- ナノ -

暖かさに溶かされる
寂しがりやクレイ成り代わり主


世界大炎上から三十年。いろいろと根回ししたりなんだりして、無事世界は消火された。
クレイ・フォーサイトに転生してしまったときにはどうしようかと思ったが、意外とどうにかなるものである。いや、ここまで頑張ったのだからどうにかなってもらわないと困るけど。
でも、努力が報われるのはいい気分だ。世間に出せない非道なこともやったし、心が削れることは多々あったけれどこれが一番犠牲が少ない、明るい未来につながる結果だと信じよう。

にしても、私も極悪人の大罪人かぁ。柄に合わない司政官なんてのも辛かったが、今後は牢屋暮らしになるのか……。まぁ死ぬまでの長い休暇だと思えばそれもいいかもしれない。

朝日を眺めながら、優しい風を受けつつそんなことを考えていれば重装備をした者たちが私を囲む。ぼうっとしていて気付かなかったが、収容車のようなものが船の上に止めてあって、どうやって上ってきたのだろうかと他人事のように考える。プロメポリスの技術なら可能か……。

「クレイ・フォーサイト。大人しく着いてきなさい」
「言われずとも」

義手もなくなり軽くなった左側に多少ふらつきながら立ち上がり、朝日に背を向ければ耳に残るほど聞き覚えのある声が響いた。

「クレイ!」
「……ガロ」

旦那と呼ばなくなったまだまだ幼さが残る青年に、なんだか感慨深くなる。
物語上仕方がなかったとはいえ、突き放した青年だ。いや、本音を言えば煩わしかったのは事実だ。こんなにこっちは頑張ってるのに、楽しそうに懐いてきて。本当に……煩いけど可愛い子供だった。
もう、会うこともないだろう。あったとしても裁判だろうか。
少しだけ振り返れば、名前を呼んだというのに口を噤んでいる姿があった。それに何か声をかけようとして、やめた。私も言える言葉なんてないのだ。




収監されてから、既にかなりの時間が経った。
三か月と六日ほどだろうか。寝過ごしていなければ確かなはず。
日々尋問や調査で色々と聞かれる日々だ。しかし、司政官の時と比べれば忙しさは天と地の差で、猛烈に時間を持て余していた。司政官の時は仕事仕事仕事仕事プロメア押さえつける仕事仕事食事仕事仕事仕事就寝プロメア押さえつける起床という感じだったから、休む暇もなければ身体がいくつあっても足りないぐらいだったのに今は一つある身体を思い切り持て余している。
転生する前はこれが普通だったし、寧ろこんなのんびりできる時間は貴重だったはずなのに、こうも変わってしまうものなのか。
冷たい牢屋の感触に、心の奥が冷えていくようだった。こんなこと前は思わなかったのになぁ。
……いや、時々思ってたか。頑張りすぎて辛くなったときとか。頑張って全部やり終わったはずなのになぁ。

それでも日々のノルマめいた尋問や調査に真摯に答えつつ過ごしていれば、三か月以上前に聞いたきりになっていた青年の声がした。

「クレイ、会いに来たぜ」
「どんな顔をしているかと思えば、変わっていないようだな」
「ガロに、リオ・フォーティア」

どうして二人がここに。
ガロは辛うじて分かるが、リオもいるのが驚きだ。
不本意そうな表情をしているリオに、ガロに無理やり連れてこられたのかと考えたが、まぁどっちでもいい。
ガロは明るい顔をしているが、それがふりだというのが分かってしまう。幼い頃から見てきたのだ。それぐらいわかる。それに険しい顔をしてしまうのを自覚しつつ、だからといって穏やかな顔をする気にもなれなかった。

「それで、何の用だ」
「あー、その。クレイの家とかも差し押さえになったんだけどさ。私物とか、どうするかなって思ってさ」
「ガロが自分からやると声をあげてくれたんだ。感謝しろよ」
「……ふん」

そんな顔するぐらいだったら声を上げなきゃいいだろう。
とは、さすがに言えずただ小さく応対をするだけにとどめた。
それにリオ・フォーティアが僅かに目じりを吊り上げるが、ガロが口を開いてそれ以上何か起こることはなかった。

司政官時代にそろえた高い食器も、家具も、衣服も、だいたいが処分だ。
もう使うこともないだろうし、そもそも私の趣味じゃなかった。司政官として相応しいものを揃えていただけ、相応しいと思うものを渡されていただけ。
それでも、今まで自分を自分としてきたものが要らないものになったというのは、なんだか寂しいものだ。
全部取り払われていって、最後に残るのは左腕のない自分だけ。極悪人、大罪人のクレイ・フォーサイトな私だけ。

「それから、俺があんたの誕生日の時に送ってたプレゼントがあったんだけどさ」
「お前の好きにしろ。私には必要ないものだ」
「……そっか」

明らかに沈んだ声に、苛立ちが沸き起こった。
なんだそんな声を出して。もうどうしようもないだろ。例え残していたとして、それに触れる機会なんてもうないんだ。私がお前を否定して拒絶したのを覚えてるだろ。嘘でもそんなこと言ったのに、どうしてそんなプレゼントを残しておいてくれなんて言えると思ってるんだ。
そんな寂しそうな声出すな。お願いだから。

視線を逸らして目を閉じる。
それが最後の質問だったようで、ガロは礼を言って立ち上がる。
リオもそれに続くように席を立つ。瞼の裏の暗闇の中で、しばらくその場に誰かがいる気配がしたが、リオの「もう行くぞ」という声で動き出したのが分かった。

