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命の炎
体験はできずとも、国のトップという職務が多忙かつ苦労の多い職だということは誰にでも想像がつくだろう。都市国家プロメポリスも例を漏れず、トップである司政官という職務は多忙かつ苦労の多い職だ。こんなもの、使命感とか義務感とか、そういうものに縛られ尽くした人間しかやりたがらない職場だ。
つまり、私のことなのだが。

日々民衆が満足する政治や制度の推進を掲げ、バーニッシュ対策を練り、裏でこそこそと動く政敵を蹴散らすのは骨が折れる。そこに行事が入ってくれば日夜時間に追われ、パルナッソス計画まで遂行しなくてはならないのだから寝る時間などない。

鋼の筋肉とバーニッシュの力でどうにかなってしまうのが頭が痛い。これで倒れることさえできればまだましなのだが、意識を失うこともできない。幸い、身の内にいるプロメアたちは協力的だ。
昔から発作に飲まれないようにと調整と共鳴を続けてきたおかげで、今や微細な動きまで制御できるようになった。と言ってもそれが活用されるのは寝不足で血の巡りが悪くなった時に無理やり血流を動かしたり、筋肉が悲鳴を上げて足元がぐらついた時に筋肉を刺激して支えにしたりする時だけなのだが。

日々寝不足と戦いつつも、そんなことは表に出せない司政官という職務だが、今日は面倒な行事の日である。所謂プロメポリス生誕パレードの日だ。こんな面倒な祝日を作ったのは誰だ? 私ですね、はい。

勿論司政官である身の上だ。参加しなくていいわけもなく、優秀過ぎて涙が出てしまうほどのビアル君と一緒に出勤だ。祝日なんて誰が言った。司政官はサービス業だ、休みなんぞない。
内心涙を流しつつ、それでも今回の行事用に改造させたレスキューモービル――簡単に言うとバーニングレスキュー用の消防車だ――の上から手を振る。
プロメポリスの生誕パレードではその年に応じて様々なパレードを行う。前回はフリーズフォースの専用車体でのパレードだった。そして今回はバーニングレスキューの専用車体でのパレード。順番というわけだ。フリーズフォースもバーニングレスキューも私が設立した組織であり、バーニッシュ対策の大きな要である。そういう意味でバーニッシュからの炎を恐れないというコンセプトのこの都市ならではのパレードだろう。ぜひ民衆側で楽しみたかったものである。

さて、バーニングレスキューといえば――養い子のガロである。
つい最近バーニングレスキューに押し込んだばかりなのだ。そして今は民衆を見張るために他のレスキューの者たちと共にレスキューモービルいる。が、民衆や、時折こちらを眺めて嬉しそうに笑っていた。
ガロ……ちゃんと仕事しなさい。
まぁ、彼がはしゃぐのも仕方がないのだろう。彼にとって私はヒーローのようであるし。でも将来敵になるからなんとも言えない。早めに英雄像は取っ払った方が彼のためだ。
けれど、わざわざ注意する気にもなれず知らぬふりをする。まぁ、養い子が楽しそうな姿を見るのは悪い気分にはならない。

プロメポリス新都市の大広場から延びる道路に、こんなにも人がいたかと思うほどの人々が溢れかえっている。歓声と笑顔、手をたたく音、紙吹雪を広げるもの、手を振るもの。それらに平等に笑みと手を振り返す。
……こういう光景を見ていると、本当にお腹が痛くなる。これ大丈夫かな、ちゃんと本編通りいく? 不安で仕方がないんだが。ここにいる人々の命がかかっているとか考えるとほんと……胃痛が酷い。

胃がキリキリしつつ――これはプロメアではどうしようもない――どうにか道の中央地点を通り過ぎる。よーしあと半分だ気合入れていくぞ!
内心で拳を握った瞬間、爆破音が周囲に響き渡った。

