- ナノ -

昔の貴方とこんにちは
死んだと思ったら生まれていた。
そんな状況に陥ったことがあるだろうか。私はある。つい最近のような気もするし、思い出せないほど昔な気もする。具体的に言うと7年前だ。
7年前、私は二度目の生を受けた。交通事故で衝撃と身体が発火するような痛みを覚え意識を失い、再び意識を取り戻した時には産声を上げていた。(混乱しすぎて)一度泣き声が止まって死にかけたらしいとは親の言葉だが、やはり混乱しすぎて覚えていない。

最初の五年間はただひたすらに自分の状況がつかめずに濁流に流されるように過ごしていたが、ようやく二度目の人生六年目で自分の状況を把握しようと思う余裕ができた。
それまでは放心状態のことが多く、親をかなり心配させていたし発達障害とされてもいた。意識を取り戻してからは発達障害ではなくなったとされはしたものの、今でも親を心配させ続けている。

申し訳ないなと思いつつ、やはり転生などという出来事は流石に飲み込むのに骨が折れる。発狂しなかったのを褒めたいぐらいだ。記憶と意識が乖離しているのならともかく、そのまま『私』の状態で転生だ。いややっぱり普通の人だったら発狂してるよね?

しかし、更なる問題が。
この世界は私がもといた世界とは別世界らしかった。なぜそんなことが分かったかというと、周囲の人々の髪の色が色とりどりだったから――というのはおかしいと思う切っ掛けの一つに過ぎなかった、決定的だったのは『世界大炎上』と呼ばれる災害――人災ともいうのだろうか。それについてだった。
世界大炎上を災害や人災と容易に形容するのは憚られる。なにせ突き詰めれば人は悪くない、自然も悪くない。大炎上の原因は人の突然変異――バーニッシュという炎を操れる人類になってしまうためなのだから。
そのバーニッシュと普通の人々が対立を起こし、互いに傷つけ合い、ついにはバーニッシュによって火山が噴火し、連鎖するように世界中の山々が噴火していった。
人々同士の争いや、マッドバーニッシュと呼ばれる過激派炎上テロリストの出現、互いへの憎悪のために、そしてそれに感化された自然により、人類の半分が消え去った。

そんな事件が私が生まれてから数年後に発生していたそうだった。
幸運にも私の家族は被害にあわなかったが、両親の親族たちはもうこの世にはいない。
『世界大炎上』。人々に大きな傷跡を残した、恐ろしい出来事だった。

そして――私はそれを、生前に見たことがあった。
バーニッシュ、プロメア、世界大炎上――それらは映画『プロメア』でことごとく聞いた言葉だった。
私がとても好きだった映画だ。世界観に魅入られ、キャラに虜になり、ストーリーに熱狂した。

聞き覚えがある数々。
だが、もう一つ聞き覚えのある言葉があった。
『クレイ・フォーサイト』。それは、今生での私の名前だった。

どこにでもいる名前、というわけでもない。
そして何より、容姿が『それ』だった。
クレイ・フォーサイト。映画プロメアでは主人公のガロが尊敬するプロメポリスという都市国家の司政官。幼かったガロを助けた命の恩人。しかし本当は自らもバーニッシュであり、ガロの家を発作が抑えきれずに焼いてしまった人物。そして滅びる地球から人類を存続させようと非道に手を染めた男。
の。幼少期の顔を私はしていた。

元々目付きが悪いようで、目を開けると釣り目になる。眉も太いから怖さに拍車がかかる。まだ子供だから愛らしさがあるが、大人になったらかなり怖そうだ。
瞳は青く、肌は白い。髪色は淡い金髪で若干ウェーブが入っていた。
生まれた年齢的にも、クレイ・フォーサイトと同じぐらいだった。
世界大炎上の数年前に生まれたならば、映画本編なら三十代。時期も合う。

私は――プロメアのヒール、クレイ・フォーサイト『なのかも』しれない。

そう受け入れられたのは一年前。今でも若干否定したい。
だって、プロメアのクレイ・フォーサイトは、あまりにも――複雑だった。
悲しくて苦しくて、非道で愚かで、優秀で強くて。あまりにも人間的だった。
そして、そうなる過程があった。そうなった過程の行動があった。
あまりにも険しく、あまりにもうず高い場所だ。
映画プロメアは、全てが『たまたま』かみ合い、そしてハッピーエンドへ燃え盛る映画だった。
だが、そのたまたまを実現するために、クレイ・フォーサイトは、彼の行動は必ず必要だった。
だからこそ受け入れるのは苦痛だ。
なにせ、あれをやらなきゃいけないかもしれないのだから。

私は、私だ。
私はクレイ・フォーサイトという名前だが、映画プロメアのクレイ・フォーサイトではない。中身が違う。
だから、私の好きに人生を生きてもいいはずだ。何にも関わらず、平穏に生きてもいいはずだ。
そのはずなのに――私がそうしてしまえば、世界は滅亡するかもしれない。
それは嫌だ。そんなの、あんまりだ。

だから、どうにかしないといけない。
両親に恩を返したい、何もせずに死にたくはない。
けれど、本編通りのクレイ・フォーサイトの行動をするのは、心が折れてしまうだろう。私は彼ほど脆く、そして強くはないから。

どうにかして、パルナッソス計画を実行せず、地球を救う手立てはないだろうか。
そんなことばかり最近は考えている。
とりあえず発作はどうにか絶対に制御しなければ。ガロの家を燃やすなんてとんでもない。けどそうするとガロは火消しにならないんじゃないかとも思う、いやでもとりあえず燃やすのは無理だ。酷過ぎるし犯罪者にはなりたくない。
あと、やっぱりプロメス博士を殺さない。だろうか。彼がいればプロメテックエンジンは完成する。そうすればバーニッシュが苦しむことはない。
しかし、やはりどうしても心が揺れる――本当に、私がやらなければならないのだろうか。



と、昨日まで考えていたのですが。

「投薬は完了している、目を覚ましたか」
「心拍問題なし、意識は、あり」
「名前を言ってみてください」

「……クレイ、フォーサイト、です」

周囲を医者たちに囲まれて、周囲には大量の機械。
真っ白な部屋で、見覚えのない人々を見る。
こんなの、産まれたとき以来です、はい。

prev next
bkm