「じゃあな」

薄目を開ければ、背を向ける二人がいた。
その背がどんどん遠ざかっていく。
二人で扉へ向かって進んでいく姿に、なんだか眩しく思った。私とは違う、私とは別の世界にいる。
私はきっと、ずっとこの狭い牢屋の中にいるんだろう。目的があって、地球のためで。でもそれは誰も知らないことで。そしてそれがいいのだ。
去っていく二人を知らず知らずに見つめながら、酷いことをいったの、謝ればよかったなぁ、と、心の中で後悔した。




もうこの牢屋での生活も随分となれた。
暇すぎてどうしようない時は筋トレをしているし、最近は本を読むことぐらいの許可は下りるようになった。本を読んで筋トレして、筋トレしながら本を呼んで。
元から体格がよかったのと、司政官としてのイメージ戦略して鍛え始めたが、その日々が今こうして役に立つとは思わなかった。頭か身体を動かしていないと、どうしても変なことを考えてしまう。
外はどうなっているのだろうかとか、元バーニッシュたちはどうしているのだろうかとか、ガロのこととか。

なんで私がガロのこと考えなくちゃいけないんだ。
あの子はリオと一緒にプロメポリスの復興に尽力しているに決まってるだろ。まぁ時間も随分経過したから、今は普通のレスキュー隊として職務を全うしているのかもしれないが。

「……はぁ」

暇、だなぁ。

六か月と二十一日。収容されてからそれぐらいの月日が経った。正確かどうかは割愛していおく。
まともに人と話さない日々が続いて、会話の仕方を忘れてしまいそうだ。
裁判さえも始まらず、世間の様子は一切分からない。本が許可されたからといって、新聞のように外の世界が分かるものはないのだ。検閲でもされているのか、そういったものは一切分からない。
世間から切り離されて生きながら殺されていくようだ。

片腕で逆立ちしていた体制から元に戻る。
床に置いていた本を閉じて、ベッドへ放り投げた。

汗を拭って、ベッドへ倒れる。青白い天井を眺めて遠い昔を思い出す。
ああ、知ってる。知ってるよ、分かってる。この感情の意味なんて。
転生して何もかも分からずに、誰も知らない世界に放り出されたあの日々を思い出す。

(……寂しい)

前世含めて何歳だと思ってるんだ。私の馬鹿。


そのまま目を瞑って耐えていれば、外から声がかけられた。
外へ出ろと言われて、また尋問かと起き上がる。今日の尋問は終わったはずだが。まぁ、そうは言ってもききたいことなどいつでも増えるか。そう思い言われるがままに進んでいけば、最終的にいつもの場所とは異なる応接間のような場所に通された。
なんだここ。と訝しんでいれば拘束まで解かれて「ここで待っていてください」といわれる始末。引き留めようと声をあげたが、そのまま去られてしまい困惑する。
おい、極悪人の大罪人だぞ……。大丈夫かここ。

冷汗を流していれば、扉が勢いよく開かれる。
今度はなんだとそちらを見てみれば、久しぶりに見る――もう視界に映ることはないのだろうと思っていた人物がいた。

「……ガロ?」

名前を口にした瞬間、目を見開いて、次にはぱっと顔を明るくさせたガロに驚きと意味の分からなさで眉間に皺が寄る。
ガロは走るようにこちらまで近寄ると、至近距離にやってきて耳に煩い声を上げた。

「待たせてごめんな、手続きとかで遅くなっちまった!」

どういうことだ。
困惑していれば、ガロの後ろからやってきていたらしいリオが何やら書類を渡してくる。

「ガロに感謝しろよ」

その書類には、極秘事項。と判子を打たれて『クレイ・フォーサイトの監視付き仮釈放』の文字が躍っていた。数々の長い制約はありつつも、簡単にいえばガロ・ティモスとリオ・フォーティアによる監視があれば牢屋を出てもよいという内容で、唖然とした。

なんだこれは。
こんなの頼んでない。
待ってもいなかったし、遅いとも感じてない。
感謝以前にこんなのが許されるはずないだろう。
というかこんなのが許されるとか、なにしたんだ。意味が分からない。司法は何をしているんだ。

言いたいことは山済みで、混乱の中で様々な感情が身を支配したが、何か口を開く前にガバリと何かが覆いかぶさってきた。

「これからは、一緒だ」

何言ってるんだ。
なんだ、なんだお前。どうしてだガロ。
どうしてそんなこと言う。
穏やかな声をして。なんだよ、なんなんだ。

温かい温度が背中に回る手から伝わってくる。肩口に埋まる頬からじんわりと滲んでくる。
冷たかった身体が、温度を持つのが分かってしまう。

拒否しなくては、と思う。
私は極悪人の大罪人で、彼と一緒ではきっと、彼の足を引っ張ってしまう。
私が望んだ結果なのだ。それに、彼を付き合わせることはできない。してはいけない。子供の足を引っ張りたくない。
けど、抱きしめてくる体温が恐ろしいほどに心地よくて右手が震えた。

ガロが青い髪を揺らしながら顔を上げて、ドキリとする。
私の顔をみたガロは、少し笑って私の右手をとって、自分の背中に回した。
それからいたずらっ子のように笑うのだから、本当に。

顔が見ていられなくて、その視線から逃れるように背中を丸くした。
背中に回した手の感触に、逞しくなったのだなと思う。
温かい熱に溶かされていくような心地よさに、言いたいことはあったけれど、全てのみこまれていってしまった。

「まったく」

リオの声とため息がする。それに、心の底から同意した。


prev next
bkm