを抑える日々は本当に地獄だった。気を抜けば腹や脳が焼ける感覚がしたし、耳の奥で焙られる臭いが鼻に香って来たし、吐き気がして吐いたと思ったら焼けた内臓だったりしたし、いや本当にプロメア私に恨みでもあったのかってぐらいやばかったな。計画を実行したあたりはもう煩すぎて常に歓声が聞こえてるみたいだったよ。皮肉だけど。

なので本当にのびのびとしている。何も聞こえないのがこんなに心地よいなんて――幸せ過ぎる。
司政官という職は当然はく奪され、本物と見まごうばかりの性能の良い義手義足は支給されず、まぁ日常生活に支障はない程度の安物の義手義足があるが、あれは着け心地が悪いので寝るときは取っ払っている。
長さのバラバラな短い手足しかないため寝返りを打つのも大変だが、幾ら踏ん張ってもプロメアの声が大きく鳴ったり笑い声が聞こえないのでそれすらも嬉しくて仕方がない。解放感がすさまじい。

窓から差す朝日を浴びつつ、手足や頭、腰をどうにか動かして体制を変える。ああ、いい仕事をした。二度寝をしよう。目を閉じてうつらうつらとしていると、部屋の扉が開く音がした。
同居人の登場である。

「クレイ、もう起きる時間だぜ」
「……もう少し寝る」
「毎回そうじゃねぇか、いい加減ちゃんと時間で起きろって」

同居人は青い髪の青年、ガロである。
色々あったが、なんだかんだで一緒に暮らしているし、四肢がない私の世話をしてくれている。昔は三本は生身だったし、彼は子供だったから世話をするのはこちらの役目だったが、大きくなったなぁ。
そんなことを想いつつ細目を利用して目を開けているふりをして再び夢の中に潜ろうとしていれば、再び声をかけられる。

「んなことしてると義手と義足つけてやんねぇぞ。俺も仕事あんだからよぉ」
「……ならつけなきゃいいだろう」
「え?」
「私はここで寝る」
「おいおい……駄々っ子かよ」

はいそうです私は駄々っ子です。
安い機械は動きにくいのだ。だったら私はベッドでプロメアのいない解放感を感じながら眠っていたほうが断然いい。司政官じゃなくなって仕事もなくなったし。ああ、二重の解放感……。
大人げないとは思いつつ、はよ仕事に行ってしまえと思っていれば肩口からない左肩を抱えられて引っ張られる。

「いいから、朝食ぐらいは食えよ」
「朝食より睡眠の方が魅力的だな」
「あんたなぁ! もういい、無理やり連れてくからな」

ああーやめてくれガロー。とは言わないが、少し手足を動かして抵抗を試みる。といっても相手は現役レスキュー隊。こちらはかなり体格はいいが手足はなし。ということで直ぐに抱きかかえられて部屋から連れ出された。さよなら私のベッドよ……。

そのままリビングのソファに連れていかれ、ゆっくりと下ろされる。そこらへんは流石レスキューである。しっかりしている。
机の上に置かれたシリアルにガロが牛乳をかけるのを重い瞼をどうにか落ちないようにしつつ眺める。

「ほら」
「義手をつけたら自分で食べるが」
「いんや、起きなかったからな」

いや、ガロが介護する感じになってるけどそれはいいのか?
私としては使い勝手の悪い義手を使わなくて済むので、別に問題ない。差し出されるがまま、スプーンに乗ったシリアルを口に含む。
そのまま無言でガロがシリアルを掬い、私が食べ。を繰り返す。
数分後には完食したが、口の周りに牛乳がこびり付いてもどかしい。お互いに食べさせるのも食べさせられるのも慣れているわけではないので、綺麗な食事とはいかないものだ。はしたないが舌で舐めとろうとして、ガロの視線に気づく。

「ガロ?」
「……あんたさ、なんも思わないのか? 俺にここまでされて」

……思う? いや、有難いとは思うが……あ、さすがに甘えすぎたか?
まぁしかし、命をかけたとまでいっていい計画を止められて地球救ってしかも昔は一緒に過ごしていたみたいな子に今更羞恥心もないし、プロメアから解放されて最高だし、ガロはなんだかんだといい子だし、快適すぎてびっくりする日々だ。
勿論、甘えすぎというなら改善はしよう。この日々は気に入っているのだ。

「監督役なのだから命じればいいだろう。そうしたら毎日起きるし大人しく義手も義足もつけられる」
「そうじゃなくてよ、勝手に移動させられたり、食事させられたり、嫌だとか、そういう」
「……別に?」

別に何も問題ないが。
首を傾げてガロを見やれば、ガロがじっと何かを想うような目でこちらを見てくる。なんだと見つめ返していれば、ガロの顔が急に近づいた。

「いい加減にしねぇと、俺」

そこまで言って、その口から赤い舌が現れる。それはこちらの口元をぬめりとひと舐めした。驚きで体が固まるが、少し離れたガロの舌についていたのは白い――牛乳だった。
……どうやら舐めとられたらしい。
呆然としていれば、ガロはそのまま舌をぺろりと舐めて口内に仕舞った。その瞳はどこか熱っぽい。
と、目を見開いたかと思えば「手足持ってくる!」とそのまま背を向けて逃げるように走り去ってしまった。
身体を動かすこともままならないため、ただぼうっとその姿を眺める。

「……犬みたいだったな」

たぶんそういうことではないんだろうが、まぁ今の生活に不満はないため、あまり深く考えないことにした。

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bkm