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昔の貴方とこんにちは5
あの後、そんな服じゃだめだ。といわれてガロが持ってきた服を着せられ、身支度を整えられ、そのまま大量の注意事項を――ガロが――言い渡され、ひっそりと外へ出た。

外。
本当に外だった。
眩しい日差しに眩暈がした。淀んでいない空気に咽た。鮮やかな香りに鼻が詰まった。
外だった。

呆然としていれば、私を外へ連れ出した青年に手を引かれる。
今の私の手より一回りも小さい。私の手が大きいだけだけれど。

「こっちだ、クレイ」
「ぁ、う、ん」

日差しに照らされてガロが笑っている。なんだか頭がくらくらした。
なんだ、なんだこれ。
もうわけが分からん。記憶とか本編とか、もうそういうんじゃない。
眼球の神経がねじ切れるようだし、胃から何もかもが出そうだし、頭が爆発しそうに痛いし、腸が避けるのではないかと思うぐらい鈍痛を発していた。

ガロにそのまま引っ張られて、数分歩かされる。
ふらふらとして、時折ガロに心配された。それを、ただ頷くだけで返していた。言葉を発する余裕はなかった。そのままどこかへたどり着いたらしい。
ガロが誰かと話している。しかし、それが誰だか判断がつかない。
視界が全て靄がかかったようになって、何も見えなかった。

「――?」

誰かに話しけられる。手を握られている。
けれど、何もかもが判断つかなくなって、世界が反転した。



目を覚ました時、そこは見知らぬ家だった。
見知らぬところで目を覚ますこと多いんだよな……。
ただ、そこは今までのような白い空間や、機械や、医者はいなかった。
空気を循環させるシーリングファンがゆっくりと回っている。ぼうっとそれを眺めた。

ここ、どこだ。

「クレイ?」
「……ガロ、さん?」

聞こえてきた声は、聞き覚えのあるもので。返事をしようとして、何と呼んだらいいか迷い、一応敬称をつけてみた。
シーリングファンの代わりに、青い髪が視界に映り、それから燃える瞳が目に入る。
それをぼうっと見つめていたら、その顔が破顔してビックリした。

「よかった……! いきなり倒れたから、驚いたんだぞ!」

いきなり倒れた。
そうか、倒れたのか私。
意識を失う前のことを、ようやく思い出した。もう信じられないぐらいの体調不良に襲われて、途中で意識が吹っ飛んだのだ。
一か月以上も牢屋の中で蹲って過ごしていたせいなのだろう。突然の運動――というよりただの日常的な動きだが――と外の空気に体が拒絶反応を起こしたのかもしれない。それか精神的なストレスが外に出れたことで爆発したか。

そして、迷惑をかけてしまった。

「ごめんなさい」
「あ、いや、別に怒ってるわけじゃねぇよ。こっちこそごめんな、調子悪いの分かってやれなくて」

謝ると、続けて謝られてしまい、首を横に振った。
謝る必要はないのだと伝わっただろうかと彼を見てみれば、どこか複雑そうに――寂しそうに、悲しそうに――こちらを見るかれと目が合ってしまった。
ガロが伸ばしてきた手を、今度はしっかりと恐れずに受け入れる。
右手をしっかりと握られて、そうして複雑そうな顔に笑みが浮かぶ。

「ちゃんと、守ってやっからな、クレイ」
「……うん」

決意を固めるように言われたそれに、どうにか返事をして、久しく動かしていなかった表情筋で形を作る。

「ありがとう、ガロさん」

せめて感謝を伝えられたら。
私がそう言い終わると、彼は瞠目して、その瞳をゆらゆらと揺らした。
そして、やはり複雑そうに笑みを浮かべたのだった。

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