- ナノ -

怠惰は更なる面倒ごとを呼ぶ2
ガロ視点


パルナッソス計画が失敗に終わった後のクレイは、本当に無気力だった。
聴取に一切答えないのは何か理由があるのかと思ったけど、そもそも口を開かない、食事もしない、ただ寝ていると聞けばその異様さに分かる。
食事も、一切取らないらしい。
聴取については、何も話さないことには何も解明ができないと、自白剤を入れられてようやく口をきき始めるようになったと聞いた。食事については何をしても食べないので、仕方なく点滴にしたとの話だった。

実際面会にいってみれば、まだあの日からそんなに経っていないのに痩せこけている姿があって背筋が凍った。こちらを見る目には力もなく、光もなかった。

「……クレイ」

俺を見ているのか見ていないのか分からないクレイに声をかける。
口を閉じて、何もしゃべらない男に胸が苦しくなった。

「なんで何もしゃべらねぇんだよ。そんなんじゃいつまで経っても出れねぇじゃねぇか」
「……出るつもりはない」

沈黙の後に告げられた言葉に歯噛みする。そうであっても、いや、それだけが理由なのか。
クレイの一本だけある右腕の関節部分には夥しい注射痕があった。自白剤もそうだし、三食全て点滴で済ませているのだからそうなるのも当たり前だろう。

「っ、なら飯はせめて食えよ! 腕、そんな跡残して……」

必死にそう説得すれば、クレイは瞳を少しだけ逸らした後にぽつりと告げた。

「……面倒」
「〜〜〜〜ッ、クレイ!」

思わず机を叩くが、それさえも反応がない。
昔とは比べ物にならないぐらい覇気のない、生きる気力の薄いクレイに、拳を握りしめた。


パルナッソス計画はクレイの生涯の夢だった。それは、分かる。
人類の救世主になるはずだった男。一万人だけを乗せて、新天地へ旅立とうとした人。
それまでの過程がいかに険しいものかぐらい、話を聞くだけでも想像が出来た。
身体をすりつぶすような日々だったに違いない。ガロの前では憧れの人をずっと保ってきたが、実際に血を吐く日々だったろう。身体にプロメアを抑えつけて、計画のために尽力して。

でも、それは阻まれた。そして地球は助かった。プロメアももういない。
プロメポリスの人々は前を向いて歩き始めている。なら、地球を見捨てて旅立とうとして、しかし失敗した男もまた前を向いて歩むべきだ。

ガロは猛然と走りだした。助けると誓ったのだから。


数日後、ガロはクレイの目の前にいた。二人を阻むガラスはもうない。
ガロは生き生きとしていた。対してクレイは死にそうな表情をしていた。

「あんたの面倒は俺が見るからな!」

そう告げたガロに、クレイは今にも吐き出しそうな顔をしながら細い声で呻いた。

「やめてくれ……」

ガロは笑って、それは無理だと言った。

それからの生活はガロにとってかなり大変なものだった。
何しろクレイは、本当になにもしないのだ。食事は食べないとは聞いていたものの、一切動かないのは驚いた。このままでは筋肉が固まってしまうと、無理やり部屋を歩かせた。
風呂も嫌がったので、どうにか風呂場に連れて行って、放っておくと何もしないのでガロが手ずから洗ってやった。今までちゃんと見たことがなかったケロイド状の左腕の肩部分も、まじまじと見た。
着替えもさせて、歯も磨いて。クレイは嫌そうな顔をするものの、最初に文句を言うだけで一つ世話をされ始めると黙り込む。
ちゃんとしなくちゃだめだ。食事するときはちゃんと皿を持てよ。飲み込むぐらいしろって!
あーだこーだと言っているうちに、ガロはなんとなく違和感に気付いた。自分の言った言葉を、誰かに言われた覚えがある。クレイの世話をしながらどうにか思い出してみれば、幼少の時の自分だった。
まだ我儘を言っていたころ、クレイと一緒に暮らすようになって、まだ幼いガロが我儘を言うたびに、優しい口調で注意をしてくれた。
今思えば、かなり苦労していたに違いない。
思い出して、やっぱり面倒見るのはやめられねぇな。と一人思った。


「クレイ、夕飯だぞ!」

ソファで死んだように身体を預けているクレイに声をかける。
すると、嫌そうな顔をしてボソボソと小さな声で抵抗してくる。

「無理……食べるのが面倒だ……」

その言葉を聞いて苦笑いを浮かべる。
これでもかなり改善したほうだ。最初は「嫌だ」とだけ言ってソファに顔をうずめて無言の抵抗をしていたのだから、言葉を喋るようになっただけマシだ。

「またか〜?ほら、食べさせてやるから」

クレイに体を起こしてやって、背負ってやる。
大きい身体は重いが、それでも随分体重が減ってしまったのを知っている。
どうにか戻してやりたいと思う。そしてできれば、おいしそうに食事をとってほしい。
よいしょ、と言って足を動かし始めれば背後から理解しがたい。とでもいうような声色で言葉がかかった。

「……ガロ……お前、暇なのか?」

そんなわけはない。バーニングレスキューもバーニッシュがいなくなったからといって仕事がなくなるわけではないのだ。やることはあるし、暇なんかではない。けど。

「あんたの面倒で手一杯だよ」

クレイの世話で手一杯なら、それであんたが生きてくれるんなら、それがいい。

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bkm