- ナノ -

炎の色は3
暫く観察してみたら、黒は憎しみ、青は悲しみ、赤は愛情、黄色は喜び、みたいな色合いであることに気付いた。それが分かってから私の行動は早かった。
できるだけクレイさんに赤とか黄色系統の、暖色系の炎を燃やしてもらわなくてはならない。

じゃないとクレイさんとの関係が酷いことになる!
一応罪悪感とかでも世話をしてもらっているのには感謝しているんだ。そりゃあ両親が死んでしまったのは悲しいし、彼が全く悪いわけではないと納得するほどまだ消化はできていないけど。それでも、彼は普通の学生なのだ。そんな彼に全て背負わせていいと思うほど、人間失格じゃない。

「クレイ、今日は俺が夕飯作るよ!」
「え? でも、危ないよ」
「大丈夫、ちゃんと練習したから!」

うーん、不安にちょっと揺らいでいる。
一緒に料理をすれば大丈夫か?

「クレイ、マッサージしてあげるよ! いつも疲れてるだろ」
「マッサージ?……じゃあ少しだけ頼もうかな?」
「よっし!」

小さかった炎がちょっと大きくなった。よしよし。
マッサージをし始めたら暖色系になったし、いいぞいいぞ。

日々の小さなことだ。しかしそれが重要なのだ。
聞いてみれば、彼にも両親がいないという。頼るべきものもないのだ、もうこちらでどうにかするしかない。やってやるしかない。私の精神衛生もかかっている。


そんな日々を過ごしていたら、夜中にふと目が覚めた。
ベッドが一つしかないのでクレイと一緒に寝ているのだが、いつもはそこにある大きな体がなかった。
寝ぼけ眼できょろきょろ周囲を見回してみれば、部屋のドアが少しだけ開いている。
トイレだろうか。
一気に広くなったベッドに少し嬉しさを感じつつ、再び横になれば足音が聞こえた。
クレイさんだ。端に移動しようと薄く目を開ければ、そこに映ったものに息をのんだ。

燃えている。暗闇の中でもわかる。
熱く、大きく、抑えきれない感情が彼の身体を飛び出して燃え盛っている。
――そう、見えるだけだ。
当然、バーニッシュであることを隠している彼の身体からは炎なんて出ていない。だからそれは、私が見た幻覚だ。けれど、確かに――酷く黒い、どす黒い炎が彼を覆っていた。

息を止めて、潜めて、必死で寝ているふりをした。
あれは、駄目だ。声をかけてはダメなものだ。
目を閉じても、直接耳に届いてくる。
――燃えたい、燃えたい――燃やしてやりたい。

背筋を冷汗が流れる。
燃やす対象、あれが燃やしたいのは。

「……ガロ」

私だ。

足音が近づいてくる。ゆっくりと、しかし着実に。
喉が渇いて仕方がない。熱が頬を撫でるようだった。声がひたすらに私を燃やそう燃やさなくてはと訴えている。怖い――燃やされてしまう。

足音がついにベッドまでやって来た。どうするべきか分からなかった。逃げなくては、とも思った。
だがここで逃げ出しても、恐らく駄目だ。部屋一帯を火の海に変える。きっとそれに、できてしまう。彼には。
ただ、じっと嵐が過ぎ去るのを祈った。目を閉じて、息を殺して。
視線が私を突き刺している。嫌でも分かってしまう。声が聞こえるからだ。

――寝ている、何も知らずに――笑顔を向けてくる、私を眩しい目で――忌々しい、悍ましい――燃やしてしまいたい、何もかも、全部――

感情を叩きつけられているようだった。真綿で首を絞められているようだった。苦しい。息が出来なくなりそうだ。

彼の気配が近づく。思わず動きそうになって、無理やり体の動きを止める。落ち着け、落ち着け。まだ何かされたわけじゃない。熱さもただの思い込みだ。
しかし次の瞬間目を見開きそうになった。首に、熱い手が触れてきたのだ。

(殺される、殺される!)

脈が急激に早まる。混乱に頭がパンクしそうだった。
彼の手は驚くほどに熱かった。それだけで火傷しそうだった。
恐怖で涙がにじみそうだった。
やっぱり、やっぱり駄目だったんだ、彼と一緒に過ごすなんて。
脳裏に彼の姿が現れる。普通の、学生だ。私との生活に四苦八苦している、普通の。

どんな感情を持っても笑顔で、優しく微笑むクレイさんだ。

……くそっ。


薄っすらと、目を開ける。
そこには首に手を回す彼と、酷く恐ろしい、炎と同じ表情があった。
震えそうな手をどうにか動かして、彼の手に触れた。ビクリと、彼の手が震える。

「……一緒に寝よ」

彼は真っ赤な目を見開いた。
炎が暴れるように形を変える。燃え盛り、小さくなり、巨大になり、消えかかる。
黒に様々な色が乱れ入り、まるで極彩色のようになる。
そして、最後にはいつも見る、複雑な色合いの心臓に収まる程度のものになった。

「……あぁ、起こしてすまない」

そういうと、クレイさんは私を片腕で器用に動かして、ベッドに入った。
おやすみ、ガロ。という声が聞こえる。
先ほどの極彩色が、頭から離れない。

私は疲れ切って、そのまま気絶するように意識を失った。
これ、やっぱり……無理では?


次の日。
起きるとクレイさんが、いつもどーーりの顔をして、おはようと言ってきた。
私はおはようと返しながら、もうこの人怖いと内心涙を流していた。人間って複雑すぎるよぉ……。

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bkm