- ナノ -

その子供は、聖母にて
ガロ成り代わり、聖母みたいな子
クレイに家燃やされて思い出す。クレイのことは悪いと思ってないし、むしろこんな学生の子がこんな目にあって……と思ってる。ので、態度に出る。メンタルケア全部やるし超絶甘やかすし迷惑書けない。を繰り返してたらクレイが罪悪感と包容力でヤンデレ?になる話


一度死にましたが転生して女から男になりました。ガロ・ティモスです。
いやはや、死にはしたけど二度目の人生を貰えるとは僥倖僥倖。死にざまもそんなに酷いものじゃなかったし。どうやって死んだかといえば、車を運転していたら目の前に子供が飛び出してきてそれを避けようと急カーブしたらその先に丁度電柱があってそれにぶち当たって意識がなくなった感じなので、まぁ事故だ。
電柱にぶつかった衝撃しかなかったので恐らく飛び出してきた子供は無事だろうし、一瞬だけ見えた大人――おそらく親だろう――も怪我はしていないだろうから、良かった。
いや、自分が死んでたら意味がないんだけども。
それでも事故でも人を殺すなんてことはなくてよかったと思う。そういうの耐えられない性質なのだ。人を傷つけると自分が傷つくし、弱っている人を見ると影響を受けてしまう。まぁつまり豆腐メンタルなんですわ……。どうにかしたいけど結局成人しても治らなかったよ悲しみ。

そんなわけで二度目の人生を歩んでいたのですが、実は転生していると気付いたのは最近だったりする。
切っ掛けは単純明快。前世に関するものを見たショックのせいだった。
そしてそれは、家が夜に突然燃え盛った日のことだった。
寝ていた私は両親に起こされて事態を知った。そうはいっても記憶が蘇る前だったので、パニックになりかけて両親に宥められながら外を目指す。
けれど父は瓦礫から私たちを庇って瓦礫の下敷きになり身動きが取れなくなって、母は煙を吸い過ぎてその場に倒れてしまった。
涙ながらに叫んでいたら、母は「早く行きなさい」と震える手で私の背中を押した。
私はただただ、どうするのが正解かもわからずに玄関を目指した。

扉を開ければ、中に比べて冷たいほどの空気が私を包み込んだ。
そして目の前に、誰かがいた。
私は咄嗟に助けに来てくれたのだと理解して、そのままその腕に飛び込んだ。左腕のないその胸に。
ママを、パパを助けて。そう言おうと思った。目から涙が止まらぬまま、その人物を見る。

そこには――憔悴し、絶望し、唇を震わせる青年がいた。
その表情を見た瞬間に、炎を照り返す汗に、その真っ赤な瞳を視認した刹那に――全てを思い出した。
なぜあのタイミングだったのか、どうしてあの時だったのか。
今更後悔しても仕方がない。けれど、きっと、理由をつけるなら。
あの時の彼の顔が、きっと、もし子供を避けられずにひいてしまっていたときの私の表情なのだと理解してしまったからなのだろう。

バチバチと閃光のように脳内を駆け巡った前世の二十数年分の記憶に、混乱の中にあった脳が全てを処理できず、意識が揺らぎ、遠のいた。
意識を失ってはダメだと、本能で理解していた。でないと、父と母が死んでしまう。助けを求めなくてはならなかった。でないと、でないと彼は――。

それでも、私は脳が焼け落ちるのに耐え切れなかった。そしてそのまま――意識は吹き飛んてしまった。


で、目を覚ましたら病院のベッドで寝ていて、記憶は完全に蘇っており、あの時私を抱きとめてくれた青年がバーニッシュ火災から私を助けてくれたのだと説明された。
咄嗟に「なにそれ地獄?」と口走らなかった私を褒めてほしい。
だって酷過ぎないか。あの表情を見たら理解しないでいろというほうが無理だ。彼が私たちの家を燃やしたのだ。きっとバーニッシュだったのだろう、もしかしてあの場で初めて変異したのかもしれない。
そして燃やしてしまった当事者なのに、その家の子供を助けた英雄とされているって――彼、大丈夫なのか……?
意識を失う前に見た、あの表情を思い出す。
目の前が真っ暗、というのがピッタリだった。目の前のことが受け止めきれず、混乱し、錯乱していた。
彼がどんな人物なのかは分からないけれど、たぶんまだ学生なのだろう。体格は立派だったようだが、前髪がかかる髪に、幼さを感じた。
彼が英雄扱いされているのならば、周囲は彼のしたことを把握していないのだろう。知っているのは彼だけで、彼のしたことを聞いてくれる人は誰もおらず、彼のあの表情の、あの感情を受け止める人もいない。
……本当に、大丈夫なのだろうか。

