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七歳児ですが七歳児ではありません2
とりあえず私は一日はバーニングレスキューで様子見らしい。
しっかりとした医療道具が揃っているここで見てもらった限り、脳にもダメージはないらしい。なら、ガロなどと一緒にいたほうが記憶が戻りやすいのではないか、ということだった。
また、包みは早急にイグニス隊長たちが回収し、今は犯人を特定するために動いているとのこと。早く犯人捕まえてくれ。世界を救ったガロにあんなもんを寄こすなんて何考えてんだ! と思ったけどよくよく考えてみればガロと一緒に行動している私を標的にしたのでは? と思い至って落ち込んだ。ごめんねガロ……。

そうは思えど口には出せず、ガロに導かれるがままに医務室からレスキューの待機場所へ連れ出された。ルチアはチュッパチャップスを食べつつ、リオは訝し気な表情でこちらを凝視しつつ。
リオ君、あの、そんなに見つめられると顔が焦げちゃうから……。あ、もうプロメアいないんでしたねはい……。

「んじゃあ、クレイはここな。いつも座ってるんだ」
「そうなのか」
「ああ。お決まりの場所ってやつだな」

待機場所の角のスペースにある机の左右に椅子が一脚ずつ置いてある。
うん、確かにあんまり人もやってこなさそうで考え事とかにはいいところっぽい。
言われるがままに座ってみれば、隣の席にガロが当たり前のように座る。なぜ。

「君はいつもそこに座るのか?」
「おう、そうだぜ。んで、クレイに話しかけてる」
「具体的にはどんな話題を?」
「んー、今日の出動でクレイがアドバイスくれたおかげで助かったーとか。今日の夕飯どうするかーとか」

家族か。いや疑似家族ではあるんだろうけど。

「それで、私はなんて?」
「『別にお前のためじゃない』とか『なんでもいい』って感じだな」
「……」

そんな塩対応なのに話しかけてくれるガロってなんなんだ。天使?
特に落ち込んだ様子もなく、それが当然のように話すガロ君になんだか罪悪感が募った。記憶思い出したらもうちょっと優しくしてあげような、私。
しかし優しくするのは思い出した私の役目なので今の私は塩対応です。思い出したときどうなるか分からんので。そのためそう返されても無反応で返す。ごめんなガロ君……。

何も返さない私に、ガロは机に寝そべるようにして上目遣いでこちらを覗いてくる。うっ、かわ……。

「なぁ無視すんなよ。俺のこと苦手か?」
「別に、そんなことはない」
「じゃあ、やっぱ緊張してんのか? わかんないことあったら全部聞いてくれよ。大変だろ、頼ってほしいんだよ」

じっと見つめてくるガロ君に、内心ちょっとたじろぐ。
そこまで押されてしまうと、逆に引きたくなってしまうのが心情というものだ。というかガチでガロ君とは知識以外では初めて会う子なのだ。頼ってほしいと言われても流石に遠慮してしまう。七歳児なんで。
というか塩対応しつつ遠慮しないというのが結構難しい。私そんな器用じゃないんだよなぁ。

顔に出さず困っていれば、思わぬところから助け船が。いや、助け船なのかは分からないが。

「あまり畳みかけても意味がないんじゃないか? とりあえず甘いものでも食べて冷静になれガロ」
「だってよぉ、心配じゃねぇかよぉ」

へにゃ。と情けなく顔を弛緩させたガロの視線の先には、先ほどの美少年。リオがいた。
隊服に身を包んだリオは、手に何かの箱を持っている。よくよく見てみればドーナツの絵が描かれており『甘いもの』がなんなのか分かった。
ドーナツ……七歳児なので仕方がないが、思い出してしまうのが父から「お前はドーナツ食べ過ぎだ。太るぞ。ドーナツは暫く禁止だ」と言われたことだ。いやぁ、あれは中身大人ながら悲しかったな。いや、言い訳すると、甘いものがめちゃくちゃ美味しいのだ。子供って。だから調子こいて食べていたら見た目にも分かる変化が出てしまい父から禁止命令が出たのだ。うう、用法容量は適切に……。

