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その子供は、聖母にて4
いやはや、家が燃えてから周囲の環境がコロコロ変わって忙しい。
でもこれも試練かも知れない。あの時私が声を出せなかったことから起こった両親の死、そして加害者であるが同時に被害者でもあるクレイさん。
なんとしても私が支えなくては! っていうか学生だよ!? え、もしかしてまだ未成年だったりしますか!? それはない!? 見た目が大きいから普通に成人済みだと思ってたけど、実はそうじゃなかったりします? そうすると私の心がマッハなので成人済みでお願いしたい。未成年であれは耐えられないよ……。

と、そんなことを考えつつ、クレイさんと日用品を買ったりなんだりアパートに連れて行ってもらったりした。あまりにも心配で思わずお金のことを聞いてしまったら、どうやら国から僅かではあるがサポートがもらえるらしい。孤児を引き取った場合支給されるとのことだ。
あまりにも安堵して満面の笑みを浮かべてしまった。ら、とても複雑そうな顔をされた。ごめん。

そんなこんなで一緒に暮らし始めたのだが、クレイさんは学生の身。当たり前だが大学へと足を運んでいる。そうすると私は家で暇になる。
もう少ししたらスクールに通えるようになるらしいが、まだ手続きの途中なのだそうだ。
因みに、クレイさんに大学で何を勉強しているのか聞いてみたら『バーニッシュ対策の耐火構造素材、凍結材の研究』とのことだった。なんだその地獄に地獄を上塗りするみたいな所業。やめろ。クレイさんが何をしたって言うんだ。
なんでそんな研究頑張ってる子がバーニッシュになっちゃうんだよ〜〜〜〜やめて〜〜〜〜。

左腕を失っても、バーニッシュになってしまっても彼は日夜勉強、そして研究を続けているらしく疲れたように帰ってくることが多い。頭脳労働だし、研究の内容も内容だ。疲れないほうがおかしい。
しかし私は家で暇をしているしかないただの子供。

く、誓いはどうした。何かせねば。
ということで、家の掃除はほとんど終わってしまったので、次だ。
親がいなくなってしまったクレイさんにとって、家に帰ってきてからの食事は手料理ではなかったのだろうと思う。クレイさんは基本、食事を外で買ってきて家で食べているし、それに対して何かコメントすることもない。自分で作ったりしないのだ。そしてそれが当然になっている。
そこからなんとなく彼の家庭環境や過去を垣間見て、内心涙を零していたのだ。

ならば、やるしかない。
題して『クレイさんにあったかいご飯を食べてもらおう作戦』である!

因みに具材はクレイさんからお小遣いとしてもらったお金で購入した。
また、万・が・一にでも火事など起こせないので、火は使わずにレンジで作れるものに。
結果、ポトフとミートスパゲッティが爆誕した。うん、良いのではないでしょうか!

子供が作ったにしては完成度が高いではないですか。いいね。
ふふん。と内心自分を褒めて、クレイさんの帰りを待つ。クレイさんが夕飯を買ってきてくれていたら申し訳ないがそれは明日に回してもらおう。連絡しようにも手段がなかったし、そもそもこれはサプライズなのだ。温かい食事で少しでも気が休まってくれればいいのだが。

クレイさんが帰ってくる時間は結構まちまちなので、サランラップをかけてリビングの椅子に座ってクレイさんの帰宅を待つ。
ポトフ、健康にいいようにと色んな野菜を入れてみたけど苦手なものはなかっただろうか。まだそんなに一緒に暮らしていないからそこまで分からなかったんだよなぁ。でも色々食べないと大きくなれないから、頑張って食べてもらおう。ミートソースは平気なはず。前に買ってきていたし。

時計の針を眺めながら、もっと遅くに出来るようにしておけばよかったかな。と少し後悔した。
早ければこのぐらいに帰ってくることもあったから、帰宅時に食事ができていないという事態を防ぎたかったのだが、帰ってきたら冷え切っていた、というのも意味がない。
量をたくさん作ったから、沢山食べてほしいな。お腹いっぱいになって、満たされてほしい。研究も大事だろうけど、それだけじゃなくて、自分の体のことも――。

そんなことをつらつらと考えていたら、玄関の鍵を回す音。
ハッとして、そのまま椅子から飛び出す。
玄関にたどり着けば、疲れた顔をしたクレイさんがスーパーの袋を手にしていた。

