- ナノ -

その子供は、聖母にて3


あの子、大丈夫かなぁ。
引き取られた先の孤児院で、木に括り付けられた簡易ブランコに揺られながら考える。
孤児院に引き取られてからしばらく経った。周囲の子供たちはネグレクトや家庭の事情でやって来た子もいたが、だいたいがバーニッシュ被害で親を失った子供たちだった。
記憶を思い出すまでバーニッシュのこととか世界のこととか考えたことがなかったが――まぁ子供はそこまで考えない――こうしてみると、バーニッシュになる人々が発生して世界に与えた影響はかなり大きいのだろう。孤児院もそこら中にあるし、地図を見てみると都市として活動している箇所がかなり違う。
ちょっと調べてみれば世界の人口の半分が消えたというのだから、他人事ではない。いや、本当に他人事ではなくなってしまったけれど。

両親を失ってしまったことは悲しい。自責の念もある。
でも、両親が守ってくれた命だ。精一杯生きなければならないと思うし、孤児院の人たちはみんな優しい。
私はたぶん大丈夫だ。どうにかやっていける。

そう自分のことが分かると、次に思い出してしまうのは彼だった。
クレイ・フォーサイトさん。彼は今後、どんな人生を歩むのだろうか。
そうは言っても、もう関係のないことだ。彼の退院時に送った絵手紙と共に、私と彼の関係は途切れてしまった。いくら私が気にしても、彼は彼の人生を歩むのだろう。どうか、その人生が優しいもので会ってほしいと願うばかりだった。

「ガロくーん」
「はーい!」

雲が漂う空を眺めながらそんなことを考えていれば、先生から声を掛けられる。
元気に返事をして、ブランコからぴょんと飛び跳ね地面へ着地した。
お昼の時間にしては少し早い。なんだろうか。


先生に手招きされてやっていった先。絶句した。
そこには彼がいた。クレイ・フォーサイト、私を助けたことになっている英雄。
病院服ではなく、普段彼が着ているのだろうという学生の色合いが強い服装。存在しない左腕。柔和な表情で口を開く。

「元気にしているかと思って」
「う、うん。元気にしてるよ。き、今日はどうしたの? えっと、退院したの?」
「ああ。少し前にね。落ち着いたから、顔を見に来たんだ」
「そ、そっか」

驚きすぎてどもってしまう。
心配していたしどうしているかは気になっていた。だが、本人が直接会いに来てくれるとは。
彼も退院できたらしい。孤児院の先生のご厚意で退院の時に絵手紙を送らせてもらっていたので退院していることは知っていたが、まさか直接やってきてくれるとは。
先生が「緊張してるの?」と優しく尋ねてくれるのに便乗して首を上下に振った。
クレイさんは柔和な表情を崩さないまま、私の前に膝を追って目線を合わせてくれる。それでもまだ彼の方が目線が高いけれど。

「今日は、大事な話をしに来たんだ」
「大事な話?」

少し真剣な顔をする彼に目を瞬かせる。
彼は少し唇に力を入れた後に、口を開いた。

「僕と一緒に暮らさないかい」

……な、なんだ、と?


突然の提案に思考回路がすっとんで、先生からの問いかけでようやく正気に戻った。
え、いや、なんていったクレイさん。

「い、一緒にって……?」
「僕の家で暮らさないかってことだよ」

いやそれは分かるんですけども。
先生が嬉しそうに口を開いて、補足を入れてくる。

「本当は学生さんだから難しかったんだけど、クレイさんならってことになったの」

いやそのクレイさんならってどこから来たよ。
え、学生だよね? うんそうだよね。そんな彼に子供の世話???
何だ実はクレイさんはお金持ちだったりするのか。いや入院中に話を聞く分には苦学生な感じだったぞ。

「で、でも、迷惑じゃ……」
「そんなことないよ。君のことが頭から離れなくてね。ずっと気にかかってたんだ」

そ、それは……大丈夫? 精神病院行く……?
内心冷汗をかいていると、先生が後ろから援護射撃を撃ってきた。

「大丈夫、孤児院を出ても繋がりがなくなるわけじゃないのよ。クレイさんやガロ君が大変だったら私たちがフォローするわ」
「先生……」
「だから安心して」

あ、貴方が神か……。
いや学生のクレイさんに子供のお世話をOKさせてしまっているので神ではない気もするが……。でもその心遣いや優しさは十分伝わってくる。
でも、そうか。フォローか。
私はきっと今のままでも平気だ。私のような境遇の子はたくさんいるし、孤児院の手助けもある。
けれど、彼はどうだろうか。ここで私が断ったら、あの事件の繋がりから遠ざかる。それは救いでもあるかもしれないが、もしかしたら地獄かもしれない。
時間が解決してくれる――そういう類のものでは、たぶんない。
傷もちゃんとした治療をしないと治りが遅くなるどころか、膿んで悪化することもある。
私がどういう言えた義理じゃないかもしれないが、でも、こうして機会が回ってきたのだから。こうして彼が目の前にいるのなら。

真っ直ぐ彼を見据える。同じように見つめてくるクレイさんに、心に誓いを立てて宣言した。

「うん。俺も、クレイさんと一緒にいたい」

そして、いつか君の心が少しでも休まるように。
誰もやらないのなら、誰もやる人がいないのなら、私がやろう!
こんな子に、重い枷を背負わせてなるものか!

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