- ナノ -

その子供は、聖母にて2
あれは事故だ。君のせいじゃない。あれは仕方のないことだった。
そう言ってくれる人は、彼にはいなかった。
あの後も、毎日とは言わないが定期的にやってきてくれた彼から聞いた話では、両親は離婚していて、父に引き取られたが父も最近病で亡くなったそうだった。
他に、家族はいるのかと聞いてみても、兄弟はいないよと返される。
もうこれ、なんというか本格的に……地獄やん。
私は勿論言えないし。というかたぶん言ったら今の彼は、壊れてしまうんじゃなかろうか。
バーニッシュになった自分、事故とはいえ人を焼いてしまった炎。そして生き延びた子供が――あまりにも酷だ。言えるわけがない。
……このことは、ずっと心の中にしまっておく。おそらく、曝け出されるとしても、私の口からではない。

「腕の痛みはよくなった?」
「ああ、先生が診てくれるからね」
「そっか。そうだ、いつも来てくれてありがとう。でも、無理しないでね。辛いときはちゃんと休んでね」
「ガロ君は優しいね」

首を横に振って、そんなことないよ。と伝える。
そんなことないのだ。本当に。
彼のことが気がかりだ。もう少ししたら、私は退院できると医者の人に聞いた。
彼は腕がまるまるなくなったから、もう少し入院するとのことだった。そりゃあそうだ。いくら傷口が焼かれて塞がっているといっても、重傷だ。

「ガロ君は、退院したあとどうするんだい」

退院することは、彼にも伝えてある。
クレイさんからの問いかけに、伝えられていたことをそのまま説明する。

「孤児院に行くんだって。いっぱい人がいるから、寂しくないって」
「……そうか」

どこか含みのある返答に、気にすることはないのに。と声をかけそうになる。
ただ、彼が心配だ。誰でもいい。誰でもいいから彼のメンタルケアをしてくれ。お願いだ……。


少しして退院の日になった。
孤児院の先生が迎えに来てくれていた。私は病院を出る前に彼の元へ行くことにした。

「ガロ君、見送りに行こうと思ってたのに」
「クレイさん、まだ怪我が治ってないんだから」

扉を開けると、ベッドから降りようとしている姿があって、慌てて駆け寄る。
ベッドに戻ってというと、仕方なさそうな顔をしてベッドにまた横になる。上半身は起こしたままだったが。

「退院おめでとう」
「うん……。ありがとうクレイさん」

安堵しているような表情に、私も少し心が休まる。
自分の今後の心配もしなければならないのだが、それよりも彼の心配が先立ってしまう。
彼は今後、どうするのだろうか。誰にも言えない秘密を二つも抱えて、頼れる人は本当にいないのか。

ベッドの淵に手を置いて、どうか、どうかと懇願した。

「クレイさんは英雄かもしれないけど、辛くなったら誰かに頼ってね。痛いのを、我慢しないでね。苦しいのに、笑わないでね」
「……それは、一体どういう意味、なんだい」

笑みを浮かべていた彼の顔が、困惑に強張る。
問われた言葉に、彼のその表情を見つめながら返した。

「苦しい時は、泣いてもいいっていう意味だよ」

彼は、しばらく何も言わないで、少したってから「ありがとう」とだけ言葉を紡いだ。全てを押さえつけたような、固い声だった。

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bkm