ドーナツの箱を見ながら思い出していれば、リオがこちらを向く。うおっ。

「……貴様もいるか?」
「!」

み、見られていた? いや、この状況で私だけに渡さないのもおかしいと思ったのかもしれない。
いやでも今の私ってドーナツ食べるのか? そんな三十路の男が、というか甘いものは好きなのか? でも甘いものぐらい食べるだろう。ドーナツだって老若男女とわず食べていいはずだし、しかし――。

「食べないのか」
「(え、あ)あ、りがとう」

ずい、と差し出されたドーナツに、思わず礼を言って受け取ってしまう。
シンプルなプレーンドーナツだ。砂糖の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。……おいしそう。
匂いに誘われるがままに口の中に含む。さくっとした歯ごたえの後に、柔らかい生地の味。口が大きいので、一口で三分の一ほどなくなってしまった。
良く噛んで飲み込めば、ふわりと優しい気持ちになる。あ〜〜甘いものは世界を救う。
そのままドーナツを食べ終わって、ちょっとした満足感を得る。やっぱり甘いものはいいなぁ。好きだわぁ。

にやけそうな顔を抑えていれば、目の前に今度はチョコでコーティングされたドーナツが現れた。

「(え)」
「……食べるか?」
「!」

えっ、いいんですか!
リオ君優しい……めちゃくちゃ優しいやん。好き……。
特に何も考えずに受け取りつつ、再び口に含む。
チョコの甘さが生地のうまみを引き立てている。うまーい!




リオがドーナツの箱を持ってクレイとガロの元へやってきたのは、ガロへの助け船でもありクレイへの真偽を確かめるためだった。
ガロはいつもの調子に見えて、かなり落ち込んでいる。自分宛ての包みを開けようとしたらクレイに庇われ、記憶を失ったのだ。ガロの性格からして責任を感じていることだろう。リオとしてはむしろあの包みはガロ宛を騙ったクレイ宛だったのではないかと考えており、負い目を感じる必要もないとは思うが、本人はそうもいかないのだろう。
ガロはその焦りからか、記憶を失ったクレイが心配だからか一切クレイから離れようとしない。気持ちは分からないでもないが、少しは休憩を取らないと思い詰めるばかりだろうとやってきたのだ。
そしてもう一つ、クレイは本当に記憶を失っているのかリオは疑っていた。
何しろあの落ち着き具合だ。記憶の喪失が元司令官時代ならばあれもわかるが、ガロのことを知らないほど前。しかもルチアが言うには六、七歳だという。流石に信じられなかった。
かといって、ルチアが誤った診断をするとも思えないし、なによりルチアはそれが正しいと確信しているようだった。が、やはり態度がどうにもそのようには見えない。
流石のクレイ・フォーサイトも子供のころはあっただろうし、子供が突然大人になり知らない場所にいたらもう少しは動揺するだろう。
色々な疑惑がぬぐえない。だからこそ、話す機会を設けたのだ。

その結果。

「……ガロ」
「……おう」
「してるな」
「だな」

一つ目のドーナツを渡した時からおかしいと思っていた。
素直に礼を言って受け取るのは、珍しいというかされたことはない。素直に『ありがとう』などというような男ではないのだ。
しかも甘いものを食べようとしない。レミーが差し入れだと買ってきた菓子も、ガロに何を言われても手を付けたりはしない男だ。甘いものが嫌いなのかと思っていたが、今のこいつはあっという間に平らげてしまった。
余りに早かったから、腹が空いてるのかと思って――また何か別の何かを感じて――もう一つ、今度はもっと甘そうなドーナツを手渡した。

と、同時にぱっと明るくなった表情を見た時の想いをなんと言葉にすればいいか。
思わず固まってしまったが、クレイは気付く様子もなくドーナツを受け取って食べ始めていた。

もぐもぐ。と頬を少し膨らませて食べている様子をガロと見つつ、守ってやらねばという謎の感情が芽生えてしまっていた。

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