- ナノ -

昔の貴方とこんにちは3
「出ろ」
「……」

銃を装備した警官が、警戒心を隠しもせず鋭い声を出す。
応える気にもなれず、動く気にもなれずにいると、銃口がこちらへ向いて仕方なくゆっくりと立ち上がった。何日も片隅で蹲っていたから身体中が痛い。
銃口を背後につきつけられながら廊下を進む。首の拘束具と右腕は鎖で繋がれていた。
じゃらじゃらと音が鳴る。どこにいくんだろう。

「面会だ」
「……面会?」

スライド式に扉が開き、その奥へと誘導される。
その際に言われた言葉に思わず首を傾げた。面会……人が、私に、クレイ・フォーサイトに会いに来ている。思わず立ち止まれば、銃口を背中に押し当てられて流石に焦って中に入った。あんまりだ。

入ればすぐに扉は閉まり、おそらくこちらからは出られないのだろう。
部屋を見てみれば、監視カメラがいくつかと、簡素な椅子。そして分厚いガラスの壁。その奥に――青い髪の青年がいた。

「……クレイ?」
「……」

青い、しかし炎が燃える目とかち合った。
彼は座っていた椅子から立ち上がると、私を見て、私の名前を言った。
その声色はどこか固く、表情はどこか困惑や不安が読み取れた。

どう、答えればいいのだろうか。
私はクレイだ。けれど、彼の知るクレイ・フォーサイトでは、ない。

どんな顔をしていいかもわからず、しかし気まずいし、どうしていいか分からずその場に立ち尽くす。
青年はこちらを何か願うようにずっと見つめていた。
暫くそんな状態が続いて、互いに何も言いださず、ずっと蹲っていて体力の落ちていた私の身体が音を上げた。
ふらつく足で、ガラスの前の椅子に座る。
ガロとの距離が近くなり、ちらりと表情を伺えば彼も同じく椅子に座っており、真正面で私を見つめていた。ビックリして目を逸らす。

「なぁ……クレイ」

私の語り掛けてくる彼の声。
けれど、答えられない。どう答えていいか分からない。
黙っていれば、少し間が開いて再び彼が声をかけた。

「……俺のこと、分かるか?」

身体がびくついた。
何度も医者に聞かれたことだった。
ガロ・ティモスという名に覚えはあるか、ガロ・ティモスについて知っているか、ガロ・ティモスの顔は思い出せるか、ガロ、ガロ、ガロ、ガロ。

知っている。けれど、決定的に知らない。
だって、私の時には、彼はまだ生まれてさえいないのだから。

どうにか目線を合わせる。真っ直ぐな瞳は、しかしどこか懇願も含んでいて、ただひたすらに辛かった。

「分から、ない、ごめんなさい」

彼の瞳に映った自分の、なんと情けないことか。
大の大人になっているのに、驚くほど逞しい身体なのに、酷く心細そうな顔をして。
ガロは、その目を少し見開いた後に、眉を下げて目を伏せた。
映らなくなった自分に安堵しながらも、明らかな落胆に色を見せる彼に、どうしようもなく申し訳なくなった。

「そうか、ごめん。変なこと言って」

しかし次の瞬間、ぱっと明るい顔が見えた。
いや、僅かに見える歪さが彼の辛さを物語っているが、それでも向けられた笑顔に唖然とした。

――彼は、クレイ・フォーサイトがどんな状況か、分かっているのだろうか。
投薬され、恐らくではあるが記憶が飛んでいる。その状態を、知っている?
いや、思い出せば知っていなければあのような質問もしないのかもしれない。では、彼に聞けば、今の状況が分かるのだろうか。

「あ、の」

声が出ない、喉が詰まる。
これは、聞いていいのだろうか。彼は、ガロは、今どんな状況なのだろうか。
分からない、何もわからない。知りたい、怖いから、何も知らないのは怖い。どうなるんだろう私、ずっとここにいなくちゃならない? もしかして、もっと何かされる? ガロはどうしてここにきているんだろう――。
頭の中に様々な考えが駆け巡る。
けれど、目の前の青年は私の言葉を待つように、じっとしていた。

「ここ、どこ、ですか……?」

ポロリと出た言葉と一緒に、目から何かが零れた。
目の前の青年の目が、今度こそ大きく見開かれる。でも、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「貴方は、誰ですか、なんで、こんなところに、閉じ込められてるんでしょうか、僕、なにか悪いことしたんですか、何で体が大きくなってるんですか、なんで銃をむけられるんですか、ずっとここにいなくちゃいけないんですか、なんでみんななにもいってくれないんですか、なにもわからない、こわいめ、こえがこわい、な、なんで、おしえてくれないと、わかんない、ひだりうで、ないの、なんでですか、くびのいたい、う、うぅ」

教えてください、知らないのは怖い。怖い、知れば諦めがつく、知れば受け入れざるをえないのだと理解できる。でも、何も知らないと、本当に恐怖しかないのだ。無限に続く宇宙に放り出されたみたいに。
知りたくて、言葉を発しているはずなのに、何を言っているのかが分からなくなって、喉が苦しくなって、目の前がぼやけて何も見えなくなって、声がうめき声みたいなのしかでなくなって。

「ひ、っ、うっ、かぇりたいぃ……」

馬鹿みたいなことしか言えなくなった。


ため込んでものが、全て出てしまったようだった。
なんとなく自分で状況を整理してみたとしても、私の許容範囲はとても狭い。
なにしろ、クレイ・フォーサイトという立場もうまく呑み込めていないような状態だったのだ。
それが、これだ。もう、耐えきれなかったみたいだった。

泣いて、泣いて、ようやく瞬いた正気にしがみついて、必死で目をこすった。
泣いても意味がない。事態は進展しない。ガロもきっと困惑している。
どうにか涙を止めようと努力して、鼻水まで出ていたのでそれも必死で拭いて。過呼吸になりかける息をやっとのことで整えて。
謝罪をしながら、どうにか顔をもとに戻そうと努力する。けど、無理だった。顔は腫れてるし頭は痛いし、喉は乾く。ああ、最悪だ。

「目を擦ると、腫れちまうぞ」

目の前の青年からそういわれて、目をこする手を止める。
でも今更だ。目は腫れあがっているし、たぶん明日も引かないだろう。
それでも擦るのではなく拭うようにして涙を拭いて、彼を見た。

ガロの顔は険しかった。それに、一瞬ビクリとする。
それに気づかれたのか、ガロは表情を無理やり笑みに作り替えて言った。

「帰ろう、クレイ」
「……え」
「俺が、ここから出してやる。絶対に」
「……で、きるの、そんなこと」
「ああ。あったりまえだ。できなくても、できるようにする」

力強く告げられた言葉に呆然とする。
そんなの、できるわけない。できるわけ、ないのに。

ないのに、また涙が出てきてしまった。

「大丈夫だクレイ」
「っ、ぅ」
「俺が出してやる」
「ぅ、ぁあ」
「絶対に。絶対に、だ」

彼が力強くしゃべるたびに、どうにか量を減らしたはずの涙が再びあふれ出てきてしまう。
大丈夫なのか、出れるのか。聞きたいけれど、それよりも。
ただ、初めての温かい言葉に涙があふれた。

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