「――なんだっ!?」

呆気にとれら、一瞬思考が止まる。ようやく言葉を出した瞬間にもう一度爆破音。足場が揺れ、思わず今回のためにつけられた柵に手をつく。

「ビアル!」
「民衆の中に暴徒がいたようです、今フリーズフォースが――」

すぐそばに控えていたビアル君が通信機器を見ながら、珍しく顔を強張らせ状況を説明する。流石ビアル君、こんな状況でも即座に答えられるとは。
だが感心している暇もなかったようだ。空からフリーズフォースの機体がやってくるのが見えるが、同時に民衆の中から何かが発射されたのが視界に入る。あれはロケットランチャーか。そんなものどこで手に入れるんだ全く。

「ビアル君、後ろに」
「司政官!」

彼女を庇うように前へ出る。発射物は真っ直ぐにこちらへと飛んでくる。爆発物であろうそれに、強く歯を噛み締める。どうする――いや、どうするも何もない。
必要最低限の出力であれを受け止めるしかない。バーニッシュと気づかれぬように。くそ、これはテレビ中継も入っているんだぞ、ふざけている。こんなところで命も計画も絶ってたまるか。
瀕死になるぐらいは仕方がない。バーニッシュなのだから多少の身体の欠損もどうにかなる。痛みはどうにもできないが、それはそれだ。
発射物に向かって左手を伸ばす。爆破を数瞬だけ着地前にプロメアの火による静電気で発生させる。人差し指と親指をすり合わせる、タイミングは一瞬だ。――くそ、どこぞの錬金術師じゃないんだぞ私は!

あとわずかで音を鳴らす、その時。

「旦那!」

聞きなれた子供の声が真横から響いてきた。
それと同時に体が押される。咄嗟に目線だけでそちらを見れば、体当たりするように私を庇うガロがいた。
視界の端には弾頭がすでに迫っていた――ガロの背中に。

「ッ!!」

歯を食いしばり、指を鳴らした瞬間に炎の噴出と共に眼前の弾丸が火花を散らし、今までとは比べ物にならないほどの火力と轟音をまき散らす。
思わず目を瞑りかけ、身体に吹き荒れた衝撃に弾き飛ばされ床に激突した。
思い切り頭を打ち付け、意識が半ば消し飛ぶが感じる熱でどうにか意識を保つ。身体中の痛みに呻き声をあげ、無理やり上半身を起こした。

「が、ろ、ガロ……!」

胸に感じる重みに右手を添える。左手は近くでの爆破で動かなくなっていた。
添えた右手はそのまま置いたはずの身体ごと滑り落ち、息をのんだ。
ずるりと胸から床へと落ちた身体は、ピクリともしない。まるで人形のように顔面から沈んだレスキュー姿の男。

「――ガロ?」

名前を呼んだら、いつでも煩いぐらいに元気に返事をしてくるはずなのに。
動かない、少しも。まるで、電池が切れたようだ。
なんだこれ、嘘だろう。これは――どういうことだ。

他のバーニングレスキュー隊が駆け寄ってくる。私やビアル君を助け起こして、ガロを横たえらせる。服は焦げ、金属の破片で体に多くの傷が出来ていた。
ビアル君はたてないようだったが、目に見える大きな傷は見当たらなかった。私は庇われたせいかバーニッシュのせいか、こちらも至近距離にいたというのに多少血が流れている程度だ。
ガロは――心臓マッサージを受けている。

「心臓が動いてない!」
「AEDは!」
「アイナ、止血を頼む!」
「呼吸も小さい……!」

レスキュー達の声が嫌でも聞こえる。
鬼気迫ったそれらに、眩暈がした。お願いだ、嘘だと言ってくれ。なんだこれは、悪夢か? 夢なのか?
おい、ガロ。どうして庇ったんだ。私だったらどうにでもなったのに、ただの人間のお前が庇ってどうする。レスキューギアも装備せずにあんなものに当たったら無事ではすまないことぐらいわかるだろう。