「ただいまガロ君」
「おかえり、クレイさん」

のっそりとした仕草で靴を脱ごうとするクレイさんの手のスーパーに袋に手を伸ばすと、お礼を言われながら手渡される。

「夕飯、俺が準備しておくからクレイさんは手洗いうがいな」
「え? いや、でも」
「いいからいいから!」

靴を脱ぎ終わったクレイさんを押すようにして洗面所まで連れて行く。
途中で鞄も回収して、そのままリビングへと持って行った。困ったようなクレイさんの声が聞こえたが、それはそれである。
クレイさんが洗面所にいる間に迅速に冷めてしまった食材をレンジで温める。
飲み物も用意して、買ってきてくれた食事は冷蔵庫へ。
再び湯気を出し始めた食事に、一人頷き再び洗面所に足を運んだ。

丁度顔を洗ってタオルで拭いていたクレイさんを待って、振り返って少し驚いた顔をしたクレイさんの手を取る。

「ガロ君、一体どうしたんだい」
「こっちに来て」

笑って告げれば、何も言わなかったのでそのまま温かい右手を引っ張る。
短い歩幅について生きてくれる彼を連れ添って、そのままリビングへとたどり着いた。

「……これは?」
「今日の夕飯。買ってきてくれたのは明日食べよう」
「……いや、そうじゃなくて」
「俺が作ったんだ」
「ガロ君が?」
「うん。クレイさんいつも疲れてるでしょ。だから、暖かいご飯食べてほしくて」

ほら、座って座って。とクレイさんがいつも座っている席まで案内する。
椅子を引いてあげると、困惑した表情のままそれでも黙って座ってくれた。
自分も椅子に座って、料理の説明をする。

「ポトフとミートソーススパゲッティな。ポトフは色々野菜いれたから、苦手なのあったら残してくれていいから。でも、一応全部柔らかくなるようにしてあるから、できれば全部食べてほしいな。それからスパゲッティはまだ麺が余ってるから足りなかったら言ってね。でも、結構クレイさんのは多めによそったつもりだから、逆に多すぎたら明日の朝に食べよう」
「……全部君が作ったのか?」
「そうだよ。あ、危ないことはしてないから心配しないでね」

目の前で両手を振って、怪我もないことを伝える。
クレイさんは如実に困惑をにじませて、食事を見つめていた。むむ、もしかしてそもそもポトフが嫌いだったりするのだろうか。

「クレイさん?」
「あ、ああ。……ごめんね、わざわざ夕飯まで」
「ううん。ほら、冷めちゃうから食べよう」

もしそうなら次はポトフ以外を作ろう。機会なら幾らでもある。
謝罪してくるクレイさんに、食事を勧める。
暖かいうちに食べてもらわなくちゃ意味がない。
スプーンを手に持って、ポトフを掬うクレイさんを気になってチラリと眺める。ゆっくりとした動作で口に含んて、少し口を動かした後に喉仏が動いた。

「……美味しい」

ぽつり、と呟かれた言葉に思わず破顔する。
良かった。と返したらこちらを青い瞳で見つめてから、そっと瞼を閉じた。

あれ、クレイさんの瞳って赤じゃなかったっけ。
内心首を傾げつつ、今は食事の方が大事だと自分もフォークを手に取ってスパゲッティを巻き始める。
麺やパンもいいけれど、米も食べたい。今度米がどこかで売っていないか調べてみようか。

それからはお互い無言で黙々と食事を続けた。
クレイさんは結構多めに盛ったポトフもスパゲッティも完食した。やっぱり身体が大きいとその分食べる量も多くなるよね。できるだけ多めにいつも作っておこう。

食べ終わって、盛り付けらえていたお皿にはもう料理は一つもない。
なんだか今日のクレイさんは口数が少なかった。食事の時は今日は何があったかとかを聞いてくるのが日課なのに、そういう話も一切しない。私の方といえば、なんだかクレイさんが話したい雰囲気ではなさそうなので声もかけなかったが。
研究でかなり疲れてしまったか。それともお腹が満たされて眠くなってしまったか。実は料理がまずかったとかそういう理由でないことを祈るばかりだが。

「ガロ君」

しかし、食事終わりにクレイさんが声をかけてきた。
それになに?と返事をすれば、彼の視線がこちらをとらえる。

「君は、本当にいい子だね」

目は口程に物を言うとは日本の諺だが、彼は目付きが細いのでなかなかそういうわけにもいかない。
今みたいに、外に出さないように押さえつけているときなんか、特に。

「そんなことないよ」

これはいうなれば、自己満足だ。
お腹いっぱいにあったかいご飯を食べてほしい。少しでも心が休まってほしい。
全部自分のためだ。そうであってくれれば、私の心も休まるから。

「でも、クレイさんがそう思ってくれるなら、また夕飯、作るね」

半ば夕飯を作っていくのは私の中で決定事項だったが、クレイさんからの許可は欲しい。
笑ってそう言えば、クレイさんは僅かに眉間に皺を寄せた。
それがどうしてか苦しそうな顔に見え、断られてもまた作ってあげよう、と思った。

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bkm