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昔の貴方とこんにちは4
彼は――ガロ・ティモスは私をここから出すと力強く告げて、そしていなくなった。面会の時間が終わったのだ。
泣きはらして、体力が全部なくなった私は元の部屋に銃を突き付けられつつ戻った後、泥のように寝た。空腹や頭痛もそれどころではないぐらいに疲労しきっていた。
そのまま意識を失って。目を覚ましたらやはり今まで通りの牢屋だった。
朝食は既に置かれていて、相変わらずまずそうだった。頭痛と目元の痛みと喉の痛みの三連撃で死にそうになりながら、そこに空腹の腹痛も加わっていたので、どうにか食事はとった。

不味くとも、食べると一定の満足感は得られる。
ぼんやりと、昨日のことを思い出してその場に蹲った。
何やってんだ私。

「あんな子に」

転生した私よりも年齢が低いであろう彼。そんな彼に何を喚き散らしてたんだ私は。
あまりにも大人げなくてその場に蹲って頭を覆う。
彼だって、今は色々大変だろう。たぶん本編後なのだろうから。
というか、結局彼に色々質問したつもりになっていたけど、肝心の答えは聞けていない。私が取り乱してしまったためだ。
深いため息をつく。思った以上に長く息が出て、胸をぺたぺたと触る。
大きい、というか大きすぎるほどの大胸筋がそこにあり、なんだか窮屈な気がした。考え込みすぎていてあまり確認していなかったが、本当に体が大きい。体格的な意味でも、筋肉的な意味でも。
一通り身体を確認して、今まで触れてこなかった場所にも手を伸ばした。左腕の、側面。
肩口からずっぱりと存在しないそこは、触ってみるとでこぼことしていて気持ちが悪い。覗いてみれば、真っ黒に焦げているようにケロイド状になっていて直ぐに目を逸らした。

「……どうなるんだろう」

どうしても、彼の顔が浮かぶ。
ここから出してやる、と彼は言った。だが、それはきっと無理だろう。
なんせ本編通りならクレイ・フォーサイトは大罪人だ。プロメポリスの法が法なら、死刑もあり得るだろう。ならば、ずっとこのままなのか。
はたからみれば幼い子供のころに、身体はそのままで退行した男。そのまま牢屋にでも入れておけば、いつか狂って自ら死ぬかもしれない。
……まぁ中身は成人女性+子供なんですが。

でも、そうしたら、彼はどう思うんだろう。
帰してやると、燃える瞳で告げた青年。
どうか、彼が悲しい思いをしないことを祈った。



一か月が経った。
心が死んだ。
いや死んでないけど。

いやはや、なんというか。この生活は結構どぎつい。
未熟な私には耐えられない。ガチで。
話し相手もおらず、娯楽もなく、情報はかけらも入ってこない。
ガロはあの後一度も来ていない。それはそれでいいんだと思う。無理に傷口を広げることはない。
しかし、退屈は人を沈黙で押しつぶしてくるし、敵意は鉋のように心をすり減らす。
現実は現実と受け止めようとしても、どうしても両親の顔やスクールの校舎、やり忘れていた宿題のことが頭に過ってどうしようもない。ああ、これじゃあ産まれたころと変わりない。
生前を思い出して苦しんで、帰れないあの日を想って泣きわめいて。

「……つらい、おかあさん、おとうさん」

泣きわめく私を受け止めてくれる人たちはいない。
あの暖かさに溺れてしまいたかった。






「おい、出ろ」

鋭くかけられた言葉に、意識が急に浮上する。
目を閉じていたら、いつの間にか寝ていたらしい。すぐに動かないと銃口で頭を小突かれるので、慌てて上半身を持ち上げる。その際に頬が冷たいことに気付いて触れてみたら、水が付着していた。
何かを零しただろうか、でも水なんてものは。と思っていれば「おい」と声が聞こえ、揺れる身体を右腕で支えてどうにか立ち上がった。
そのまま前に立たされて、誘導されるがままに歩かされる。

外に出るのは面会のとき以来だ。どこへ行くのだろうか、牢屋を変えられるのか。それとも裁判か、刑罰か。嫌な想像が頭をめぐり、吐きそうになる。
必至でそれを抑えて、動かさな過ぎて震える足で目的の場所らしきところへたどり着く。

一人だけ中に入れられて扉は勝手に閉まる。
不安に埋め尽くされながらも、部屋を見渡そうとした瞬間に――驚きで声が出た。

「……な、んで?」
「言ったろ。ここから絶対に出してやるってよ」

そこには、青い髪色を持った、燃える瞳の青年――ガロ・ティモスがいた。
座っていた椅子から立ち上がり、太陽のように笑う。
彼はそのままこちらへ歩み寄ってくる。こちらが動けずにいれば、すぐ目の前にまでやってきていた。
私と彼の間にガラスの壁はなかった。触れようとすれば触れられる距離に、瞠目するしかなかった。
そんなことが可能なのか。だって私は大罪人のはずなのに。

「ほら」

彼の手が私の右腕に伸びて思わず肩が飛び跳ねた。
どうしていいか分からず、ただ見守っていたらガロは自分のポケットから何か四角い機械を取り出した。
手首についた首と繋がっている拘束具へ向かって、その機械についているボタンを押すと、高い機械音が響き、重い音を立てて手首の拘束具が外れた。

「首も」
「っ、」

首元に手を伸ばされて、思わずのけぞりそうになるのを必死で耐える。
誰かの手が伸びてくるとなんだか恐ろしいのはなぜだろう。牢屋に長く入っていたせいでの、疑心暗鬼だろうか。他でもない彼の手なのに。
目を細めてどうにか耐えていれば、再び機械音がして首元の拘束具が緩まった。
それをガロが二つに割るようにして取り外す。一気に身体が軽くなった。
同じ要領で足首についていた拘束も外される。

「遅くなってごめんな」

そう申し訳なさそうに謝る彼に、なんと言葉を返せばいいか分からない。
これはただの面会だろうか、それとも外に出られるのだろうか。
ただ戸惑って彼を見つめていれば、頼もしい顔で彼は言う。

「ガロ・ティモスだ。これからあんたと暮らすやつの名前だ。ちゃんと覚えてくれよ」
「へ」

思わず変な声が出た。
君の名前だったら知っている。忘れるはずもない。
けど、これからあんたと暮らす?

「ちゃんと面倒はみるからさ、クレイ」

そういう彼に、ただ茫然と口を開いたまま何も言えなかった。

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