「ガロ、ガロ!!」

やめてくれ、どうしてそんなに悲痛な声を出すんだ。

「司政官」

いつもとは違い、固い声を出した彼女に惹かれるように目を向ける。そこには多少混乱しつつも、こちらを真っ直ぐと見つめる秘書の姿があった。
そうだ。何を、躊躇っているんだろう。物事には優先順位がある、そしてそれを決めるのは私だ。いつだってそうだった。いつだってそうやってきた。それは、今この時も変わりなく。

「――ビアル、至急大佐にレスキューモービル付近が民衆及びその他映像の映らないよう遮断するように伝えろ」
「はい。かしこまりました」

未だに動けないながらも、端末を使い連絡を取るビアル君にどれだけ優秀なんだと内心感嘆の息をつく。
優先すべきは民衆の安全、犯人の確保、我々の身の安全、そして――ガロ。

「これでも駄目かぁ! なら通常の倍の電力で――」
「通してくれ」

恐ろしいことを口走るピンクと金髪のクリーム色の髪の彼女を右手で退ける。
突然やってきた私に、他のレスキュー隊が目を向けた。

「下がっていてください司政官。ここは貴方では」
「退いてくれ」
「司政官、ここは貴方がいても――」
「その子を死なせたくないなら退け。……分からないのか」

直ぐ側で応急処置を行っていたレスキューのレミー副隊長とイグニス隊長に阻まれるが、説明する時間も惜しい。威圧すれば、一瞬たじろぎ、その隙にガロの元へと割り込んだ。
息は、もうしていない。心臓もAEDを行っているが蘇生していない。出血多量。背中と頭。胸に手を添わせれば、爆破の衝撃で肋骨が折れているのが分かった。心臓マッサージで追加で二本。
脆いな。私を見習ってほしいものだ。

「死ぬな、お前は死んでいい人間じゃない」

だって君は、主人公なんだから。

息を沈めるように意識を集中する。身体に存在する炎を、チリよりも更に細かく裁断し、動かすには他に気をそらしてはいけない。それが他人の身体なら尚更だ。
今からするのはいつものお遊びではない。人間の命を回すための処置だ、燃やすことも、間違えることもできない。チリリと耳の奥で音がする、髪がパチパチと揺れる。
右手でガロの顎を救い上げ、人工呼吸をするようにそこから炎を吹き入れた。

灰よりも微細な炎がガロの身体をめぐる。肺、血液、心臓――それぞれに僅かに働きかけていく。
血液を動かし、筋肉を刺激し、活動を促す。止血のために傷を炎のかさぶたで埋め、骨をもとの位置へと少しずつ動かしていく。
瞑った瞼の裏で、炎たちがオーバーヒートを起こしそうだった。僅かな動きの乱れが人を殺し、人を生かす。汗が幾多も流れ落ちるのが煩わしい。
ガロの中に、自分の意識が入ったような感覚さえ覚え――瞬間、大きな脈動に目を見開いた。

口を放し、ガロを見やる。離した自分の口からは、酷く荒い呼吸音がしていた。
死ぬな、死ぬな――。お願いだから。君がいないと、何も始まらないんだよ……!

僅かに、睫毛が揺れる。

「ガロ!」

叫んだ名に、ゆっくりと瞼が開く。
まるで寝起きのような顔をして、次に痛みに顔をひきつらせた後に、何故か安堵した表情でガロが言葉を紡いだ。

「……だん、な?」

ああ、馬鹿だな。
ガロも私も。確かに息をするガロと、動く心臓。それらに安堵し、体内の炎をかき消した。
周囲のレスキューたちも声を上げる。パチリと髪に喜び故か火花が散った。

「……あまり、心配させるんじゃない」

私の言葉に、ガロは馬鹿みたいに情けなく、嬉しそうに笑った。それに、つられてしまった私も私だ。
本当にどうしようもない。
……この後どうすんだ、私。色んな意味で、泣きたい。

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bkm