次の日に看護師さんがまるでいいことを報告するように「今日は貴方を助けてくれた人が来てくれるって」と教えてくれた。
思わず唖然としてしまった。その人は、たぶん助けてくれた人じゃない。なのに、来るのか。
どんな顔をしてやってくるのだろうか。どんな言葉を言ってくるのだろうか。
想像しただけでもちょっと胃が痛い。私はそれになんと返せばいい? 

看護師さんから教えてもらった時間になり、病室の扉が開く。
それにどうにか息を整えて、そちらを見た。

想像通り、いや想像よりもっと立派な体格だった。病院服に、降りた金髪の前髪。柔和な表情。欠けた左腕。けれどどこか、固い雰囲気。
ベッドの横の椅子に腰かけると、彼は口を開いた。

「こんにちは、初めましてかな」

柔らかい口調だ。けれど、言葉尻が詰まっていた。緊張しているのだろうか。

「こんにちは。……あの時の、人だよね」
「ああ。クレイ・フォーサイトだ」
「クレイさん、ガロ・ティモスです」

互いに名前を名乗る。そういえば、名前は聞いていなかった。
クレイ・フォーサイト。私をバーニッシュ火災から助けてくれたことになっている人。
思わずじっと観察してしまう。顔色がよくない気がする。
彼は私の腕に巻かれている包帯に視線を移して問いかけた。

「怪我の具合はどうかな」
「うん、全然。あんまり痛くないし」
「そうか」

それならよかった。と呟くように言って、彼は口を噤んだ。
彼の少し俯いた顔を見て、なんだか居てもたってもいられなくなった。
誰か、彼を慮った人はいないのだろうか。誰か、彼を助けようと思った人はいないのか。誰か、彼がもしかしたら火事を起こしてしまったのではないかと思った人はいないのか。
まだ学生だ。おそらく前世の私よりも若い。
彼は、どうやら感情を隠すのがうまいようだった。でもそれだけだ。それだけじゃないか。

「腕は」
「腕?」
「左腕、痛くない?」
「ああ……。大丈夫、治療をちゃんと受けたから」

ぶらりと垂れる左腕の裾。肩口に右手を置いて、隠すように言う。
痛くないわけないだろう。治療を受けたとしても、神経まで焼かれているはずだ。
思わず、口から何かが漏れそうになって、どうにか耐えた。
手をぎゅっと握って、そっと彼に伸ばした。

「ガロ、くん?」

困惑する彼の声をききながら、左腕の肩口を、彼の右手の手の甲の上から摩った。

「本当は、痛いんでしょ」

私の言葉に、彼の瞼がうっすらと開く。赤い瞳が垣間見えて、そこから取り乱した色が見て取れた。
その瞳をずっと見据えていれば、彼の首筋から一粒汗が流れるのが見えた。

「……少し、だけだよ」
「そっか」

それでも摩るのをやめないでいれば、クレイさんに手首をつかまれる。
じっとりとした手のひらに、彼の動揺を見た気がした。

「もう、大丈夫だよ。ありがとう」
「……ううん」

一言二言、言葉を交わして、彼は再び自分の病室へ戻っていく。
広い背中なのに、どこか小さく見えた。
彼は、この後どうするのだろうか。両親にあのことを打ち明けるのだろうか。誰か彼を――彼の心を救ってくれる人はいるのだろうか。
それが知れるまでは、彼を放っておけなかった。

「クレイさん」
「なんだい、ガロ君」

振り返った彼の顔は、柔和な笑みが張り付いていて、どうしてかそれが痛々しく見えた。

「……また、来てくれる?」

地獄の業火に焼かれに来い。と言っているのは自覚していた。
けれど、それでも、どうして気になってしまった。
彼は少し黙った後に、勿論。とだけ言って去っていく。

しまった扉に、小さく謝罪を乗せた。
あの時、私がちゃんと両親を助けてと、声をあげられていれば。
君は、人殺しにならずにすんだかもしれないのに。

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bkm